第11話 ジョブチェンジ③

「サカキ殿はどうするのだ?」

「おっと、俺もジョブ変更する約束だったな。……そうだな。エデルは後衛型のジョブに変更するから俺は前衛型のジョブにしておこう」


 サカキはジョブ変更候補の表示を開いた。現在のジョブである警備員のほか、槍使い、短剣使い、格闘士、呪術士が表示された。これは前回表示された内容から変わっていない。


(前衛型ジョブとすると……槍使いか格闘士か)


 少し悩んでサカキは槍使いになることを決めた。戦闘において現時点の生命線となっている《制止》を敵に当てる上で、槍のリーチを捨てるというのは考えにくかった。


「俺は槍使いになろう」

「ではお互い決まったということでジョブ変更を願おう。……ああ、これで俺は従者でなくなってしまう」


 両手で顔を覆って嘆くエデルを、サカキはしらっとした顔で無視し、ジョブ変更を決定した。スポットライト状の光が二人に降り注ぐ。


 カシャン。


 エデルの腰に挿されていた剣が、手で触れることもなく地面に落ちた。その様子を見てエデルが口を開く。


「これは一体何が――」

「炎術士が剣を装備できないジョブだってことだろう」

「なるほど。確かに記憶によると人によって装備できない武器種があったが……正しくはジョブによって装備できない武器種があるということだったのだな」

「そういうことだ。ジョブ変更について創造主から特別に権限を開放されたことから考えると、この世界で簡単にできることではなさそうだし、間違った認識になっても仕方がないことだろうよ。防具もおそらくな」


 サカキの言葉にエデルは納得したようだ。同時にサカキの脳裏に少しエッチな妄想が浮かぶ。


「サカキ殿、いやらしい顔で何を笑って……ぶっちゃけキモ――いや! 何でもない!」


 エデルは慌てたように口をつぐんだ。推しの女盗賊の防具が突如として外れ、たわわな胸の双丘があらわになった様を浮かべたサカキ。感情が表に出てしまったことを気取られたかと、軽く咳払いをして話題を変える。


「そうだ! エデルも新しい武器が必要だろう?」

「え。まあ、そうではあるが急な話題転換も図星のようでやっぱりキモ――」

「おっほん!」


 これ以上、その話題をさせない。サカキの目に宿る強い意志を悟ったか、今度はエデルは黙った。


「新しい武器が必要だろう?」

「……はい」

「よろしい」


(剣を使っていたエデルにおあつらえ向きの杖……。やっぱりあのロマン武器だろう)


 サカキは虚空を探り、確かな手応えを感じてその武器を引き抜いた。そのままにエデルへと投げる。


「受け取れ、エデル!」


 直立不動でそれを片手で掴んだエデル。こういう何気ない所作も堂に入っていて、いちいちムカつくサカキであった。


「これは杖……長さ、大きさの割には少し重いな」

「両端を掴んでそのまま引っ張ってみろ」

「こうか?」


 杖の端から少し中程の位置で鈍色の光が見え、それは徐々に姿を現した。細い刀身。サカキが手渡したのは仕込み杖だった。ほうと息を吐き、エデルはその刀身を下から上へと眺めた。


 一陣の風が吹く。カサカサと音を立て、枯れた木の葉が宙を舞った。


「少し繊細だな。しかし――」


 エデルは細剣を構え、狙いを定めて突きを放った。舞い落ちる木の葉に切っ先が到達し、剣圧により木の葉は粉微塵となった。


「悪くはない」


 粉微塵となった木の葉をあらためることもなく、エデルは仕込み杖をカチンと鞘へ収めた。


(あー、やっぱこいつムカつくわ)


 サカキは笑みを顔に貼り付けていたが、内心穏やかではなかった。


「で、呪文は最初から使えそうか?」

「……できそうだ。このまま撃ってみよう」


 エデルは杖を構えて目を閉じ、精神を集中させているようだ。


 杖の先端付近に火の粉が生じ始めた。複雑に絡み合って大きさを増し、やがてこぶし大ほどの火の玉となった。


 サカキはここで、はたと気付いた。この火の玉を適当に放ってしまえば、着弾位置や威力によっては森が火事になるかもしれない。さてどうしたものか――。


 ガサッ。


 これはいいゴブリン。


「エデル! 右斜め前方にゴブリン! なぎ払え!」

「承知した!」


 エデルは杖を払った。火の玉が結構な勢いでゴブリンに向かっていく。ただ、何やら様子が少し変だ。


(黒い炎が混じっている?)


