こちら文明文化保存局
@Jack_hogan_88
第1話 こちら文明文化保存局
我々は後世に何を残すのか。
人類は3000年経った今でもその課題を背負いながら生きている。
私が目覚めた時には輸送用巨大陸上船「タイタン号」は荒廃したシドニーを抜けいつの間にかシンプソン砂漠の枯れた大地を走っていた。
走ると言っても何百トンにもなる文明の産物を乗せているので退屈するほど遅い。
完全に意識が覚醒した私はクルー用の刑務所のものとあまり変わらないベッドから起き上がり仕上げのインスタントコーヒーを淹れていた。
私が猫舌を理由にコーヒーが温くなるのを待っている最中、艦内放送が流れた。
「艦内の全クルーに告ぐ。間もなく砂嵐に入る。クルーの諸君は各々のコンテナの修正及び警備に当たり配置につけ。以上。」
なんとも無愛想な艦長だ。
私達文明文化保存局は人類が西暦を作り3000年経った中で生まれてきた文明的、文化的な代物である「文明文化遺物」を収集し各地にある支部に保存することが目的だ。
もし発見された遺物がその地域で生まれたものでなく、作者が判明している場合その作者が生きていた地域の支部に送られる。
私が所属している長距離輸送チームはその作者が生きていた地域に異物を届ける部隊だ。
もちろんこの仕事は簡単なものじゃない。長距離輸送チームはシンプソン砂漠のような局地を横断する場合もある上、輸送中に何百とあるコンテナの点検作業をしなければいけない。運が悪ければ現地の盗賊や世界中の分別のつかない金持ち共が雇った傭兵が襲撃しに来る。
過去に一度、対応に失敗した輸送船から盗まれた大量の遺物が闇市に流れ当時のクルーの8割は殉職したらしいのだから常に緊張感を持って生きていなきゃいけない。
船内の廊下の小窓に映る砂嵐を横目に私はコンテナ収容エリアに向かった。
どうやらすでに作業は進んでいるらしく、私は班長であり比較的交友関係のあるオブライエンの所へ駆け出した。
「すまない、少し遅れた。今はどの区画まで進んでいる?」
「今はB-3区画まで点検作業の確認がとれてるな。」
「了解。」
私は早速点検作業が終了していないB−4区画に向かおうとしたが、その時オブライエンに「あぁ、おいちょっと待て」と呼び止められた。
「B−5区画の奥にあるバカでかいコンテナがあるだろ。あれはいじるな。開けるのもダメらしい。」
そう言われてB区画の奥を見た。広い倉庫の中に人2人分の高さのコンテナが4個ずつ積み上げられており、奥には確かに一際目立つ、倉庫の天井まであと一歩といったくらいの横長に大きいコンテナが鎮座していた。
「あんな大きな遺物、一体どこに置くんだ。」
「さあな、ギリシャ宛ての柱でも入ってるんだろ。」
「まあとりあえずわかったよ。また後でな。」
そう言って私はB−4区画のコンテナまで向かった。
「遅かったじゃないか。どうした。」
私の遅刻を面白がってそう言ったのは同僚のアルだった。アルは30歳ほどの風体をしていて、どうやら学生時代は数百年前のポップカルチャーを研究し、それを愛してやまないいわゆる『ギーク』だった。なので日常的にそう言った専門的な話を私にしてくれるがそう言った話を表面上でしか吸収してこなかった私にとってはやや難しかった。
「いや、少し作業着を着るのに手間取ってしまってね。腰の留め具が取れたんだ。」
「あぁ、うちの作業着って着づらいもんな。積まれてるコンテナに登るためのフックもセットだし。」
「ほんとどうにかなって欲しいもんだよな。例えば手が届いて欲しいところまで飛ぶ出るとかさ。」
「そりゃあお前、ロケットパンチみたいだな」
「ロケットパンチ?」
「ロケットパンチっていうのはな、昔の巨大ロボットにアニメーションで出てくる必殺技みたいなもんだよ。手がジェットみたいに飛び出るんだ。」
