第8話 会合

 シホがクラウスとクレマンに指示を出した翌日のこと。クラウスは馬車の客車の中、聖王都シュレスホルンの街路を走っていた。

 大陸一統制された碁盤目上の街であるシュレスホルン。その東部の相当範囲を占める教会区を出た馬車は西へと向かう。都と同じ名を持つ聖王城とその前広場を横切って、更に西を目指す。都西部の王立官庁街に入ったところで南下すると、その先にはシュレスホルンでも少し毛色の違った街並みが姿を表す。

 石造りの堅固な軒並みは変わらないが、何処と無く古く、薄汚れた印象が隠せない街並み。シュレスホルンの旧街で、いまは各紛争地からの難民や移民を受け入れている区画だった。

 区画に入ると、馬車が減速する。それも仕方がないことで、古い街路は多くの人で溢れていた。特に何があるというわけではないが、半年前のオード紛争以降、難民の数が増えた街は、人いきれがするほどの人口になり、そのせいか奇妙な賑わいを見せるようになっていた。その日の食料を求めるもの。職を求めるもの。遊び回る言語の異なる子どもたち。そうした只中に飛び込んだ馬車は減速せざるを得ない。


「ここでいい。停めてくれ」


 御者席側の戸を叩いて、クラウスは言った。目は見えずとも研ぎ澄まされた感覚が周囲の様子を伝えていた。

 程なくして馬車は完全に停止した。クラウスは客車を出る。


「よろしいのですか?」

「ああ。だ」


 御者席に座る神殿騎士団の兵士にそう言い残すと、クラウスは人混みの中へ紛れていく。盲目であることを感じさせない歩みは迷いなく、杖などにも頼ることはない。視覚以外の全ての感覚を動員して、ひとりの人ともぶつかることなく歩き続けていく。

 そうしてしばらく歩いたところで、ふとクラウスは人混みの中で立ち止まる。歩くこととは異なる感覚を飛ばし、自分の背後を伺った。

 教会区から付いてきていた馬車は二台あって、付かず離れずの距離を保っていた。クラウスが下車して歩き出してから、尾行の気配は四つあった。一台の馬車に二人の計算だ。いま、その気配は二つに減っている。一時的なものなのか、それとも撒いたのか、この場では判断できなかった。

 それゆえ、クラウスは次の一歩で深く腰を屈め、石畳の街路を蹴って走り出した。二歩目には全速力になる驚異的な脚力と、見えているものにも不可能な軌道で、混みあった人々の間をすり抜けていく。その速さは稲妻を思わせるほど速く、移民たちの中には『何かとすれ違ったが誰かはわからない』と感じるものもいたであろう。

 その速度を維持したまま、クラウスは街路から細い枝道に飛び込んで、その先の突き当たりにある人気のない建物へとそのまま入って行った。やはり石造りの、がっちりとした造りであり、掃除をして家具を置けば、すぐにでも住み始めることができるであろう建物であったが、いまは住む人もなく、過去に暮らしたであろう打ち捨てられた古い家具だけが、その建物の住人としてクラウスを迎えた。破れたカーテンが風に揺れ、その動きがかえってこの部屋の無人の空虚を盲目のクラウスにもはっきりと目に見えるように伝えたが、それに反して室内に人の気配があった。

 だが、クラウスは驚くことはなかった。


「暫くだ。


 気配は闇の中から浮かび上がるようにクラウスに近づいた。

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百魔剣物語——聖女と魔女と王者の魔剣—— せてぃ @sethy

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