第8話 リベンジマッチ②
「よし、決まったぞ! このまま攻めきってくれ! エデル!」
「承知した!」
ホブゴブリンが剣を構えたまま《制止》している。その時間はわずか3秒。サカキは特技で消費したHPを回復させるため、インベントリから回復薬を取り出した。
エデルは剣を思い切り振りかぶり、ホブゴブリンの首めがけて振り上げた。――そして時は動き出す。
エデルの剣がホブゴブリンの首に触れた瞬間、強烈な発光エフェクトが生じた。
「ギャッ!」
ホブゴブリンが吹き飛びながら、赤いポリゴンを散らす。サカキは回復薬をあおりながらその光景を見ていた。
クリティカルヒットと思われるその一撃。しかし致命には至っていない。ホブゴブリンはすぐに立ち上がってエデルに向かった。
「エデル!」
サカキは反射的に走り出していた。エデルが剣の先を地面に突き立て息を荒げている。あれが渾身の一撃だったのだ。
《制止》の力を込めてサカキはホブゴブリンにヤクザキックを放ったが、体勢を少し崩すだけだった。しかしターゲットはサカキに移ったようだ。
(早い!)
ホブゴブリンが袈裟斬りを放っていた。サカキはその剣筋がかろうじて見え、咄嗟に体をひねり後ろへ飛んだがそれは攻撃の回避に繋がらなかった。
左肩への激痛。
「あああ!」
左腕を斬り飛ばされていた。断面から粗いポリゴンが勢いよく噴出する。ステータスに「部位欠損」の文字も現れていた。ただサカキの意識は明晰だった。
(そろそろゲームリセットすべきか? でも……!)
サカキは激痛に顔を歪めながら立ち上がった。この世界で感じる痛みは一定以上は制限がかかっている。だから大丈夫――まだ自分にはできることがあると、サカキはその特技を行使する。
「誘導」
ホブゴブリンの目を見据え、サカキはその力をもって残った右手で円を描いた。ホブゴブリンの視線がずれる。剣が振り下ろされた先にサカキはいなかった。
「エデル! へばってる場合じゃねえ! 二人でやるぞ! 首を狙え!」
「承知……!」
剣を空振らせて前かがみの状態になったホブゴブリンの後頭部に、サカキの槍による刺突、エデルの剣による斬撃が向かった。
二重の発光エフェクト。二重のクリティカルヒット。首から下と分かたれ、断末魔を上げたホブゴブリンは粗いポリゴンを撒き散らして消滅するのであった。息を荒げながらその様子を見ていたサカキは地面にへたり込む。
「へへ、やってやったぜ」
「サカキ殿。そのケガでよく……」
「そうか。左手がなくなってたか」
神妙な面持ちのエデルを横目に、サカキは右手でインベントリから瓶に入った薬を取り出した。青色の透き通った液体――
瞬く間にサカキの左肩から先の部分が再生していった。「部位欠損」のステータス異常も消えていた。左手を握って開いてみて、動きに問題ないことを確認した。
「サカキ殿! 部位欠損まで治すそれはまさかエリクサーなのでは? 伝承にあるという……」
「その通りエリクサーだ。俺の権限でできることについては一通り話をしたと思うが、俺は店売り消費アイテムを自由に入手できる。そういうことだから、どこにあるかは知らんが店で売っているとは思うぞ」
「一晩寝て全回復しようが部位欠損までは治らん。売っていたとしても、1本いくらかかることやら……」
「ふーん。この世界ではそういう設定なのか。すげえ苦いからすすんで飲みたくはないが」
「いやはや、さすがは創造主の使徒様だ」
エデルは脱帽して若干ぎこちない笑みを浮かべた。ふと、ホブゴブリンが消滅した辺りに光る物があることにサカキは気付いた。光っていて何かは分からず、これまでのドロップ品と様子が違うことからレアドロップ品かと思われた。サカキがそれに触れると光が収まった。
『サカキは髑髏のカンテラを手に入れた!』
エデルが仲間になった時にも聞いた創造主の声だった。髑髏のカンテラは本物の髑髏のようなリアルな造形で、眼窩から中を覗くと下顎の部分に燭台が備えられていることが確認できた。アイテム説明文を確認しても、あまり意味のなさそうなフレーバーテキストが表示されるだけだった。心の中でこのアイテムは何だと創造主に問いかけるが返答はない。システム的な音声に自分の声を吹き込んでいるだけなのかもしれないなとサカキは思った。エデルがこのアイテムを興味深げに眺めている。
「サカキ殿。これは一体何なのだろうな」
「分からん。多分重要アイテムだとは思うんだが」
サカキが髑髏のカンテラをインベントリに入れると「だいじなもの」欄に入り、捨てることもできなさそうだ。強敵と戦ったことでどっと疲れたこともあり、どちらからということもなく今日はこの辺りで早々に探索を切り上げる流れになり野営をすることになった。
◇
ホブゴブリンとの戦闘により、この世界の仕様に関していくつか分かったことがあり、サカキは少し頭の中を整理することにした。
まず、敵へのクリティカルヒットについてである。エデルがホブゴブリンの首に攻撃を当てた時、強烈な光のエフェクトが現れてホブゴブリンにかなりのダメージが入ったように見受けられたため、サカキはこれをクリティカルヒットと考えた。
元のゲームでもクリティカルヒットの要素はあったが、その成否は完全に運によるものであった。ところが、エデルと二人がかりで首を狙った際、二回ともクリティカルヒットになっている。
三連続でクリティカルになったということであり、これが運によるものとすると相当な確率なのではないだろうか。このため、クリティカルヒットの成否には運も絡むのかもしれないが、運以外の要素が存在するということなのである。
サカキは別ゲームの経験で一度クリティカルヒットが出た首を無意識に狙ってしまっただけであったが、ここから考えられるのは一つ。この世界には元のゲームとは違いモンスターごとに弱点部位が存在するということである。
狙ってクリティカルヒットを出すことが考えられるため、これは今後の攻略のために重要な情報になりそうだ。
次に、部位欠損のステータス異常についてである。元のゲームのステータス異常は毒、麻痺、眠り、混乱、沈黙という割とオーソドックスなラインナップであり、部位欠損などというステータス異常は存在していなかった。
エデルの話によると部位欠損は簡単には回復できないステータス異常だったようである。よくよく考えてみれば、宿屋に一晩泊まっただけで無くなった腕が生えたりすればおかしなことではある。
二次元から三次元の世界に拡張するにあたって現実味をもたせるためにステータス異常の種類が拡張されているのだと考えられ、実にマニアックで自分好みな仕様だとサカキは感心していた。
「――サカキ殿。まだ起きているか」
思考の海に沈んでいたサカキをエデルの声が引き上げた。
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