「へえ。ジェットパンチの方がしっくりきそうだけど。」
「ロケットの方が壮大でかっこいいだろうがよ。実際ロケットパンチって叫びながら攻撃するんだけど滑稽そうだがかっこいいんだよ。」
「叫んでなんかあるのかよ。」
「なんもないけどさぁ。なんかいいじゃん。」
「そういうものか。」
結局なんの話をしていたか追求することもなく私たちは点検作業に戻った。
やっと点検作業が終わりかけていた時、事件は起こった。
私たちが点検している向かいの区画であるC区画から悲鳴が上がった。
見てみると武装した男が20人ほどおり、作業員を牽制していた。
作業員達は静かに両手を上げ男たちの指示に従い一列に並んでいた。
「おい、アレまずいんじゃないか?」
一緒にコンテナの陰に隠れていたアルがこそっと私に話かける。
「あれでまずく無いわけがないだろ。とにかく艦長に報告しないと。」
「いやまて、この部屋の艦内通信機は出口の隣にしかないんだぞ。おまけにその出口は盗賊サマの真後ろだ。」
「じゃあどうすればいいんだ。」
答えなんて無いことを分かりつつも私はそう言った。
すると向こうに作業員達を並ばせていた男達の内の一人が言い放った。
「お前らの名簿と今いる人数がいねぇんだ。他のやつはどこにいる。」
「分かりません。」
男はその瞬間作業員に蹴りを入れた。蹴られた作業員は悶えていながらも男に敵意の目を向けていた。
「クソ…他の奴らを探せ!」
他の盗賊の男達は多方面に散っていった。
私はアルの方を見た。アルは男達の方を見ながらも静かに呼吸していた。
「…コンテナに武器があるかもしれない。」
アルの様子をみる限りダメ元で言ったようだった。
「この船は武器輸入なんてしてないだろ。遺物がめちゃくちゃになる可能性だってあるんだし。」
「それもそうだな…いや、待て。あのデカイコンテナ。アレはどうなんだ。」
「どうなんだって言われても…オブライエンには見るなと言われてるし俺は何も知らないぞ。」
「これは俺の憶測なんだがな…あのサイズは恐らく『戦車』だ。」
「戦車って車輪のついた砲船か?」
「あぁ。反重力で動く砲船が地球に来る前は戦車が普及していたから可能性はあるぞ。」
「どうだか…でも確かめる価値はあるな。」
そう言って私達はコンテナの陰に隠れながら例のコンテナへ向かった。
もし中に入っていた物がギリシャ宛ての柱だったとしても一縷の望みに託すしか無かった。
ようやく例のコンテナの前へ立った時、私はこれをどうやって音を立てずに開ければいいのか考えたが明らかに無理だと確信した。
アルもその事を考えていたのだろうか。私がどうしようか聞こうとする前に提案し始めた。
「俺が男達を引き付けるからお前はそれの中身を確かめろ。」
そう言ってアルは声を上げ、コンテナの陰に隠れながら移動していった。
「おーい!こっちだ!ここにいるぞ!」
銃声が鳴り響くと同時に私の背中には異様な焦燥感と緊張が走った。
急いでコンテナを開けると中には大きな直方体のような、ひし形のような物体に車輪が何個もついており、人ニ、三人分の身長の幅をしていた。
「これがアルの言っていた戦車?…」
不思議だったのはよく見てみると戦車の上には砲台ではなく人の上半身のようなものだった。
とにかく今はこれに乗るしかない。そう思って私は人1人分入れるような戸口を開け、見事操縦席を探し当てることができた。
懐中電灯の光を頼りに戦車を起動するためのボタンなりなんなりを探す。まじまじと見ていると言語は違うが恐らくこれだろうと誰もが思えるような赤の四角の中に黄色い文字が書かれているレバーを見つけた。
アルのこともあり急いでレバーを引く。
