第10話 ジョブチェンジ②
サカキはエデルをじっと見てステータスを確認した。ポケットに手を突っ込み、四角い縁無しメガネの奥の目を細める。サイドを刈り込んだ気合いの入った髪型に太り肉の体という風体に、エデルははっとしたように口を開く。
「どこぞのゴロツキのようだな」
「言うじゃねえか、エデル」
「おお、怖い怖い」
エデルはおどけて両手を上げた。サカキにとっての理想の容姿はちょい悪オヤジであり、悪態をつきながら満更でもなかった。また、若干の面倒さはあるもののエデルとの関わりも全体的に楽しんでいた。半ば無条件に寄せられる信頼は慣れていなかったものの悪い気はしなかった。
(高校の時の友達付き合いみたいだな。懐かしい。こんなに気安い関係、何年ぶりだろう。……いやいや、今はキャラクタービルドに集中だ)
雑念を振り払ってエデルの今後の強化方針を検討した。
この世界におけるステータスはHP、MP、ちから、たいりょく、かしこさ、すばやさ、うんのよさの7種類からなる。ここは元のゲームの初期設定そのままだ。
だがそのステータスの定義は二次元のターン制バトルから三次元のリアルタイムバトルに拡張されるにあたって、微妙に異なっている。細かいことなのでそれは割愛する。
各ステータスは大体言葉どおりの意味だが、いまいち分かりにくいステータスとして、たいりょくはレベルアップ時のHPの伸び、物理攻撃からの耐性、状態異常攻撃からの耐性。かしこさはレベルアップ時のMPの伸び、呪文攻撃の威力、呪文攻撃からの耐性に関するステータスとなる。
うんのよさはさらに分かりづらいが、各種行動で良い結果が出る確率に関するステータスとなる。具体的には敵の攻撃が外れるとか、呪文や特技の追加効果が発生するとか、逃走が成功するとか、敵を倒した時にレアドロップが出るとか、そういうことである。
ジョブは現在のステータスとレベルアップ時のステータス上昇率に補正をかけるものとなる。レベルやジョブの補正を除いた場合、サカキ、エデルのステータス特性はざっくり次のような感じである。
【サカキ】
・ちから ★★☆☆☆
・たいりょく ★★☆☆☆
・かしこさ ★★☆☆☆
・すばやさ ★★★☆☆
・うんのよさ ★★★★★
【エデル】
・ちから ★★★★☆
・たいりょく ★★★☆☆
・かしこさ ★★★★☆
・すばやさ ★☆☆☆☆
・うんのよさ ★★☆☆☆
サカキはうんのよさ特化型、エデルは重火力両刀アタッカー型と言えよう。エデルが自分より賢い……実際の賢さがステータスのかしこさと同義とは思わないがサカキは内心、複雑だった。
それはさておき、この世界において重要なステータスは何かと考えた時、サカキはたいりょくとかしこさであると考えていた。たいりょく、かしこさはHP、MPに関係するステータスだからである。
HP、MPはそれぞれ特技、呪文の使用回数に直結する。呪文は使用者が今はいないものの、特技は戦況を一変させるものであることは確認済みだ。呪文も同様なものと考えると、HP、MPは多いに越したことはない。
問題なのはたいりょく、かしこさがレベルアップ時のHP、MPの伸びに関わるステータスということだ。つまり、たいりょく、かしこさの補正が低いジョブであり続けるとHP、MPがあまり成長せず、残念なステータスに仕上がってしまうということである。
サカキはエデルをそんな残念なキャラクターにしたくはなかった。残念な性格であるが、残念な性能にしてはいけない。そんな気持ちから、サカキはエデルのジョブをどうするか真剣に考えていた。
(両刀アタッカー型って聞こえはいいけど要は中途半端なんだよな。長所のちから、かしこさをどちらも伸ばすとどうしても特化型のアタッカーに劣ってしまう。それにちから、かしこさが両方必要な場合もあまりない。物理攻撃、呪文攻撃の両方を揃えるなら仲間で分担すればいい話だ。さらにたいりょくに振る余裕も失ってしまう。ならばアタッカーとして、ちからとかしこさ、どっちかは捨てるべき――)
考えた末、サカキはエデルにちからを捨ててもらうことにした。決め手はエデルのすばやさの低さである。どうせすばやさが低いなら、攻撃をかわされそうな物理攻撃主体ではなく、呪文攻撃主体で固定砲台になってもらおうと考えた次第である。呪文攻撃主体のジョブとすると、たいりょくへの補正は期待できなさそうではあるが、それはまた次回以降のジョブ変更で別のジョブによって補えばよい話である。
さて、エデルに呪文攻撃ができそうなジョブはあったかと確認すると、前回の確認時にはなかったジョブが追加されていた。
「エデル。お前、炎術士になれるみたいだぞ。なんか心当たりあったか?」
「カニ……だろうか? 焼きガニ」
「ああ。魔人兵の鎧でガンガン焼いてたもんな」
「もっともっとカニを焼きたい。そんな風に思っていたからかもしれないな。それにしても、あんな美味い物がこの世にあるなんて思わなかったなあ」
エデルは顔をほころばせていた。確かにエデルはものすごい勢いで焼きガニを食べていた。ガンガン焼きという調理方法があるぞとサカキが教えると、嬉々としてそれに飛びついた。手頃な道具がなく、使い道がなくなった魔人兵の鎧の使用を半ば冗談で提案したのだが、エデルは普通に受け入れた。今まで身に着けていた装備に愛着はなかったのかとサカキは思いつつ。
ガンガン焼きとは缶に魚介類をぶち込み蒸し焼きにするというシンプルな調理方法である。いつぞや両親と旅行した時に漁港近くの町で、新鮮な海の幸をガンガン焼きで食べたことをサカキは思い出したのだ。
普通に焼くのとは違い、蒸すことで素材の風味を殺さず旨味を凝縮させる……とかそんな高尚なことではなく、直火で焼くと生焼けだったり焦げてしまったりして単純に上手く調理できていなかった。それを直火と素材の間に鎧を噛ませることで熱が均等に回り、効率良く調理できる。
エデルはカニをガンガン焼いて、底なしの胃袋に収めていった。その結果、エデルは炎術士をジョブ変更候補に加えることができたのであろう。しかし「焼き」はともかく「カニ」はどこに行ってしまったのか。
「エデル。俺はお前に炎術士をやってもらいたいが、それでいいよな?」
「拒否権などなかろうに」
エデルは不服そうだが一応了解してくれた。
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