 火の玉がゴブリンに着弾した。燃え上がったのは黒い炎だ。黒い炎が一瞬にしてゴブリンの全身に回った。


「キェェェ……」


 聞いてはいけない、おぞましい声がする。ゴブリンの苦しむ顔が黒い炎の中におぼろげに見える。炎の勢いに反比例して、ゆっくりとゴブリンは焼かれているようだ。


 ああ。今、ゴブリンがうつ伏せに倒れた。最後の力を振り絞るように震えながら手を上げ、顔を上げ……そして力尽きた。ポリゴンの粒子になっていくゴブリンに、サカキは思わず手を合わせてしまったのであった。


「はー、エデル。なんて恐ろしい呪文なんだよ。呪文の名前は?」

地獄の炎ヘルフレイム……」

「なにそれ、こわい」


 どう考えても基本的なジョブと思われる炎術士が最初に覚えていい呪文ではない。考えられたのは、元ネタになっていそうな某国民的RPGにあったシステム――複数のジョブを経験することで特定の組み合わせによっては新たな呪文、特技を習得するというシステムだ。


 エデルは元々、魔人兵のジョブを経験していた。これと炎術士の組み合わせによって地獄の炎ヘルフレイムを習得したのではないかとサカキは推測した。魔人兵は闇っぽいイメージであるし、間違っていなさそうには思えた。


 サカキがもう少し情報のすり合わせをしようと思った時、エデルの様子がおかしなことに気付いた。


「俺が魔人兵だったからだ。人間の姿になろうとそれは変わらない。だからこんな恐ろしい呪文を……!」


 地面に膝を突いて、愕然とした様子のエデル。目のハイライトが消える、あの感じである。少し異常なほどの反応に見えた。


「どうした、エデル! しっかりしろ!」


 サカキはエデルの両肩を掴み、揺さぶったが目の焦点も合わない。うわ言のようにエデルは言う。


「俺は魔人兵……人間の敵。変わろうと思ったって……何も変わらない。生きていては……いけないのだ」


 虚ろな目のエデルは仕込み杖を鞘から抜き、その刃をゆっくりと自身の首筋に当てた。


「……!」


 咄嗟にサカキは仕込み杖を蹴り飛ばしていた。それは近くの岩にぶつかり、冷たい金属音を奏でた。


 何が起きたのかは分からない。しかし、このままではいけないとサカキは直感し、エデルの目を真っ直ぐに見た。


「しっかりしろ! 嘆いてても仕方がないだろうが! お前の言うとおり、過去は変えたりできない。その力も含めて全部、お前なんだ。認めてしまえよ。それにお前の目的はなんだった? 記憶を取り戻し、自分がこの世界に存在する人間だと証明することだろう。こんなことで揺らいでしまってどうする? お前はお前だよ。誰かが……例えお前がそれを否定しようと、俺がお前を肯定する」


 言い切った。つばきが飛ぶぐらい、自分で何を言っているのか分からないぐらいには熱くなった。果たして自分はこんな人間だっただろうか。疑問を感じるほどに。


 そうして、しばらく向かい合っていただろうか。エデルの目に光が戻っていた。一瞬、はっとしたような表情になると一転、頭を抱えていた。


「サカキ殿、俺は一体何を? 意識が何かに塗りつぶされていたような……そんな気がする。もう元に戻れない。そうも思った。怖かった。今は……今だけは、こうさせてくれ!」


 もう何度目かも分からない。エデルに思いっ切り抱き着かれてしまったのだった。

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