第9話 ジョブチェンジ①

 虫の音しか聞こえない夜の森、焚き火の付近に張られたテントに図体の大きな男が一人、自分の腕を枕に横になっている。サカキである。


 焚き火の近くで座り込み、寝ずの番をしているエデルに呼びかけられたサカキは体を起こそうとした。


 ――ああ、いいんだ。サカキ殿。寝ながら聞いていて構わない。俺がエデルという名を与えられてから、たったの数日しか経っていないが、世界はこんなにも広く素晴らしいものであったかと創造主に、そしてサカキ殿に感謝しているんだ。それを伝えたくなった。


 ――あまり笑ってくれるなよ。本当に思っていることを言ったまでだ。俺は看守という役割を与えられて、誰かが来るまで何の疑問もなく同じ場所でただ立ち尽くしていた。滑稽だよな。牢に囚われていたのは俺自身だったというのに。


 ――モブキャラクター。俺のことを創造主がそう言っていた。その時はよく分からない言葉だったが、今なら分かる。有象無象の取るに足らない人間のことをいうのだろう。


 ――創造主と出会って、そりゃあ驚いたさ。いや、驚いたというのはちょっと違うかもな。なんというか……そう、畏れだ。創造主を目の前にすると、何かが自分の中に入ってくる気がして、自分が塗り潰されてしまう気がして、怖くて仕方がなかった。震えが止まらなくなったんだ。


 ――ただ俺に名を与え、新たな役割を授け、生きる希望を与えてくれたのもまた創造主だ。その創造主と巡り合わせてくれたのはサカキ殿だ。


 ――サカキ殿とは違い、この世界に生きる人間全てが作り物なのかもしれない。でも確かに俺はエデルという名の人間として生きている。記憶が存在していないのではなく、失っているだけ。その感覚がずっとある。悲しいことのはずなのに生きているって実感が湧いて嬉しくなる。おかしな話だろう。


 ――記憶が戻る気配は相変わらずさっぱりだがな。創造主が俺に関するイベントを新たに作られたというなら、いずれ記憶を取り戻す機会があるだろう。どんな過去が俺にあるのかは分からないがこれだけは誓おう。


「サカキ殿。従者として生涯あなたに尽くそう」


 突然、グオーと大きないびきがテントの中から出てきた。


「……寝てしまわれたか」


 いびきに合わせて上下する大きな体を見てエデルは少し笑った。


 ◇


 翌朝――。


「エデル。お前、従者辞めろ」

「それはどういう……」


 サカキに言われてエデルはわなわなと震える。偉丈夫の見た目でありながらその狼狽ぶりであり、サカキは噴き出しそうになった。


「そっちの意味じゃねえよ。ジョブだ、ジョブ」

「ああ、そっちか。……て、それも嫌なんだが」

「変なこだわりは捨てろ。一晩考えた結論だ。それでエデル、こうは思わないか。今の俺たちは弱すぎる」

「でも、ホブゴブリンを倒せただろう」

「一応な。でも所詮ゴブリンの上位種だぞ。そんなことで調子に乗ってんじゃねえ。俺も勘違いしてたんだが、多分この世界のホブゴブリンはそんなに強いモンスターとして設定されていない」

「そうなのか?」


 エデルは腑に落ちていないようだ。サカキは順に説明していくこととした。

 

「まずは俺がホブゴブリンにやられて牢屋に強制移動させられたこと。俺は通常のゴブリンとの強さの違いから負けることを前提にした一連のイベントの始まりだと思い込んでしまった」

「そうではないと?」

「次にこの世界におけるクリティカルヒットの仕様だ。ほら、お前がホブゴブリンを攻撃した時、ピカッと光らなかったか?」

「そういえばそんなことも……。剣が首筋にズバッと入ってあれはまさに……会心の一撃って感じだったな!」


 エデルは剣の柄をにぎるような動作をした。ぐっと足を踏み込み、かがめた体を一気に解き放つ。あの時の再現だ。何もない空に向かってエデルは満足げな表情を浮かべた。


「そのクリティカルヒットだが、あの後も立て続けに起きていただろう。全てが首筋を狙った攻撃だった」

「つまり、そこが弱点で狙えば必ずクリティカルヒットになると?」

「そのとおりだ。モンスターによって弱点は違っているだろうが。それでだ。全てがクリティカルヒットになるとしたら、ホブゴブリンの強さはどう思う?」

「一撃は痛いかもしれんが倒せない敵ではない……か」

「そうだ。それで冒頭に戻るが、ホブゴブリンに負けた場合のイベントは最後まで作られていなかった。つまり負けることが創造主の想定外ってことなんだよ。そのホブゴブリンに苦戦していた雑魚オブ雑魚はどこのどいつだ?」


 これはエデルだけでなくサカキ自身にもあてた言葉である。サカキはメガネを片手でくいっとやり、エデルの言葉を待った。


「……現実は分かった。でもそれがなぜジョブを変えることに繋がる?」

「ジョブのステータス補正だよ。知ってるか? 従者って結構満遍なくマイナス補正が入ってるんだぜ」

「なんと! 体の動きがいまいちだったのはそういうことか。魔人兵から人間に戻ったからかと思い込んでいた」

「自覚もあったのか。まあ鷹の目、いやホークアイなんて便利特技を手に入れられたのはよかったけどよ。俺たちはまだ二人だし戦闘に向かないジョブになっている余裕はそれほどない。今は戦闘向きジョブに変更して戦闘力を底上げする時期って訳だ」


 サカキから告げられた事実に一旦はしょんぼりした様子だったものの飲み込めきれなかったか、でもでもだってとエデルが抗議する。大の大人の子供じみた様子にサカキは青筋を立て始めた。


「ああ! だから言うのが嫌だったんだよ! 分かった! 俺も警備員を辞める! 警備員だってマイナス補正が多いから! お互いに今やりたいジョブを辞めよう! これで満足かっ!」

「サカキ殿がそこまで言われるのなら……。分かった。今は従者を辞める」


 息を切らせるサカキについにエデルが折れた。ちょっと半泣きになってなかったかと疑いつつ、エデルを説得することに成功したサカキは早速ジョブ変更を行うことにした。


 さて、キャラクタービルドについて考える時間である。

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