第22話 レジスタンスの誘い

「サカキさんも同じ理解だと思いますが、この世界は太陽神アルバラドを主神とする世界と言われています。太陽神教の教会がそこら中にあるのは、そういう訳ですね。……実は私は太陽神を信仰していません。太陽神教の聖典をご覧になったことはありますか? 太陽神は他の神々を打ち倒し続けることで、主神の座をこれまで維持してきたのですよ。自身の横暴を美辞麗句で正当化する傲慢。……あの神の許では人々が平和な世を享受することなど未来永劫ありえない。だから魔王という人類共通の敵が現れようと未だに戦争も終わらないのです」


 目の前にいるローガンは聞いてもいないことを延々と喋り続けていた。サカキが太陽神アルバラドを批判したことにより、何かのモードに入ってしまったのかもしれない。隣のエデルなどは酒に酔う感覚や酒場の雰囲気を楽しんでいるのか、ビールのジョッキを片手に表情を緩ませ店内の景色を眺めていた。


 この世界における戦争が終わっていないというのはサカキにとって新しい情報である。国同士の争いがあるような割とハードな世界観なのかもしれないと思った。ただ、あまり興味のない宗教の話、しかも自身が生きてきた世界のものではない宗教の話に誰が真剣に耳を傾けるのかと、サカキは少しうんざりしながら聞いていた。それは表情にも出ていたのであるが、ローガンはなおも喋り続ける。


「私が信仰するのは、夜の神ヨワルテポストリ。全ての人に対して、平等に優しく包み込むような夜の風を象徴する神。争いしか知らぬ太陽神などとは違うのですよ。……太陽神が何をお考えになられたのかは分からない。しかし事実だけを見れば太陽神は魔王の侵略を許し黙認した。その結果、私の信じる夜の神を常闇の悪鬼にさせた……!」


 吐き捨てるようにローガンは言った。丸メガネの奥にある糸目が見開かれ、握られた両の手の拳が震えていた。「少々、熱くなりすぎました」とローガンはグラスの氷水を一杯あおり、目を伏せた。


「私はダメですね。批判ばかりで酒場の店主失格です」


 そんなセリフを言ってなぐさめてほしいのか? こういう発言にいちいち苛立ってしまう。やはり丸メガネはダメだ。


「ここからは少しでもお客さんに楽しんでもらえる話を……。そうですね。私が信仰する夜の神ヨワルテポステリの素晴らしさを――」

「ちょっと待った! それはまた今度にして別の話にしないか!」

「いやいや、宗教的な話をするつもりはこれ以上ありませんよ。サカキさんに見ていただきたい物がありまして。しかし、これもと言えるのかもしれません」


 ローガンはカウンターの下から何やら布に包まれた物を取り出した。それは手のひら大ぐらいの大きさの物で、中に何が入っているかは皆目見当がつかなかった。ただ、とても丁寧に包まれており大事な何かであることは分かった。


 ローガンはその物体を包む布の端を慎重に探し、それを認めるとゆっくりと解いていく。


 ――サカキも元の世界で美少女フィギュアだった。


 そのフィギュアは精巧さも日本製の物とあまり変わらない、非常によくできた逸品であった。黒を基調としてレース、フリル、リボンで飾られた、いわゆるゴシック・アンド・ロリータのファッションをした黒髪ロングの清楚系美少女であり、どこか神秘的な装飾が刻まれた大斧を持って勇ましいポージングをしていた。


「私が信仰するヨワルテポストリをかたどった偶像です。見事な物でしょう?」

「これは……なかなかのものですな。今となっては少し古典的とも言えるが、学級委員長的な正統派美少女にゴスロリ服。よくあると言っていい造形だが、可憐なその身に不相応とも思える大きさの大斧を持たせることで、そのギャップがオタク心を妙にくすぐる。露出も多すぎず少なすぎずで……実にあざとい」