その瞬間、鈍く低い轟音があたりに響いた。外からは男達の動揺を含んだ声と駆ける足音が聞こえる。
操縦席の前方には車のモニターのような画面が映されていて背部の視点も確保されていた。恐らく発進するためのペダルが足に触れたが、その時私は確信した。
これは戦車ではない。恐らく前時代に使われた作業用の重機だ。操縦席のレバーやペダルはコンテナを輸送するための重機と似ていたため、私は職業柄それを察することができたのだ。
兎にも角にもこのコンテナから出なければいけないと発進させ、どうにでもなれと思いながらコンテナの戸を破った。
恐らく戸の近くにいたのだろう。衝撃音と共に盗賊の内の二、三人が不運にも跳ねられるのが見えた。
「これで俺も今日から人殺しか…参ったな」
そんな事をぼやきながらこの状況を今乗り回してる重機でどうすべきか考える。が、作業用の重機であれば武装なんてあるわけがないのでどうすれば正解なのか分からない。
気づけば前方に五人の盗賊が銃をこちらに向け叫んでいた。
「止まれ!今すぐ止まらねえと撃つぞ!さっさとそこから降りてこい!」
喜んで今すぐこいつらを轢いてやりたいけども下手に動いて銃弾が装甲板を貫通してしまっては取り返しのつかないことになってしまうため、とりあえずそのまま静止した。
何か不意を突ける手段はないかと、私は急いで操縦席のスイッチを探った。
一つだけ目に留まったのは、上部にぶら下がっている鎖につながった赤い手すりであり、それをしまっている箱には太陽のようなマークが道路標識のようなデザインで描かれていた。
直感でこれだと思った私は急いで手すりを引いた。
瞬間、上から発砲音に似た爆発音が聞こえた。
モニターは[信号弾 残弾数2/3]と表示されており、まさか本当に不意をつけたのかと少しばかり喜びが湧いた、がこれがよくなかった。
信号弾の熱を感じだったのか、天井に取り付けてある火災探知センサーが作動し、警報と同時にスプリンクラーの水があたりをどしゃ降りにした。
そうなってしまえばその場にいた者は混乱せずにはいられなかった。
盗賊たちは動揺しながらも怒声を吐き捨てながら銃を構えるが、その動揺の隙を察知した作業員達は自分達を見張っていた男何人かに飛びかかり、殴る蹴るの大乱闘だった。
私はと言うと、もうどうにでめもなってしまえと適当に引いた赤の手すりの横にある、黄色の手すりを引きながらなんとか同僚を轢くまいと気をつけながら機体を急発進させた。
だが、これも良くなかった。
目の前に立ちはだかる男たちを跳ねたであろう鈍い音が聞こえ、乱闘している作業員を見事回避できたところまでは良かったが、その後すぐに前方に大きな爆発音が響いた。
モニター越しに確認してみるとコンテナを通すための巨大なゲートに大きな風穴が空いていたのだ。
その場にいた全員が理解できなかった。
しかし、こうなってしまってはもう後戻りはできない。恐らく艦長には状況は伝わっているのだろうから一度応援が来るまで外に出て待機するしかないと考えた私はゲートから船の外へ出た。
辺りはまだ砂漠が広がっており、よく見てみると地平線の向こうに都市が見えた。
これで都市からも直接警察が出動すると踏んだ矢先、上空に何かが見えた。
今までに見たことのない種類のヘリコプターだった。恐らくあの盗賊のものだろう。側面にはいかにもなドクロマークが描かれていた。
このままでは盗賊の仲間が船内に突入してしまう。何とか食い止められないだろうかと脳みそをフル回転させ、考える。
よくよく考えてみるとあの黄色い手すりはなんだったのだろうか。
答えを探すべく私は操縦席を見渡す。
すると、右側の壁に機体の全面の形を模したランプがチカチカと瞬いている。
