第5話

 振り返ると牢屋の風景も消え、一面の闇になっていた。ただ、サカキの従者として同行することになった魔人兵も一緒であった。サカキは声をかけたが何かがおかしい。口が動くだけで声が音になっていなかった。何が起きたのか理解しようと二人は辺りを見回した。


 白い何かがぼんやりと浮かび上がった。やがておぼろげながら人影のようになると、それはサカキの前までゆっくり歩いて来た。顔と思しき部位は極めて不鮮明であり、それが人のものだとかろうじて認識できるほどであった。顔と思しき部位の口元が動く。


『面白いことをしてくれたね、サカキくん。さっきの場所からつながる場所はちゃんと作ってなかったからね。緊急的にデバッグルームへ呼び出すことにした。ちなみに、この空間では君たちは喋ることができない。一方的なメッセージになるからごめんね』


 白い人影が片手で空を切る、謝るような仕草をした。魔人兵は手を合わせ目をつむり、神のごとき御業にただただ震えていた。何かに当てられたかのように恐れおののいているようであった。サカキは憮然とした表情で白い人影を見つめていた。


『僕はこの世界の創造主。物語上とかでなくメタ的な意味でね。サカキくんなら、なんとなくこの意味が分かるんじゃないかな』


 もちろん、よく分かっている。物語における神などはただのキャラクターに過ぎない。創造主というのは、このヒトツクの世界もといゲームの制作者だ。


『正解だけど、少しハズレかな』


 なんだ、人の心を読めるんじゃないか。何が一方的なメッセージになる、だ。


『そう気を悪くしないでよ。君が想定外の動きをしてくれたことで、この世界がさらに楽しくなりそうになっているんだよ。ああ、本当に君をこの世界に呼び出してよかった』


 白い人影は自分で自分を抱きしめた。このナルシズムにサカキはぞっとする思いをした。サカキが嫌いな人種なのだ。自分を上位の存在と誇示し、ひたすらに相手を見下す――サカキはそれだけは我慢ならなかった。


『本当に怒ってるね。ごめん。順を追って説明させてほしい。そうしたら君の思いが誤解だと分かってくれるはずだから』


 白い人影は手を合わせて礼をする、謝るような仕草をした。その芝居がかった所作にサカキはさらに不機嫌な表情になった。


『ははは。本当にごめんね。……ではまず、なぜサカキくんをこの世界に呼び出したのか。それは君が僕たちを愛してくれているから。繁栄の時はとうに過ぎ、とっくに寿命を迎えている僕たちを、今も君は愛してくれているから』


 抽象的な物言いをしているが、サカキは白い人影が言わんとしていることはよく分かった。このRPG制作ゲームソフトは同様なツールとしてレガシーな領域に入っており、中古ソフトを収集して保存されたゲームをプレイするような同好の士などほぼいなくなっているであろう。


『次に正解だけど、少しハズレだと言った理由。厳密にいうと僕たちは真の創造主じゃない。残留思念の類だと思ってほしい。なんらかの理由で僕たちの世界は真の創造主の手を離れ、不完全なものになってしまった。その代わりに僕たちが現れた。そして全ての権限が僕たちに移譲されたのだよ。真の創造主の願いを叶えるためにね』


 真の創造主の残留思念の類だとすれば、その目的は一つしかないのではないだろうか。


『そう。。そのために僕たちをよく知る君に、この世界へ来てほしかったんだ』


 目的は分かった。では、この世界は一体どういう原理で存在するというのか。そもそもが二次元から三次元化しており、ここに同じく招かれた魔人兵に至っては、モブキャラクターであったにも関わらず自己の探求をしたいと明確な意思を持つに至っている。


『この世界は、サカキくんの住む世界より一つ先の次元に存在している。その次元では思念が全てを支配し無限の可能性が現実になる。その次元へと至ったのは、かつて多くの人が僕たちを思ってくれた愛ゆえに』


 そのあたりはそういう世界があるということで思考を棚上げすることにサカキは決めた。考えても無駄なことは考えないべきなのである。


『僕たちは真の創造主に代わってこの物語の続きを作り始めた。でも次元の上昇により可能性が無限大になったことは物語を完成させることに繋がらなかった。むしろ終わらなくなってしまったんだ』


 分からないでもない気がした。可能性があれば、それだけ結果も発散してしまうことだろう。二択分岐どころではない。主人公が行動するありとあらゆる可能性を想定してイベント設定されていなければならないのだ。


『分かってくれたと思う。だから僕たちのことをよく理解して物語を完成させられる人を呼び出すことにした。君のような人が今も別の物語を完成させようと手伝ってくれているんだよ』


 要は自分たちは創造主が作ったゲームのテストプレイヤーなのだ。行方をくらましたゲーム実況動画配信者もいたが、もしかしたらそういうことだったのかもしれないとサカキは息を呑んだ。


『その人が誰なのかは想像に任せるとして。君は僕に協力してくれますか。もちろん君に拒否権はある。元の世界に帰ることもできるけど……協力してくれますか』


 サカキは白い人影の言葉を全て吟味した上で、頷いた。


『ありがとう。もっと早い段階で君の前に現れて確認したかったんだけど、始まりがアレだったしサカキくんは全力で拒否しそうだったから』


 転移した際、エターナルの海に放り出されたことである。確かにその時の自分なら即決で拒否したであろうとサカキは思った。


『あと、最後に面白いことをしてくれたといった理由だね。それは、そちらにいる魔人兵さんのことさ。彼は君も分かっているとおり、名前もないただのモブキャラクターさ。でも君が想定外の動きをすることによって、彼に自我が芽生えた。主人公の仲間になる運命なんてなかったんだよ。これは本当に素晴らしいことだよ。この著しく不完全な世界の物語の完成に繋がる新たなピースになるかもしれないのさ』


 白い人影は言い終わると空中から書物を取り出し、筆で何やら書き込み始めた。


『これでよし。僕は彼に関する新たな物語をこの世界に記した。でも彼も主人公の仲間になったっていうのに、いつまでも名称未設定でいることにはできないよね』


 白い人影が魔人兵へと近づく。魔人兵は手を合わせたままずっと震えていたが、白い人影の気配に気付いたか目を開けた。白い人影の持つ筆が魔人兵の額にそっと触れると、そこを中心に光の波紋が発せられた。魔人兵の震えが止まり表情が穏やかなものになっていた。


『君の名前はエデル。冒険者として活動していたが、魔王の軍勢にさらわれてしまい、記憶を消され魔人兵とされてしまったあわれな人間さ。サカキと出会い、正気を取り戻した君は消された記憶を求めてサカキと旅をすることになった。こんな物語はどうだろうか』


 魔人兵改めエデルは涙を流し、こくこくと頷いた。


『よしよし、いい子だね。……さて、サカキくん。君には物語を完成させる者として一定の能力があると僕は評価した。だからご褒美に君の権限を一つ開放しよう。権限の内容はそうだね……すぐに使いたい状況になりそうなジョブ変更の権限を開放しよう。あんまり権限を開放してしまうと、君自身が物語を楽しめなくなってしまうと思うから控えめにしているんだけどね。今回は特別さ』


 白い人影――創造主がぐっと親指を立てた。無の空間からサカキ、エデルの姿が光になって消えていく。


『じゃあね。次はいつ会えるかは分からないけど。また面白い物語を見せてくれたら考えるよ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る