第2話 牢屋の中の魔人兵①

 ゴブリンからドロップしたのは、ちぎれた耳であった。サカキは思わず目を背け口を塞いだ。さっきは全年齢に配慮したような優しい死亡エフェクトであったため、完全に油断していた。


(耳って討伐証明みたいな話か? それでギルド的な場所で換金するとか? 昔のゲームって普通、貨幣を直ドロとかだろ? その感覚ってもしかしたら、このゲームが作られたのは結構最近だったりするのかもな。もしくは……相当こじらせてる奴が作ったのか)


 半目になりながら、サカキはゴブリンの耳をインベントリに収納した。権限によりアイテムが概ね入手し放題のため、売却すればお金に困ることもなさそうだが、何かのイベントの鍵になることも考えられる。よくよく見れば作り物っぽい質感でそこまでのグロさでもない。とりあえず拾えるものは拾っておけの精神であった。


 次にサカキが考えたのは自身のレベルを上げておくことであった。さっきのゴブリン程度が出現モンスターとして設定されているということは、この辺りはゲーム序盤の地域と考えてよいということだ。一つぐらいレベルを上げておけば、これから先も少し安心できるし、レベルによって何がどう変わるのかも気になっていた。


 そうと決まればと、サカキは索敵を開始した。


 ◇


(やばい。ちょっと狩り過ぎちゃったかも)


 ゴブリンは予想以上にたくさんいた。そして予想以上に弱かった。インベントリを確認するとゴブリンの耳の数が99になっていた。


 レベルは3まで上がり、各種能力値の上昇とともに体の動きやすさを実感した。警備員のジョブランクも上がり《制止》という特技を覚えた。武器や素手で触れた敵を3秒間、動きを止めるという特技である。何気に壊れ技ではないかと思ったが、確定ではなく、体感でおおよそ半々の確率であり、ここぞという時に信用できない。そういった点でバランスを取っているのであろう。


 それに特技は命を削る――要はHPを消費するため、乱発は身の危険に繋がってしまう。駆け引きの要素も出てきて、つい楽しくなってゴブリンを狩り過ぎてしまったのだ。


「どりゃあ!」


 記念すべき100匹目のゴブリンを青銅の槍で突き刺して倒した瞬間――。


 カチッ。


 頭の中でスイッチが入るような音がした。


(ん? これって、もしかして……)


「ギャギャギャ」


 突如、物陰から姿を現したのは、ゴブリンの上位種に設定することを想定されたグラフィックのモンスター、ホブゴブリンであった。ゴブリンよりシュッとしており、同じ緑色の肌をして筋骨隆々。腰に着けたベルトには剣が装備されていた。


(絶対フラグが立った音じゃん! ちゃんとイベントも作ってあるじゃん!)


 ゴブリンからドロップした耳をインベントリに入れた後、嬉々としてサカキは青銅の槍を構える。まだこの世界で退屈せずに済む。それが嬉しくてたまらなかったのだ。


「あれ?」


 サカキの腹にホブゴブリンの剣が刺さっていた。ゴブリンが死ぬ時と同じように粗いポリゴンの粒が噴出する。


 痛みはある――が、腹を刺されて死ぬ時に感じる痛みはこの程度のものなのかとサカキは思った。


(いや、結構痛いかな。うん、やっぱ痛い。ゲームオーバー? それとも本当に死んでしまうのか? まあこんなものか、俺の人生――)


 視界が暗転し、サカキは意識を失った。ホブゴブリンは満足そうにケタケタと笑い、サカキを担ぎ上げるとどこかへ立ち去って行った。


 ◇


(生きてるじゃん! HPも完全回復してる。でもゲームオーバーからの砂浜スタートじゃないのか?)


 サカキは目の前に広がる予期せぬ光景に驚いた。太い鉄の棒が床から壁に向かって伸び、人が通り抜けられない間隔で配置され、廊下と部屋が仕切られていた。門扉はあるが確かめると鍵がかかっていて、頑丈なため壊すことも難しそうだ。部屋は4畳程度の狭いもので、サカキは薄汚いベッドの上に横たえられていた。


(これって完全に牢屋……だよな。あれは負けイベントだったんだろうな)

 

 ゴブリンと比べてあのホブゴブリンは異様な強さがあり、やられてもゲーム開始座標に戻されなかったことから、サカキはそう判断した。この世界で死ぬことは単なるゲームオーバーなのか、本当の死なのかは分からずじまいである。この世界で感じる痛みは一定以上は制限がかかっているようで、まるでゲームオーバーからの死に戻りを前提としているようにも思えた。しかし、死に戻りができるとは断定できない。死にかけたら先にゲームリセットをかけようとサカキは肝に銘じたのであった。


「ここ、出られないのかな。おーい、出してくださいよ」


 サカキは門扉をガシャンガシャン揺らしながら、誰もいない廊下側に向けて、緊急感の欠片もない調子で声を出していた。こうすれば次のイベントが起きると考えたからだ。


「うるせえぞ! 静かにしろ!」


 明らかな怒声であったが、この世界で初めて聞いた人の声でもあり、サカキは感動していた。廊下の奥から足音が聞こえ、やってきたのは兵士風の鎧を着た男だった。


「なんか普通の人間っぽいな。カクカク動いて常に真顔だったらどうしようかと思ったぞ。会話とかもできるのかな。なあ、あんた――」

「何を訳のわからないことを言っている!」

「わ、反応した!」


 今度はサカキを無視し、兵士は門扉の鍵を開けた。近くで見ると顔色が青い。青いと言っても体調が悪くて青いとかではなく、本当に青い。RGBのBである。兵士は人間ではなく魔人か何かのようだ。ホブゴブリンに牢屋へ連れ去られたのだから、それを監視する者もモンスター側の存在という設定なのであろう。


 兵士が牢屋の壁にサカキを無理やり押し付け、空いている方の手を握り拳にして大きく振りかぶった。


「ぐお……」


 結構な力のパンチを腹にもらい、サカキは顔を歪めてよだれを垂らしながらうずくまった。


「人間ふぜいが……! 大人しくしてろ!」


 月並みな捨てゼリフを吐き、兵士は門扉に鍵をかけると、また廊下の奥に歩いて行った。


(痛え。ホブゴブリンにやられた時とそんなに変わらねえじゃねえか。HPも1になってるし)


 サカキは服の袖口でよだれを拭うと、腹をさすりながらインベントリから回復薬を取り出し、一気飲みした。HPが回復し、痛みが一瞬にして散っていった。兵士が廊下の奥に完全に消えたその時――。


 カチッ。


 フラグが立った音をサカキは聞き逃さなかった。

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