第6話 街を探そう:出発
サカキが覚醒するとそこはゲーム開始座標に設定していた砂浜であった。さっきまで真っ黒なデバッグルームにいたため、陽光が眩しい。
「サカキ殿!」
振り返ると青い顔をした魔人兵のエデルがいた。繰り返すが青いというのはRGBのBの意である。
「ここが外の世界! なるほど美しい! 先ほどの出来事は嘘ではなかったのだな!」
「ちょっと声でかいぞ。エデル」
「エデル! そうだ、俺の名前はエデルだ! なんとよい響きだ……! サカキ殿! もっと俺の名前を呼んでくれ!」
「あー、もう暑苦しい! ちょっとの間、そっちで遊んでろよ!」
ラウンド髭のごついおっさんを引き剥がし、サカキは次の目標を考えることにした。
(デバッグルームで創造主が言っていたがエデルに関する新たなイベントが追加されたのは間違いないだろう。それを追うのもいいが、牢屋に取り残した推しの女盗賊に繋がるイベントを探すのも捨てがたい。まずは最初にやられたホブゴブリンに勝利した場合の分岐イベントを確認したいが、相当にレベルを上げないと無理そうだな)
選択肢は色々あるが、すぐには考えがまとまりそうになかった。そういえばと、サカキはふと思う。
(創造主は新たな権限を解放すると言っていた。ジョブ変更だったな。試してみよう)
サカキはジョブ変更を念じた。するとジョブ変更候補の表示が目の前に現れた。
サカキがジョブ変更可能なのは、現在のジョブである警備員のほか、槍使い、格闘士、呪術士であった。なぜそのジョブが変更候補となるのか、なんとなく心当たりがあったサカキは、店売り装備アイテムである青銅のナイフの入手を念じた。
青銅のナイフを装備し、サカキは何度か素振りを行った。そしてもう一度ジョブ変更を念じた。すると短剣使いがジョブ変更候補に追加されていた。
(やはり関連する行動を行うことで変更可能なジョブが追加されるのだろうな。槍使いは常に槍を使っていたし、格闘士はエデルへのヤクザキック、呪術士は警備員の特技である制止がデバフに該当するからであろう。せっかくだから何かジョブ変更をしておくかな)
サカキは悩んだ末、ジョブを変更しなかった。本当は戦闘に役立つ以外にも強引にイベントを突破できる呪文や特技を覚えそうな呪術士もよいと思ったが、《制止》という有用な特技を覚えさせてくれたジョブ、警備員の将来性を感じて極めておきたいと思ったのだ。
(さて、このジョブ変更は仲間にも有効なのであろうか)
パンツ1枚になって海で泳いでいたエデルを呼ぶとサカキはジョブ変更を念じた。どうやらジョブ変更は仲間にも有効であったようだ。表示されたジョブ変更候補は現在のジョブである魔人兵のほか、剣使い、格闘士、従者であった。驚くエデルにサカキは他に自分ができることを一通り伝えておいた。
「従者へのジョブ変更を願いたい」
エデルに変更したいジョブを聞くと即答であった。創造主の使徒たるサカキに自身の人生を救われたのだから、名実ともにサカキの従者になりたいという暑苦しい理由である。それを拒否するとまた暑苦しい理由を重ねられそうな気がしたため、ステータスへのマイナス補正の多さが若干気になったが、サカキはエデルのジョブ変更を了承した。
するとエデルの身に変化が起きた。魔人特有の青い肌が人間の肌色になったのである。
「おい、エデル。鏡で自分の顔を見てみろ」
サカキはインベントリから手鏡を取り出すとエデルに渡した。しばらく呆然とした様子であったが、その頬に一滴の涙が伝った。
「人間になっている! これで俺もサカキ殿と街に入れるぞ!」
ああ、そうかとサカキは思い出す。創造主はジョブ変更をすぐに使いたい状況になると言っていたが、それはエデルの見た目に関することだったのだ。確かに魔人の青い肌では人間の街に入ることはできなかったであろう。
「街か……。エデル、次の目標についてだが人が住む街を探してみたいと思う。それでいいか?」
「承知した!」
パンツ1枚、ラウンド髭の大男は快活な笑みを浮かべた。サカキはエデルの装備可能な服の入手を念じて手渡す。
「これでも着るといいだろう」
「先程のインベントリといい、サカキ殿は便利な技があるのだな。大変に素晴らしい!」
「御託はいいからさっさと服を着ろ」
エデルに手渡した装備は旅人の服シリーズである。サカキが着ている布の服シリーズよりも少し性能が高い。エデルのレベルはサカキよりも高く、それが装備可能アイテムのランクに影響したと考えられた。最初に着ていた鎧から装備を変えさせたのは、魔王軍のものと思われる禍々しいエンブレムが刻まれていて人目に触れたらまずいと考えたことと、鎧では歩きづらいであろうとエデルを気にしたからであった。
(結構似合ってんなあ、おい。タッパがあるからか? 黙ってればナイスミドルって感じなんだけどな)
エデルが帽子を着けて外套まで羽織ると旅慣れた冒険者っぽく、とても様になっていた。サカキは自分の腹の肉をつまんでため息をつくのであった。
◇
サカキたちは街を探して歩き始めた。デバッグルームから復帰して、現在のフラグ状態がどうなっているか分からないことが懸念事項としてサカキの頭にあった。
仮にデバッグルームに入る前のフラグが維持されている――要はゴブリン100匹討伐という条件を満たしたままとすると、森に入った瞬間ホブゴブリンにやられるイベントに繋がってしまう可能性があるのではないかと考えたのだ。であればと、サカキは海沿いを歩くことにした。現在地が島なのか大陸なのかは分からないが、歩き続ければどこかに港町があると考えたからだ。
地球のルールに当てはめた時、人の集落が形成されやすい土地の条件は色々とあるが、ファンタジーなヒトツクの世界においてそれは必ずしも当てはまらない。どうやってここの住民は暮らしているのかという街が絶対に存在する。現実ではないため、それっぽい街であればそれでよいのだ。
しかし、ヒトツクの世界で港町がある確率は体感的にかなり高かった。船による場所移動イベントの配置、開放的な街並みによる場面転換の演出などに使い勝手がよいからであろう。このため、サカキは海沿いに歩いて港町を探そうとしていたのだ。
日が沈む度にテントで野営しながら3日間、海沿いに砂浜を歩き続けた結果、まだ港町を発見するに至っていない。モンスターとも頻繁に遭遇し、サカキのレベルは3から5に上がっていた。サカキはメガネをずらして玉の汗を拭った。
「いい加減、海も見飽きたな、エデル」
「まあ、さすがに」
エデルも最初ほどの元気はなく、苦笑するばかりであった。話をしていると突如、目の前の砂が大きく吹き上がった。砂柱の中に見えたシルエットにサカキは苛立つ。
「また、お前か!」
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