 角メガネをくいっとやり、突如評論家めいた口調になるサカキ。――ローガンの表情がぱっと華やぐ。


「さすがは私の見込んだお方です。お目が高い」

「ふっ。俺が理想と考える方向性とは違うが、その素晴らしさを根幹から否定するような下劣な品性は持ち合わせていない」

「もし、この偶像と生き写しのような姿をした人物がいるとしたら?」

「どういう意味だ? まさか……実在するというのか!」

「はい」


 ローガンは大きくうなずいた。サカキの喉がごくりと鳴る。


「核心へ入る前に少しお話をさせてください――」


 風の囁き亭の屋根の上に飾られた風見鶏。それはこの店の象徴であり、これを飾るのには理由があった。


 風見鶏。今となっては、風向き次第で態度がすぐに変わる日和見主義者を揶揄する言葉になってしまっているが本当は違う。本来は風に向かって雄々しく立つ雄鶏のことを言うのだ。風の囁き亭は、そうありたい、そうあらねばならないというローガンの思いを込めて名付けられた店だと言うのだ。


「――改めまして。私は魔王オブシディアの軍勢に抗うため、秘密裏に作られたレジスタンスという組織、その幹部を務めておりますローガンと申します。以後、お見知りおきを」


 ローガンは、うやうやしくお辞儀をした。そのまま言葉を重ねる。


「レジスタンスのリーダーは、ヨワルテポストリの偶像そのままの姿をしているのですよ。これをなんという奇跡と言いましょう。初めてご尊顔を拝した時、私はこの方にお仕えする、そのために生まれてきたのだと、そこまで思ったものです。……サカキさん、あの偶像の素晴らしさが分かる方なら、必ず私たちの活動に賛同いただけるはずです。さあ、私の手を取ってください。ともに夜の神ヨワルテポストリに真の姿を取り戻させるため、魔王オブシディアを打ち倒しましょう」


 ローガンが真剣な面持ちで手を差し出していた。隣のエデルは一人で酒を飲んでいる間に何が起きたか分からなかったか、少し赤くなった顔をきょとんとさせ、サカキとローガンを交互に見ていた。そう来たかと、サカキはこの状況について思案した。


(ミール村の村人は風の囁き亭で『風見鶏の炭焼き』というメニューを注文することで、レジスタンスと接触できることを示唆していた。それがこの状況はどうだ? レジスタンスの幹部であるローガンが自ら俺を勧誘することになってしまっている。……これは好感度のようなマスクデータがあって、それが一定以上の値になった場合、『風見鶏の炭焼き』を注文することなくレジスタンスへ加入するイベントに強制的に突入することになっていたか? 確かにヨワルテポストリの造形は素晴らしい。だが、だが、俺には本命がいる……!)


 脳裏に牢屋で出会ったあの女盗賊の姿がちらつく。健康的に焼けた肌にショートの金髪に、ほんの少しだけ露出度が高めの衣装。褐色肌の元気娘がサカキの理想の女性であった。


 女盗賊はレジスタンスに所属していると言っていた。ただ、レジスタンスに加入することが、女盗賊を仲間にするイベントにつながるとは断言できない。もう少し情報が必要であった。しかし、学級委員長的な正統派美少女も決して悪いものではない。


 ――今ここでローガンの手を取るべきか。


 サカキはとても悩んでいた。その時――。


 カラン。カラン。


 風の囁き亭の入口の扉に付けられた鈴が鳴った。


「へえ。結構いい雰囲気ね」

「よお、サカキ。もうやってたか?」


 つい数時間前、サポート仲間システムで仲間に加えたエマ、フランクリンが現れたのだった。


(ナイスタイミングだ! エマ! フランクリン!)


「連れが来たから、この辺にさせてもらおう。行くぞ、エデル」

「お、おう」


 サカキはエデルとともにカウンター席を立った。


「また、返事をお聞かせください。いつでも、お待ちしていますから」


 ローガンは胡散臭かった第一印象が嘘のように、人好きのしそうな笑みを浮かべてサカキに手を振っていた。

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