第12話 街を探そう:到着
「切り替えが早すぎだろ。その調子だともう大丈夫みたいだな」
抱き着くエデルの頰に手の平を添え、突っ張り棒のようにサカキはエデルを押し戻した。エデルは残念そうにため息を吐いた。
「その太ましい体、柔肌をもう少し堪能していたかった」
「人にキモいとか言うお前も大概だな」
「あっはっは」
「くっそー、からかいやがって。ぶん殴りてー」
本当にエデルは大丈夫のようだ。ではそろそろ出発するかと、特技のホークアイで移動ルートを探り始めたほどだった。
先程の情緒不安定具合はなんだったというのだろう。まるで人が変わったかのようで違和感を拭い去れず、少しサカキは思案した。
創造主はモブキャラクターの魔人兵をエデルという仲間キャラクターに改変した。それにあたって記憶を取り戻すという人生の目的を彼に与えた。
すなわちこの世界におけるイベントの追加である。魔人兵だった過去に過剰に反応してしまうのは、物語を盛り上がらせる舞台装置とするため、創造主が人工的なトラウマとして設定したからなのではないかとサカキは考えた。
自然な感情の発露ならいい。しかし仮に推測が正しければ。モブキャラクターを脱し、人間らしく生きようともがくエデルにひどい仕打ちをするものだ。
(やっぱ、あの創造主は好きになれねーや)
白い人影であった創造主。とらえどころのない、その超然とした振る舞いを思い出し、サカキは顔をしかめて舌を出した。
「ふむ。ホークアイによると……あっちの方角だな」
エデルが指を差す。もっとも、森の中のため先に何があるかは全く分からなかった。
「サンキュー、エデル。そこに街があることを祈って出発するか!」
「おう!」
◇
しばらく歩き続けると、二人は川沿いにたどり着いた。もう一度エデルはホークアイを使用する。歩いているうちに方角が少しずれていたようで、ここから川沿いに上流方向へ向かうと何かがあるらしい。
川は程々に流れが緩く、水も澄んでいて川底がよく見えた。水深がそこまで深いこともなく、例えるなら川遊びによく使われる田舎の清流のような感じである。
森の中は暑さと湿気もあり、汗がいつまでも乾かない不快感との戦いでもあった。この川に入ったならば、さぞ気分がいいだろうなとサカキは思った。
「もし行き先が街だったらアレだし、ちょっと身ぎれいにしていくか?」
「確かに、ここらで一度さっぱりしたくはあるな」
「じゃあ決まりだな。俺はあっちの方に行く」
サカキの提案にエデルは是とした。あまり自分の体を見られたくなかったサカキは、別れて水浴びすることにした。
エデルから見えない場所まで移動して服を脱ぐ。肌に貼り付くほどになっており、脱いだ後の重量感に少し驚いた。染み込んだ汗が絞れるほどであった。
(この服をまた着るのはちょっと嫌かな)
サカキは布の服シリーズとお別れすることを決めた。インベントリに入れることもためらわれ、その場に捨てておくことにした。SDGsがどうとかは気にしない。布だし、そのうち自然に還るであろう。
サカキは川に入っていき、ある程度の水深になった辺りで、とぷんと全身を川に浸けた。
すごく冷たいとかではなく適度な冷感で、火照った体を、乳酸が溜まりきった足を、水流が撫でていく。思えば、この世界に来て風呂に入ることもなく何日も過ごしてしまっていた。
(ここらで全てを忘れてすっきりしよう)
サカキは頭の先まで川に浸かった。水面が呼吸の泡だけになる――数秒してからサカキは浮上し、顔にまとわりついた水を手で払った。
「はー、気持ちいい」
思わず声に出てしまうサカキだった。そのままザブザブと音を立てながら川岸に上がった。
サカキはインベントリから装備を取り出した。青銅の胸当てと具足である。
最初に手に入れ、あまりの重さに着用を断念した装備だ。以前からのレベル上昇、槍使いのジョブによるたいりょく補正、体を動かして多少ついたであろうリアル筋力があれば、装備することも現実的かもしないと期待して取り出したものである。
装備してみると意外と重くなかった。鎧のように体の動きをそこまで制限するものでもなく、割とあり。ちゃんと成長しているんだなとしみじみ思い、サカキは青銅の胸当てと具足を常用することに決めた。
実際はそれなりの重量物であり、常用することによって全身に負荷をかけ、リアル筋力がつけば自然に痩せられるかもしれないという淡い期待もある。だらけ切った肉体とも努力せずにおさらばできるという算段だ。
「さて。また頑張ってみるか」
心機一転。サカキは同じく水浴びを終えたエデルと合流した後、川沿いを上流方向に向かって歩き始めた。
なお、この時サカキが脱ぎ捨てた汗臭い布の服シリーズについて、とある人物に拾われており後に御神体のごとく崇められるようになる。それがサカキにバレて一悶着が起きるのはまた別の話である。
◇
「エデル。あれは……街じゃないか?」
「確かに何やら建物と……人が見えるな」
「行ってみよう」
二人は建物に近づく。それは石造りの立派な門塔であった。門の前には革の鎧を着た兵士が二人いて、門塔の横から堅牢そうな石の壁が長く伸びていた。モンスターの侵入を防ぐような形となっており、この先に街があることに期待が持てる。
兵士たちと目が合う。少し前に出てこられ、槍を構えられてしまった。二人の兵士のうち、小太りでちょび髭のおっさんが口を開く。
「お前たち、見かけない奴だな。どこから来た?」
「ええっと海から……かな?」
「海? まさか海峡のシーサーペントの襲撃を逃れて海を渡って来たというのか!」
「えっ。まあ、そんなところかな」
よく分からないのだが、こういう時は適当に話を合わせてしまうのに限る。サカキなりの処世術である。一応、エターナルの海からやって来たし、そこは間違ってはいない。
「聞いたか。マタベエ」
「聞いたぞ。ハチベエ」
ハチベエが最初に喋った小太りでちょび髭のおっさん。マタベエがひょろ長でちょび髭のおっさんである。顔を見合わせる二人に某国民的アクションゲームの配管工兄弟を思い浮かべたサカキであった。
「「村長に報告だあ!」」
小芝居のように声が重なり、ハチベエとマタベエは門の奥に消えていった。
(おいいい! どこぞの馬の骨とも知れない人間の言うことを簡単に信じるな! それに門の守備はどうなる! 演出がベタ過ぎるぞ! 創造主!)
サカキの心の声もむなしく、門の前にエデルとともに取り残されてしまったのであった。
「サカキ殿。嵐のように去ったあの者たちは一体なんだったのだろうな」
「さあな……」
サカキは先程、目の前に繰り広げられた、ちょっと見るのが恥ずかしい感じになっていた小芝居について考える。
ヒトツクはもともと二次元のドット絵のゲームだ。イベントは当然、その雰囲気に合わせて作られる。これがそのままリアルな三次元になったらどうなるか。二次元で許されていた展開が三次元では許されなくなる場合もある。往年の著名なゲームのリメイク作品でもよくある話だ。
ハチベエとマタベエ。彼らもその被害者と言えよう。少しシュールではあったが、笑いを提供してくれたと思えばいい。
「せっかく道を開けてくれたのだし、中に入ってみるか?」
「そうだな」
エデルに促される形でサカキは門を通過した。門の先は――ちょっとした集落になっていた。
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