第4話 牢屋の中の魔人兵③
サカキは牢屋の門扉をガシャンガシャン揺らした。
「来いよ! 魔人兵! 武器なんて捨ててかかってこい!」
相変わらず怒り顔の魔人兵が現れた。しかし、この魔人兵も元は人間で魔王の軍勢によって染め上げられたと思えば、かわいそうなものではある。
「性懲りもなく貴様は! もうすぐ心から俺たちに従うようにしてやるから覚悟をしておけ!」
魔人兵が門扉の鍵を開けた。魔人兵が牢屋に入ったその瞬間――。
「くらえ! 制止!」
サカキはジョブ、警備員としての
果たして結果は……成功であった。サカキに掴みかかろうとしたところで、魔人兵の動きが止まっていた。サカキは魔人兵から鍵の束を奪うと、牢屋を出て鍵を閉めた。――そして時は動き出す。
「は?」
魔人兵の表情が困惑で彩られる。サカキは腕組みし、ふてぶてしい面構えで魔人兵を見るのであった。
「ふふふ。どうですかな。私の特技は」
「おい、お前! どうやって……」
魔人兵が門扉を大きく揺らすと奇妙な出来事が起きた。同じ顔をした魔人兵が廊下の奥から現れたのである。
「うるせえぞ! 静かにしろ!」
二人目の魔人兵が牢屋に近づいてきた。サカキはインベントリから槍を取り出しつつ様子を見ていた。しかし、サカキのことがまるで見えていないように視線が合わなかった。二人目の魔人兵は牢屋の前まで来ると鍵を開けた。牢屋の中にいる一人目の魔人兵は目を見開き、二人目の魔人兵を凝視した。
「お前は……俺!?」
「何を訳のわからないことを言っている!」
サカキと魔人兵による最初のやり取りのデジャブのようであった。一人目の魔人兵は二人目の魔人兵に腹を殴られ、苦悶の声を上げてその場にうずくまった。
「人間ふぜいが……! 大人しくしてろ!」
二人目の魔人兵は牢屋に鍵をかけると廊下の奥に消えていった。いや、人間ではないだろうと思いながら、サカキはこの状況について少し考えた。
(主人公があの魔人兵に置き換わった形でイベントがループしている? 牢屋の中はそもそも主人公が経験するイベントの進行のために作られた空間であり、そこに魔人兵が捕らわれることで、魔人兵が主人公扱いになってしまったということか? 俺が強引に牢屋を突破したことで、ゲームに本来あるはずがない状況が発生しているんだ)
牢屋の中にいる呆然とした表情の魔人兵は置いておき、サカキは牢屋の外の廊下を確認した。二人目の魔人兵が消えていった方の先は扉、もう一方の先は長く続いた先で行き止まりになっているようである。行き止まりまで廊下を歩いてみたところ、左右にある牢屋には人間が捕らえられているようであるが、話しかけても反応がない。おそらくイベントが設定されていないからであろう。目の焦点が合わず抜け殻のようで少々不気味であった。
(そういえば、さっきの女の人はどうなっているのだろう。あのイベントから反応がなかったし、同じように抜け殻状態なのだろうけど)
サカキは自身が捕らえられていた牢屋の隣まで戻り、牢屋の中を見た。ベッドに人が横たわっている。魔人兵から奪った鍵の束から鍵を順に合わせていき、門扉を開いた。
「うっす。起きてくれたりしないかな」
ベッドの上で眠っていたのはヒトツクにおける主人公格のグラフィックを三次元化させた女性であった。健康的に焼けた肌にショートの金髪。少し露出度が高めの衣装をした女盗賊である。サカキの最推しグラフィックであり、それが三次元になっている――サカキのテンションは最高潮になった。
「女盗賊!? マジか!」
女盗賊を触ってよいものかと、サカキの両手が震える。生まれてこの方、彼女ができたことのないサカキにとって、女性に触れるという行為はあまりにハードルが高すぎた。
(この状況なら好きにできるってこと……だよな)
ごくりと喉が鳴った。心臓が高鳴り、息が荒くなる。アドレナリンの洪水がサカキに押し寄せていた。我ながらキモイと思いながらも平静ではいられなかった。
女盗賊の頬に手が触れそうになる――すんでのところでサカキは自分の頬を両手で強くはたいた。
(何考えてんだ、俺! 犯罪もいいところだろうが! このクソ童貞!)
サカキは大手を振って歩けるような人生を送っていなかったが、あくまで非社会的なだけであって反社会的な人格を形成するに至っていなかった。ヒトツクの世界であろうと、一瞬でも犯罪に手を染めようとした自分が許せなかったのである。
(また会えるといいな。今度はちゃんと設定されたイベントの中で)
サカキは名残惜しく振り返って女盗賊に別れを告げ、廊下の奥の扉に進もうとした。
「おい! お前!」
サカキが捕らえられていた牢屋に入れておいた魔人兵だ。血相を変えていて何やら様子がおかしい。
「お前は一体何者なんだ! そして……俺は一体何者なんだ? 分かっているのは、この牢屋の看守としての役割だけ。俺の名前は? 俺はどういった人生を送ってきたんだ? 俺が忠誠を誓った魔王ってどんな奴なんだ? どうして俺はここにいる? 何も……何も分からないことに気付いたんだ。助けてくれよ」
泣きながら紡がれる魔人兵の言葉にサカキは衝撃を受けた。分かっているのは牢屋の看守としての役割だけといったが、その言葉どおりなのだと思う。おそらく、彼はこのヒトツクの世界において名前も設定されていないモブキャラクターだ。イベントの進行上、一時的に主人公扱いとなり、自分と同一存在と遭遇してしまったことで何かが芽生えてしまったのだと思う。世の中には気付かなければよいことがたくさんあると言うが、これはその典型であろう。サカキは彼にかける言葉を探すがどうしても見つからなかった。
「お前に危害は絶対に加えないことを誓おう。だから……俺を外の世界へ連れて行ってくれよ」
モブキャラクターから脱し、自分が何者であるか探求しようとする彼の懇願を断ることはできなかった。サカキは牢屋の鍵を外した。
「ありがとう」
肌が青く、ラウンド髭のごついおっさんに抱き着かれてしまったが、サカキは悪い気はしなかった。
『名称未設定が仲間になった!』
突然、脳内に響いた謎のアナウンスに驚き、サカキは魔人兵を突き放してしまった。
「すまない! 感極まって失礼をした!」
「あ、いや。こっちこそ驚いてしまってすまん」
「俺を外の世界に連れて行ってくれるんだよな」
「ああ、そのつもりだ」
「改めて礼を言わせてくれ。名前を聞いてもよいか」
「
「ではサカキ殿。これから俺はお前の従者となろう。よろしく頼む」
「こちらこそ」
サカキは魔人兵と握手を交わし、廊下の奥の扉へ向かった。魔人兵が従者となり、話し相手ができてサカキは本来もっと喜べたはずであるが、謎のアナウンスが気がかりで素直に喜ぶことができずにいた。
(世界の声ってやつなのかな。何かの意志に踊らされているようで、ちょっと気に食わないな)
釈然としない気持ちを抱きながらもサカキは廊下の奥の扉を開いた。その先は――無であった。
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