第23話 女性に不慣れ過ぎでは?

「なんか、あの店主のような男とずいぶん仲が良さそうだったけど、よかったのか?」

「いや、気にしなくていい。向こうが勝手に好意を持ってくれただけだ」

「そうか……。じゃあいっか。今日は楽しもうぜ!」


 純朴そうな大柄の男、フランクリンはサカキに対してニカッと笑った。サポート仲間システムでキャラクター生成に使われたプロンプトによると、エマと同じく年齢は24。日本で言えば、まだまだ社会に出たての若造である。


 サカキの元の世界での職場は零細の警備会社だった。人手不足を理由に年がら年中、老若男女、経験を問わず従業員を募集しているような会社である。そんな会社に寄り付くのは、一般的な会社に馴染めなかった偏屈な年寄り、いつまでも身に過ぎた夢を諦められない夢追い人、後先を考えない刹那的な生き方を是とする若者ぐらいのものであった。


 屈託のないフランクリンの笑みは、その刹那的な生き方を是とする若者を想起させるものであった。裏表なく感情をむき出しのまま、時としてぶつかってくる彼らは多少荒っぽくも個人的には嫌いではない。フランクリンとはうまくやっていけそうだなとサカキは思った。


「これは、これは、元気な若者が来なさった。テーブルは空けてあるよ」


(うおっ! 忘れていたぜ! ジ○リのババア!)


 どこから現れたか、サカキたちは突然老婆に声をかけられた。不気味な魔女を彷彿とさせる姿に、初めて会ったフランクリン、エマだけでなく、2回目のエデルですら目を丸くしていた。


 あの老婆も店主と同じくレジスタンスの関係者なのであろうか。まあ、今考えることではないなと思考を打ち切り、サカキたち四人はテーブル席に移動した。


「――それじゃあ、乾杯といくか!」

「乾杯!」


 サカキの音頭を合図に、四つのガラスジョッキがガツンと合わせられた。ちなみに全員、ラガービールである。


 サカキとエデルはともかく、フランクリンとエマはこれが一杯目なので、その表情から察するに格別のうまさを感じている様子だった。


「エマは結構飲む方なのか?」


 酔った勢いに任せ、サカキは思い切ってエマに話しかけてみた。サポート仲間システムでキャラクター生成に使われたプロンプトによると『美形』な女性であり、実際にもかなりの美人と言っていい。最初からフランクリンと懇意な関係と分かってはいるものの、さすがに緊張した。


「そうね。ビール何杯でもいけちゃうぐらい。果実酒、蒸留酒も得意よ」


 参った。会話が続かない。こんな時はどう返せばいい? エデルを頼ろうと目を合わせるも、すぐに目をそらされてしまった。もうどうにでもなれの精神である。


「ええっと……。すごいですね」

「あら。女だからって舐めないでほしいわね。ただ守られるだけの村の女とは違う。これでも冒険者なんだから」


 エマは露骨に顔をしかめていた。早速、地雷を踏み抜いてしまったような気がする。


 場の空気も完全に凍っていた。酔いが急速に醒めていくのをサカキは感じた。


 あっはっはと、フランクリンが声を上げて大きく笑った。


「こいつは俺より飲むんだぜ! 前に体目当ての冒険者に絡まれた時、普通に相手を酔い潰してたよな!」

「もう! からかわないでよ、フランクリン」

「で、その後が傑作なんだよ!」

「やめて! そっちがその気なら、私だって――」


 エマとフランクリンの軽妙なやり取りが始まった。サカキはどうやらフランクリンに助けてもらった形になったようだ。


 サカキがエデルにもう一度目を合わせると、眉をひそめて人差し指を横に振っていた。今度は目をそらさず、あの発言はないわとでも言いたげである。


(くっそ! どいつもこいつも面白くない! やっぱりフランクリンはもげろ。……ってあれ? どこかで見たような奴らだな)


 サカキは他のテーブル席で談笑する二人組の姿を認めた。某国民的アクションゲームの配管工兄弟を彷彿とさせるハチベエとマタベエであった。


 サカキは風の囁き亭で収集を予定していた情報について、経過を踏まえ改めて整理する。


 一つ、魔王の軍勢の目的について。

 二つ、村とレジスタンスの関わりについて。

 三つ、村の門番かつネームドキャラであるハチベエとマタベエについて。

 四つ、冒険者ギルドで息巻いている例の冒険者二人組について。


 一つ目については、店主でありレジスタンスの幹部でもあるローガンから既に大枠は聞き及んでいる。残りの三つについてはレジスタンス関係者のローガンに聞きにくいものも含まれていたため、ハチベエとマタベエは聞き取りの対象として割とアリなのではないかとサカキは思った。というか、三つ目については本人たちの話である。


「すまん。あそこの奴らに聞いておきたいことがあって、ちょっと席を外す。また戻ってくるから。あ、料理は適当に頼んでおいてくれ!」


「サカキ殿!」と呼び止めるエデル、怪訝な顔で目を合わせるフランクリンとエマをよそに、サカキはハチベエとマタベエが座るテーブル席に向かった。


「よお、あんたら。一杯おごるから、ちょっと混ぜてくれないか?」 

「ああ! あんたは海峡のシーサーペントを倒して来た旅人!」

「ずっと探していたのに、どこにいたんだ!」


 ハチベエとマタベエのセリフはツッコミどころが満載なのだが、それをやっては話が進まないのであえて言わないでおく。


 海峡のシーサーペントは何度も言うが別に倒していない。おそらく大陸から海を渡って島に着くというのがゲームにおける正規のイベント進行であり、その都合上で海峡のシーサーペントを倒していないとおかしいため、倒した体になっているのであろう。


 彼らがサカキを捜索していたというのは正直、嘘だと思われる。初めて会った時、彼らは『村長に報告だあ!』と言った。普通のプレイヤーなら優先的に村長宅に行くはずであり、ゲーム制作者目線に立つと捜索されて発見されるイベントまで用意しているかは微妙なところである。現にミール村の中をサカキたちは結構歩き回っていたのであるが、彼らが捜索しているような形跡は一切見られなかった。


「まあまあ。好きな物、何でもおごってやるからさ」

「本当か?」

「嬉しいことを言ってくれるな。あ、忘れないうちに言っておくが、明日でいいから必ず村長のところに顔を出すように!」


 彼らは同じような見た目で同じような反応をして、仲がとてもよろしいようだ。サカキの表情も自然と緩んでいた。

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