第16話 教えて先輩冒険者

「なんだ、あんた見慣れない顔だな? あっちに行きな。……話の続きだがよ。ゴブリンを倒し続ける。するとゴブリンの親玉が現れる。そいつを倒すと髑髏のカンテラが手に入る。ここまではいいな?」

「おう」


 明確な拒絶の意思を感じながら、なおもサカキは二人組の一党の会話に加わろうとした。

 

「おう……じゃねえ! なんなんだ、お前は! 話を聞いていいなんて誰が言った!」


 二人組の一党で聞き役になっていた方の男に、サカキは突っかかられてしまった。人相が悪く、半裸にチョッキ姿のザ・世紀末といった印象の男である。


「ああ、すまん。ちょっと気になる話だったから」

「おいおい。てめえみたいなカスが聞いたって仕方がないだろう」

「いやいや、結構強いんだぜ。俺たち」


 半裸の男は品定めするようにサカキとエデルを見た。――あざける様な笑みが男の顔に浮かんだ。


「確かにお前は強いんだろうぜ。でも大方そっちのでかいおっさんに、おんぶにだっこなんだろ? それをあたかも自分の強さのように吹聴するのはいただけねえな」


 来た来た。冒険者ギルドの風物詩、先輩冒険者による新人いびりである。テンプレイベント、ありがとうございます。


「今の話は聞き捨てならないな。仮にも冒険者の先達ならば、後進の手本になるような態度を示したらどうだ? 要するにだ。……サカキ殿に謝罪しろ」


 エデルまで割って入ってきて、ドスのきいた声で半裸の男を威嚇した。ここまで黙っていた二人組の一党のうち、もう一人の男もここで席を立ち上がる。


 両の手の平をバンと円卓に突き、エデルを下からにらみ上げた。坊主に近い短髪で、モミアゲと無精ヒゲがつながっている。顔も体型も横に広い、三国志の張飛っぽいイメージの男だった。


「新人ふぜいがイキってんじゃねえよ。ここじゃあ、なんだ。お前ら二人、まとめて表に出ろ。俺が、俺たちが分からせてやる」


 モミアゲ男が顎をしゃくり、冒険者ギルドの入口を示した。サカキとエデルは受けて立つとばかりに悠然と歩き冒険者ギルドの外へ向かった。二人組の一党もその後ろからついていく。


 サカキはスイングドアをまたもバカーンと開け、冒険者ギルドを出た。驚いたことに村人がガヤガヤと冒険者ギルドの周りを取り囲んでいた。それはもう隙間から逃げられないぐらいにギチギチに。東京の満員電車レベルですらある。


(ちょ! おかしいでしょ。冒険者ギルドで騒動が起きたのは、ほんの数分前だし。それにお前らこんなにいっぱい村に住んでたか? 明らかに俺たちが逃げられないようにイベント都合で急に出現しただろ)


「ギャラリーも大勢いるようだし、この村にいるのが恥ずかしくなるぐらい派手にやってやる。覚悟しな!」


 半裸の男が早速サカキに殴りかかってきた。


(やばい。格闘士のジョブは上げてないんだよな。槍なんて殺傷能力がありそうな物を出そうとすれば、ゲーム上どんなペナルティがあるか分からんし、ここは警備員ジョブの特技をメインでしのぐしかないか?)


 ふとサカキはエデルを見た。仕込み杖を構えて呪文の発動体制になっていた。そして――。


地獄の炎ヘルフレイム


 半裸の男は黒い炎に包まれ、その場に倒れ込んだ。この世を呪うような怨嗟の声が平和な村に響いた。


「ふん。サカキ殿をバカにするからこうなるのだ」


(容赦ねえな! てか魔人兵時代を想起させるトラウマは克服したのか!)


 一陣の風により、半裸の男だったポリゴンの粒が飛んだ。その一粒がモミアゲ男の目の前に舞い、儚く消えた。


「よくも……よくもやりやがったな!」


 モミアゲ男のどんぐり眼が見開かれ、怒髪天を衝く勢いでエデルへと駆け出した。


 断じてその勢いに驚いた訳ではない。しかしサカキの中に強烈な違和感が現れ、心臓が大きく跳ねた。アレを絶対にエデルに近付かせてはいけない。そう警鐘を鳴らしていた。直感に耳を傾けようとすると、途端にモミアゲ男に禍々しいオーラが出ているように見えた。


 その禍々しいオーラはモミアゲ男が後ろ手にしている左手を中心に渦巻いているように見えた。エデルは仕込み杖で呪文発動の体勢に入っていた。しかし――。


(あれじゃ間に合わん!)


 サカキはインベントリから槍を右手で取り出し、そのまま担いだ。踏み込む左足で慣性に抗い、地面から反発する力を下から上へ、体をしならせ押し流し、右手の槍をモミアゲ男のオーラの中心に向かって力の限り投げた。


 槍投げの訓練をしたことがある訳ではない。しかし何かによって突き動かされた結果、最適の動作ができたという自信があった。それは確信に近いものであった。


 モミアゲ男の左手首が宙を舞った。サカキの投げた槍が切り飛ばしたのだ。手首の先にはナイフが握られていた。禍々しいオーラの発生源はそこだった。


地獄の炎ヘルフレイム


 叫ぶ暇もなく、エデルのとどめの一撃によってモミアゲ男も灰燼に帰した。


「サカキ殿! おかげで助かった! しかし、奴がナイフを隠し持っていることによく気付かれたな」

「俺もよく分からない。悪意のようなものがいきなり見えて、それをなんとかしようと必死になったら、何をするべきかなんとなく分かって。それで槍を投げたら簡単に命中するし」

「ははは。そのようなことだと、何かの力に目覚められたとしか言いようがないな」


 その言葉でサカキは心当たりがあったことを思い出した。


トランスパワー。僕たちはそう呼んでいる。無限の可能性を思念によって現実にする力がその肉体には備わっている』


 創造主の言葉である。要は思いの強さがあれば何でもありという力であり、その力の一端が今回の事象につながったとサカキは考えた。今回の場合は《悪意を退ける力》とでも名付けよう。確かに創造主が言った通りすごい力だとは思ったが、あまりに超感覚過ぎて再現ができるのかも分からない。この力をあてにしながら行動するのは当分無理そうであった。


「ん? ここから離れようと思ったが、周りを取り囲む村人の様子が少し変ではないか?」


 エデルに言われてサカキも村人を見た。あれだけガヤガヤ言っていたのに誰も喋っていない。喋っていないどころか身じろぎ一つしていなかった。


「これは俺たちの予期せぬ行動でイベント進行がストップしたな。これじゃ、ここから出られないし、久しぶりのゲームリセット案件だな。ゲーム開始座標はこの村の宿に設定しているしデメリットは特にないと思う」

「では早速ゲームリセットとするか?」

「いや、一応冒険者ギルドの中も覗いておこう」


 サカキのRPGのプレイスタイルは村人全員に話しかけ、家の中のツボまで調べ上げるスタイルであったからだ。二次元が三次元になっても、それだけは変わらなかった。

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