第7話 選択

 フィッフスがユベールの命を奪った攻撃を特定し、イオリアがそれを聖王都シュレスホルンまで伝達するのに、さほど時間は掛からなかった。

 通常、伝令の早馬を飛ばした場合、最低でも五日は掛かる距離なのだが、イオリアにはその距離を無に変える百魔剣の力があった。


「騎士イオリアからの連絡によればユベール学長の命を奪った攻撃は古都ミルズ・ベラから飛来したものであると『魔女』フィッフス殿が判断されたとのこといかがなさいますかシホ様」


 早口な上にはっきりとした句読点も抑揚もない特徴的な話し方をする痩せぎすの男と執務机越しにシホが向き合ったのは、クラウスと話をしてから、僅かに数時間経った後の事だった。クラウスもまたシホの執務机の隣に立ち、男の話を聞いていた。


「……開発通りにイオリアからの『風鳴り』を受け取ることができたようだな」


 流石だ、と付け加えたクラウスの言葉に、痩せぎすの男は恭しく頭を垂れた。

 『風鳴り』はカロラン姉弟きょうだいが使う魔剣フラムとグラスに備わった異能の一つである。風に乗せて言葉を、波長を合わせてある遠く離れた人物へ送ることが出来る。個人個人が持つ資質に大きく関わる為、受信出来る人物が限られる事や、文言も長々とは送れない等、様々な制約はあるが、遠方に、極秘裏に潜入する事の多いカロラン姉弟にとっては、最適の異能と言えた。

 これまで『風鳴り』を受けられるのは神殿騎士団の現副長であり『聖女近衛騎士隊エアフォース』の戦隊長を務めるルディ・ハヴィオだけだったのだが、ルディが負傷し、療養中であることで、他に受け取ることができる人間が必要になった。しかし、個人の資質に関わる部分で、すぐには適した人材を用意できない。困ったところで提案を持ってきたのがこの痩せぎすの男、『聖女近衛騎士隊』の装備調達、研究、開発を担う旧王国時代の研究者クレマン・ネビルだった。いま、クレマンは研究、開発した受信装置でイオリアの『風鳴り』を受け取り、その内容を伝えに来ていた。


「ミルズ・ベラには『魔女』が住み着いている、という話がありましたね?」

「『魔女』システィリナ。カレリア内で武装集団を結成した『第一級魔女』として異端審問局が指名手配をしています」

「未確認ではありますが『円卓の騎士ナイツオブラウンド』との繋がりも疑っているとのことですシスティリナは学院出身者でもあるそうで」


 シホは執務机の上に両肘を突き、組んだ指に顎を乗せた。考え事をする時の癖だった。


「……異端審問局が動いている……おそらく、ミルズ・ベラにも派兵されていることでしょうね」

「シホ様の周囲を同じ審問局が探っている最中です。シホ様ご自身が現地に赴くのは得策とは言えませんが……」

「とはいえもし万が一百魔剣があの古都にあるようなことがあればシホ様のお力は必要になるのでは」


 クラウスはクレマンの言葉に無言のまま頷いた。得策ではないが、百魔剣の存在が疑われる場合、百魔剣を封じることのできるシホの力は、必要になる可能性が高い。


「騎士イオリアの姉君もそこにいるかもしれないとは騎士イオリアの言葉ですがこれは憶測でしょうがしかしながら確かに否定はできませんね古都はそういう遺跡です」


 クレマンは、ミルズ・ベラを知っている様子であった。旧王国時代の研究者にとって、あの古都はそういう価値を共有する場所なのだろう。

『円卓の騎士』と『魔女』システィリナに繋がりがあって、ユベールを殺害したあの攻撃が成されたのであれば、確かにミルズ・ベラに『円卓の騎士』の拠点のひとつがあり、そこにエオリアがいる可能性はある。

 しかし、とシホは思う。クラウスの言う通り、いまの自分の立場は非常に危うい。シルベストレの目が光る中でこの聖王都を離れるのは、どんな理由をつけても疑われるであろうし、ミルズ・ベラに既に派遣されているであろう異端審問局の兵士がいる状況は『円卓の騎士』共々、敵の懐に飛び込むのと同じだった。


「……クラウス」

「はっ」

「リディアさんに連絡を取ってください」

「ミルズ・ベラは『死神』に任せる、と」

「どうでしょう」

「……わたしも同じように考えていました」


 クラウスがにやり、と笑う。彼にしては珍しい、含みのある笑顔だったが、負の感情は感じなかった。本当に、同じように考えていたのだろう。シホは少しほっとする。


「クラウスにはわたしとこの聖王都に残ってもらいます。わたしとクラウス、カーシャとでシルベストレ様の出方を伺います」

「承知」

「クレマンはノエルに連絡を。『鉄の処女アイアンメイデン』の出港準備だけは済ませて置くように伝えてください」

「御意に」


 シホは執務机から立ち上がる。クラウスから神殿騎士団団長を引き継いだ女性騎士、カーシャ・オルビスに会いに行く必要があった。

 そして、もうひとつ。自分が現地に行かない、と判断したからこそ、準備しておきたいことがあった。

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