第14話 未知なる力
『やっほー。サカキくん。元気にしてた?』
サカキはまたデバッグルームに来ていた。無の空間に横たわるサカキを白い人影――創造主が覗き込む形になっていた。その顔はひどく不鮮明で人間の男とも女とも判別がつかない。
ここではサカキは声を発することができない。しかし心に思うだけで創造主に伝えることができる。
だからサカキは思った。元気な訳がないだろう、と。起き上がって創造主をにらみつけた。
『やっぱり元気じゃないよね。実は僕……君に謝らなければならないことがあるんだ』
なんだろう。心当たりがあり過ぎて分からない。
『君を死なせてしまいました。ゲームオーバーとかじゃなく、本当の意味で』
創造主はそう言った後、沈黙した。微動だにすることもない。
いつものふざけた調子ではない。冗談とかではなく、本当にそう言っているのだと思った。
意味が分からなかった。体がいきなり変になったのは覚えているが死んだってどういうことだ。じゃあ今ここにいる自分は一体何だというのか。サカキは困惑した。
『風の囁き亭の看板を見た時のことを覚えているよね』
読めるはずがないファンタジー文字を見て意味が分かってしまったことだ。
『僕はゲーム制作の合間に君の冒険を観察させてもらっている。それで気付いたんだけど、君が看板を見ようとした時、本当は先にやっておくべきだった言語知識のインストールを忘れていたなって』
今、さらっと聞き逃がせないことを言ったな? 観察もとい監視だろう。道中、排泄やら裸になったりもしていた。もしかして、自分のあんなところやこんなところも見ているのだろうかと、サカキは思ってしまった。
『僕がどこまで見ているかは内緒。でもそんなことをまず最初に思うなんて、サカキくんも結構自意識過剰だよね。もしかして
何を言っているのかと怒りが湧きそうになる。お前は謝りに来たのではなかったのかと。
『ごめん。話を戻そう。言語知識のインストールの話だね。じっくり染み込ませて君が気付かないうちに理解させるのが本当だったんだけど、忘れていたのもあって、あの瞬間に一気にインストールしてしまった。そうしたら情報の奔流に耐え切れず、君の脳が焼き切れてしまって……!』
創造主は顔を手で覆い、天を仰いだ。この感じ、ああ、平常運転の創造主だなとサカキは少し安心した。
『それでだね。僕は責任を感じて君を転生させた。魂はそのままに、器は元の姿をそっくりそのまま模した肉体を用意した』
それって何も変わってないんじゃないか? せっかくならシュッとした若いイケメンの肉体を用意してくれればいいのにと、サカキは残念がる。
『色んな経験を経た結果として今の君の姿があるんだから、それを世界から消してしまうのはもったいないと思った。量産型なんかじゃない。その姿は君だけのもの。ほら、エデルくんにも言っていたじゃない? 君は君だよ。誰かが……例え君がそれを否定しようと、僕が君を肯定する」
サカキは頭が熱くなる思いをした。エデルにそんな小っ恥ずかしいことを言ってしまっていたのかと。穴があったら入りたい。まさしくそんな気持ちになった。
『あれ? いきなりのたうち回ってどうしたのかな? 君の名誉のためにも、これ以上は何も言わないでおく。それでだね。君を転生させてしまったことで良いお知らせと悪いお知らせがある。君はどっちから聞きたい?』
悪い知らせ……気にはなるが、良い知らせから聞いておくかとサカキは思った。
『やっぱり、良いお知らせからだよね。君の魂の器として新しい肉体を作った訳だけど、この肉体は僕たちの住む次元、つまりは君が生まれた世界の一つ上の次元で作られたものだ。見た目は同じだけど、はっきり言って性能が違う。物理的な強度とか特性は変わらないんだけど――』
創造主は一呼吸おき、サカキを指差した。
『
それって某国民的ロボットアニメのバイオセンサーじゃないのかとサカキは興奮する。精神感応によって兵器の出力限界を超え、極太のビームを放ったりできるアレである。
『あはは。サカキくんは面白いよね。テンションの上がり具合が伝わってくるようだよ。まあでも魂は一つ下の次元で生まれたものだから、肉体もそれに引きずられる。当面は火事場の馬鹿力ぐらいに考えておく方がいいだろうね』
それは残念だが、当面が過ぎればどうなってしまうというのだろう。
『次は悪いお知らせだね』
サカキの疑問を創造主は拾わなかった。話を先に進めたかったのか、あえて疑問を拾わなかったのか。少し引っかかりを覚えつつ、話は進んでいく。
『君が一つ上の次元で作られた肉体を手に入れたことで問題が発生した。元の世界に戻れなくなってしまったんだよ。もっともそれは未来永劫にということではなく、他の世界の創造主からも人格的に問題がないと承認を得られれば元の世界に戻れる。この力をもって元の世界に戻り、好き勝手されると影響が大き過ぎるからね』
元の世界にしばらく戻れないというのは、果たして悪い知らせなのだろうか。
『この世界を楽しんでくれている様子で嬉しいけど、やっぱり最後は元の世界に帰るべきと僕は思う』
誘拐じみた行為をしながら、どの口が言うのかとも思うが、お世辞にも充実した暮らしをしているとは言えなかったサカキは大した反発心を抱くに至らなかった。それよりも少しトーンを落とし、矛盾めいた発言をした創造主の真意が気になるところであった。
『ふふ。僕のことにも興味を持ってくれた? 光栄に思うよ。それはともかく……僕の不手際があってこの度はごめんなさい。お詫びに一つ、君の権限を開放することにした。それは――サポート仲間システムの使用だ』
サポート仲間システムというのは、どこか別のヒトツクの世界にあったシステムを輸入してきたものらしい。要はランダムで仲間キャラクターを生成するシステムだ。各街の冒険者ギルドで受付に「仲間を探している」と伝えるだけで使用できるらしい。
『まだテスト段階なんだけど、是非君に使ってもらいたいなって思って。キャラクタービルドを考えるの、結構好きなんでしょ? エデルくんのビルドを考えるのも楽しんでたみたいだし』
そうだ。エデルは今、一体どうしているのだろう。
『君が意識を失ってからのことだけどね。エデルくんは無事、君を宿に届けているよ。君の肉体が死を迎えたのはその後のことだ。すぐに君をデバッグルームに転移させて時間を止めてあるから、エデルくんのことをあまり気にする必要はないよ。あと言い忘れていたけど、事態が事態だからゲーム開始座標はその宿に強制変更しておいた。デバッグルームから復帰する場所のことも気にする必要はないよ』
エデルのことだから血眼になって自分を探しているのではないかと思い、サカキは少し安心した。
『君だけの従者だ。これからも大事にしてくれ。……さて、今日はこんなところにしておこうか。また会える日を楽しみにしているよ』
創造主が手を振るとサカキは光になって消えていった。無の空間に創造主だけが残された。
『うーん。今にして思えば、サカキくんに新たな肉体をプレゼントするには、ちょっと強引な手だったかな。でも、これで一歩前進だ』
不鮮明な白い人影に確固たる輪郭が宿っていく。
健康的に焼けた肌にショートの金髪。
エメラルドのような神秘的な瞳。
ほんの少しだけ露出度が高めの衣装。
サカキが恋い焦がれている女の姿になった。
「この姿なら僕のこと、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます