第13話 ミール村
集落の大部分は畑で牧歌的な雰囲気が漂っていた。舗装はされていないが道は平坦に整備されており、木造の民家らしき建物がちらほら見える。近くに畑作業をしている年配の男がおり、サカキは話をしてみることにした。
「ちょっといいか?」
「なんでしょうか、旅のお方――」
決まったセリフを壊れたおもちゃのようにペラペラ喋るのではなく、表情も自然。エデルもそうだが本当に人間のように思える。彼らを動かすのはプログラムというかAI、それもとてつもなく高性能なものなのだろうなとサカキは思った。
年配の男にあらかた聞き終えたところで、少し情報を整理する。
ここはゼナ島にある森の集落でミール村という。ゼナ島はそれほど広い島ではないとのことだ。もう一つ集落があって、そこが港町であるらしい。当初目指していたのはまさしくそこだったと思うのだが、残念ながらサカキたちには見つけられなかった。
ゼナ島から他の島や大陸への移動は、その港町からの定期便で行われていたとのことだ。最近は海峡のシーサーペントという強大なモンスターの動きが活発になっており、交流は断絶状態になっていたらしい。そのため、海峡のシーサーペントの襲撃をくぐり抜けてきたと思われる人物が現れたことで、ハチベエとマタベエは血相を変えて村長へ報告に飛び出したということらしい。
(まあ、実際にはゲーム開始座標を適当に設定してゲームリセットした結果、ゼナ島に着いただけだがな)
「――あと、もう一つだけ聞きたいんだが、いいか?」
「遠慮なくどうぞ」
「レジスタンスという団体のことを何か知らないか?」
カチッ。
少し懐かしい音がした。フラグが立つ音だ。人畜無害そうな年配の男の様子が突然、油断のならないものに変わったように感じた。彼は周りを少し確認した後、声を発した。
「海峡のシーサーペントを退ける実力を持つあなた方なら話をしてもいいでしょう。風の囁き亭まで来てください。ミール村で唯一の酒場です。そこで店員に『風見鶏の炭焼き』を注文してみてください。このことは他言無用ですよ」
海峡のシーサーペントは別に倒していないが、それはスルーだ。年配の男は言うだけ言って去って行った。代わりにエデルが近寄ってくる。
「サカキ殿。今のやり取りはどういう意味だろうか」
「その質問に答える前の話ですまんが、そもそも魔王の軍勢に抵抗するレジスタンスという団体は認識されているのか?」
サカキがレジスタンスのことを知ったのは、ホブゴブリンに連れ去られた牢屋で同じく捕らえられていた女盗賊から聞いた時であった。
「いや。俺の記憶の限りではそのような団体があることは知らないと思う」
「であればさっきの男がもったいぶって話をしたのもうなずける。レジスタンスは魔王の軍勢から隠れ、反撃の機会をうかがっている段階なんだろう。風の囁き亭でさっきの合言葉を言えば、レジスタンスに接触ができるんじゃないだろうか」
フラグの立つ音がしたということは、次のイベントの発生条件が整ったということだ。レジスタンス関係のイベントがこれから進行することは間違いないとサカキは思っていた。
「なるほど。ではサカキ殿はレジスタンスに協力するつもりなのか?」
「……正直、情報が少なすぎて何とも言えない」
少し前のサカキであれば喜んでレジスタンスに協力しただろう。しかし、あの創造主に会った後では素直にイベントの流れに乗ってよいものか迷いが生じていた。
「ふむ。ではどうするつもりか?」
「風の囁き亭には行く。でも『風見鶏の炭焼き』は注文しない。少し情報収集に時間をかけたいと思う」
「何か気がかりがあるということか?」
「確信というほどでもないが、そのイベントに対するさっきのハチベエとマタベエの関連が気になってしまってな」
メタ的な考えであるが、名前ありで特徴的な見た目をした彼らに関するイベントがこれで終了するとは考えにくかった。
「彼らは村長へ報告に行くと言っていたな。それで彼らがどうしたと言うんだ?」
「俺の勘でしかないんだが、分岐イベントっぽく感じてしまってな」
「分岐イベント?」
「エデルには分かんねえかもしれないな。とにかく、ここでどのように行動するかが、取り返しのつかない要素になっているんじゃないかと思ってるんだ」
エデルは顎に手を当てて少し考える素振りをした上で「サカキ殿がそう思われるのなら、そうなのだろうな」と了承した。
ハチベエとマタベエがレジスタンスに所属していて村長も含めてつうつうであり、結局レジスタンス関係のイベントに収束することも考えられるが断言はできない。それぞれが利害関係にあるとかで、別ルートのイベントが進行する可能性があった。
例えば魔王の軍勢に逆らって事を荒立てようとするレジスタンスの活動を村長がよく思っておらず、止めたがっている。レジスタンスに協力するか村長に協力するかでイベントの展開が変わるといった具合だ。それぞれ全く無関係のイベントが設定されているということも、もちろん考えられるのだが。
「まあ御託は色々言ったが、この旅をそんなに急いでやる必要もないと思ってる。この世界で初めての酒場だし久しぶりの酒だから、その……お前ともちょっと飲んでみたいかなって思うし」
誘われたら付き合う、自分からは誘わない。サカキは昔からそういうスタンスであった。なのに数日、苦楽を共にして打ち解けてしまったからか、ごく自然にそんな言葉が出ていた。
少し面映ゆく背中を向けてしまった。
「サカキ殿……! 不肖エデル、ぜひお供させていただきます!」
その背中に刺さる視線はとても熱い。
◇
「ここが風の囁き亭か」
屋根の上に風見鶏がある建物であり、サカキはすぐに分かった。田舎にしては小洒落た感があり、扉付近にある木製の看板には、ファンタジー文字で『風の囁き亭』と書いてあった。
か、ぜ、の、さ、さ、や、き、て、い。
(なんだこれ。気持ち悪い。日本語じゃないのに書いてある言葉の意味が分かる。何かいじったな、創造主――)
「サカキ殿! 顔色がちょっと悪いようだ。汗もこんなに大量に……。大丈夫なのか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。俺はもともとファンタジー文字が読めるし書くこともできる。今、喋っている言葉もファンタジー語だ。いいね?」
熱に浮かされ、ふらついたサカキをエデルが支えた。
「いや、全然よくないように見えるが本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。問題ない」
「……ダメだ。今日はもう宿で休むことにしよう。これは従者としての進言だ」
エデルはそう言うとサカキを背中におぶった。
「ぐおっ! 重い!」
「ちょ! エデル、何を……」
「ようやく街に着いて気が緩んだのであろう。今はゆっくり休まれよ」
「すまん、エデル。治ったら一緒に酒、飲もうな」
力なく笑った後、サカキの意識は闇に沈んでいった。
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