下から車輪、車輪につながる車体、そして人の上半身のような部分だと分かる。
しかし不思議だったのは上半身の左手の部分が点滅することなく黒いままだったのだ。
瞬間、閃いた。信じられたものではないが、恐らくこれだと私は確信した。
私はモニターの視界を頼りに右手の部位をレバーで操作する。
向けた先は上空のヘリコプターだった。
「アル…こう言う事だろ」
そして、私は黄色のレバーを再び勢いよく引いた。
「ロケットパアァァンチ!」
まさかこの言葉を本当に叫ぶなんて、思いもしなかった。
予想通り右手からはジェットのような炎が吹き出し、ヘリコプターの腹の部分に直撃した。
途端に腹の部分から爆発が広がり、ヘリコプターは砂漠の中へ沈黙していった。
この光景をアルが見ていたらきっと興奮では済まないだろう。そう思った時、やっとアルの事を思い出した私は急いで機体をコンテナをゲートへ向かわせた。
私が駆けつけたときには船長率いる鎮圧部隊が負傷した作業員を保護しており、一部は盗賊たちを囲んでいた。
作業員たちの奥に担架の持ち手がちらりと見えた。
私はまさかと思い担架の方へ向かったが悪い予感は見事命中した。
そこには目をつむり口から血を流しているアルがいた。
「そんな…アル!起きろ!今じゃねえぞ!」
アルは微かな声で私の声に応える。
「さっき聞いたんだけどよ…足に二発、腹に一発らしい…なに、死にやしねえよ」
救急員が私を引き剥がす。コンテナ庫から医務室へ運ばれてくアルを眺めることしかできない自分が悔しかった。
途方に暮れかけていたその時、数人が外を見てざわめいていた。
私もつられて見てみるとさっき撃ち落としたはずのヘリコプターが再び上空に現れていた。
「増援か…!クソ!」
私は急いで例の戦車の下へ走る。途中艦長が止めようと声をかけたがそんな事も気にせず私は操縦席に座った。
モニター越しにヘリコプターをみたときには激しい振動が襲いかかってきた。恐らく何か強力な飛び道具で攻撃を受けているらしい。
先程の対人用の銃弾の比にならないほどの威力を感じ取った私は命の危機を悟った。
操縦席を見渡すがどうやら武装になりそうなものはもうないらしく、なけなしの信号弾を撃つも何も効果は無かった。
操縦席の中ではアラートが鳴り響いて止まない。
諦めかけたその時、事態は一変した。
ヘリコプターに向かって視界の横から何かがぶつかったのだ。
どうやらヘリコプターのローターに当たったらしく、バランスを崩しヘリコプターは急降下していった。ヘリコプターから数人がパラシュートを展開し、飛び降りていくのが見える。
何が起きたのかと困惑したがすぐに無線が入った。
「こちらオーストラリア大陸警備隊。オーストラリア大陸警備隊。そちらから爆発と信号弾による救難信号を確認した。」
どうやら先程撃った信号弾が功を奏したらしい。
砂漠に出た際に目視した都市から警備隊に通報が入ったようだ。
「船の識別番号を教えてくれ。」
私はいやというほど覚えさせられたタイタン号の識別番号を暗唱する。
「む…輸送船か。大変だったな。最近ここいらで無法者がうろついていて困っていたんだ。まさかそんなオンボロでヘリコプター1機を撃ち落とすとはな。腕が良い。」
「いや、本当運が良かっただけですよ。おかげ様で助かりました。ありがとうございます。」
「なぁに気にするな。とりあえず所属団体名を教えてくれ。」
私は、この仕事に一種の誇りを感じている。長旅は疲れるが大昔から生み出されていった人類の痕跡を遺し、安全な場所へ届けるだけで胸を張れるのだ。
私は誇らしきその名を呼んだ。
「こちら文明文化保存局。文明文化保存局です。」
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