第7話

 サカキたちの前に現れたのは巨大なカニのモンスターであった。こいつはとにかく硬い。そして意外と素早い。討伐するのに時間がかかってしまうのだ。


 ちなみにドロップ品はカニのハサミである。甲殻を割ると中を食べることができ、味はズワイガニなどとそう変わらない。焼いて香ばしくしたものをエデルはいたく気に入っていた。


 それはさておき、目の前の巨大ガニをどう料理するかである。


「サカキ殿。俺が相手をしようか」


 青銅の剣を装備したエデルが前に出ようとしたところで、サカキはそれを止めた。


「いや、さっき覚えた警備員の新しい特技を試してみたい。ここは俺に任せてくれ」


 サカキの言葉でエデルは下がった。巨大ガニはより近い場所にいるサカキを獲物とみなしたか、カニらしく横走りで突進を開始した。


「誘導!」


 サカキは右手を右回りに円を描くように動かした。巨大ガニの突進ルートがサカキから向かって右方向にずれていく。


 巨大ガニはハサミを突き出した。しかし、そこには誰もいない。はっとしたようにキョロキョロ目玉を動かす巨大ガニに対して、サカキは槍を構えてジャンプした。


 バキッ。

 

 サカキの重い体重を乗せた槍の穂先が巨大ガニの甲殻を穿つ。粗いポリゴンを噴出させ、巨大ガニは光になって消えていった。


「一撃とはお見事!」

「ざっとこんなもんよ」

「しかし、さっきの技は一体どういう……巨大ガニがサカキ殿の位置を見誤ったように見えたが」

「どういう技か知りたければ、お前も技を受けてみたらどうだ?」

「それもそうだな……分かった。やってみよう」


 サカキとエデルは少し距離を取って正対した。


「では行くぞ! サカキ殿!」


 エデルがサカキに向かって突進する。サカキは巨大ガニにやったことと同じように《誘導》した。エデルの突進ルートがサカキから向かって右方向にずれていく。


 エデルが飛び掛かるも、やはりそこにサカキはいない。地面にヘッドスライディングするような形になってしまった。エデルはすぐに立ち上がってサカキを見た。


「おお! 飛び掛かった瞬間、サカキ殿の位置が変わったように見えたぞ!」

「この技は俺に向かってくる相手を幻惑させて、ずれた位置に俺がいるように見せかけることができるんだ。手の動かし方によってずれる方向、量も調節できる」

「なるほど。相手に警戒されてしまうと難しいかもしれんが、面白い技だな」


 サカキはこの特技が戦闘に役に立つかはともかく、イベントを裏から強行突破できるような代物か考えていた。最初に覚えた《制止》はよかった。確率とはいえ触れたキャラクターの動きを3秒間止めることができるため、進路妨害されてしまう場合などに明確な使い道がある。


 これに対して《誘導》はどうか。正直使い道をあまり思いつかないが、発動条件が《制止》と違い非接触であることが大きいと思った。何かから逃走するようなイベントの回避に使えそうとも思ったが、果たしてそんな機会がそうそうあるものか……サカキはそんなところで思考を打ち切った。


「サカキ殿」

「ん?」

「俺もさっきの戦闘で従者としての特技を覚えたようだ」

「そうか」

「……どんな特技か聞いてくれないのか?」

「めんどくせえ。さっさと言えよ」

「ホークアイ。効果は――」

「でかした! エデル!」

「ふえ?」


 ホークアイ……それは鷹の目。某国民的RPGに命名の影響を受けたと思われるその特技は、効果もそれと全く同じであった。その効果とは自身と最も近い位置にある街やダンジョンといった施設の方角、距離を調べるものである。そのRPGではフィールドが狭く鳥瞰視点であることからそもそも見通しがよく、たどり着くまでの障害物を考慮できない仕様もあって、そこまで使用されないぶっちゃけ不遇特技であった。しかし一人称視点で広大なフィールドであれば、例え障害物を考慮できなくても十分役割を果たすことができるであろう。


 早速エデルにホークアイを使用してもらった結果、サカキたちに最も近い施設は内陸の森の方角であり、距離は1日ほど歩けばよいそうだ。その施設がダンジョンの場合もありうるが、やみくもに砂浜を歩き続けるよりもマシというものだ。


 しかし別の懸念もあった。そもそもなぜ街を探す上で森に入らず砂浜を歩くことに決めたのか。港町が配置されている可能性が高いことはあるのだが、ゴブリン100匹討伐のフラグが今も生きていて、森に入った瞬間にまたホブゴブリンが出現して牢屋に連れ去られてしまうことを危惧していたのだ。


(まあ、さすがに前と場所が違いすぎるしイベント発生の範囲外だよな。しかし万が一のこともある。念のためゲーム開始座標を更新しておくか)


 サカキは現在地座標を取得してゲーム開始座標を書き換えた。これでゲームリセットするハメになっても現在地からスタートすることができる。サカキたちは内陸の森に向かって歩き出した。そして鬱蒼とした森に足を踏み入れると――。


「ギャギャギャ」

「出やがったよ、ホブゴブリン!」


 サカキたちは武器を構えた。ホブゴブリンも腰に着けたベルトから剣を抜いた。二対一ということもあり、前回のようにすぐさま攻撃してくるのではなく、こちらの様子をうかがっているようだ。


 デバッグルームから復帰後、ゴブリン100匹討伐なしにホブゴブリンと遭遇した状況から察するに、ゲームリセット後もフラグ状況は維持されると考えてよさそうだ。デバッグルームから復帰することをゲームリセットと同義と考えてよいかという疑念もあるにはあるのだが。


「どうする、サカキ殿! ゲームリセットとやらをするのか!」

「いや、ギリギリまで戦おう!」

「承知した!」


 一度ホブゴブリンに敗北してからレベルも上がったし、新たな特技も覚えた。何よりエデルという心強い仲間がいる。いつか倒さなければならないのなら、何か打倒するきっかけでも掴めればとサカキは思ったのだ。


「制止!」


 機先を制し、サカキが特技の発動を念じて槍を突き出した。ホブゴブリンが避けようとするもギリギリでかすらせ、ポリゴンの粒が少し飛び散った。しかし《制止》の効果が現れない。失敗だ。ホブゴブリンが突き出された槍の脇を抜けて、サカキへと接近する。


「サカキ殿!」


 エデルがサカキとホブゴブリンとの間に割って入った。ガンと大きな音を立てて、エデルは剣でホブゴブリンの剣を受け止めた。


 鍔迫り合い。エデルは一歩も引かない。しかしホブゴブリンの方が優勢のようだ。


「すまん、エデル! もう一度、制止をかける!」


 槍に《制止》の力を込めるとサカキの全身から薄っすらポリゴンが出始めた。この技はHP消費が重く回復しなければ連続2発が限界であり、回復している余裕はこの戦闘ではあまり望めそうにない。


(実質、これがラストチャンス!)


 サカキはエデルとやり合うホブゴブリンの腹をめがけ《制止》を放つ。槍の穂先がズブリと刺さった。

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