ベールで覆い隠した透明な過去と見失ってしまった星

神永 遙麦

ベールで覆い隠した透明な過去と見失ってしまった星

「顔に傷がある女の子ってカッコいい」


 そう実夢みゆは、鏡を見るたび頬に手を当て、声に出し呟く。その一方で「もし傷がなければ」とも思う。

 

 通報され、お父さん達から引き離され、保護された。9歳だった達哉の里親は早々と決まった一方で、13歳になっていた私の引取先はなかなか見つからなかった。15歳で叔母の里子になってから3年経った。

 来月……来週で18歳になる。高校を卒業したら、進学することを進められている。叔母の厚意には感謝している。この3年間の恩を返すためにも、いい大学に入って就職するのがいい。だけど、そこまでお世話になるのはどこか申し訳なく、高卒で家を出て就職しないといけない気もする。


 なのに地に足をつけて生きることができない。

 私は想像するのが好き、誰か自分じゃない誰かになってみるのが好き。自分じゃない誰かと仮定して考えたり、その人生を想像の中で生きてみるのが好き。

 だから、目を瞑って想像してみよう。私の名前はぼかす。ここは小説の世界。私は誰かが作ったキャラクター。目を開いたら、そこは知っているのに真新しい世界が広がっている。


 *


 鏡に写る自分を見つめた。

 鏡に写るのはどこにでもいるような女子高校生。校則通りの黒い髪を、茶色のヘアゴムでポニーテールにしている。校則破りにも薄く紅を塗った唇は、何かを発しようとしているかのように薄く開いている。前髪と巻いた姫毛、そしてSNSでバズったコンシーラーでなんとなく隠した、赤みかかったベージュの切り傷の痕。

 少女の先にあるのは星を見失った未来。少女の後ろにあるのはベールで覆い隠した透明な過去。

 

 身だしなみを整え終えると少女は自転車に乗り、誰もいない学校に向かった。

 視界の端には泣く赤子をあやす母親。ブランコを取り合いをする兄弟。娘の自転車の練習に付き合う父親。

 

 風に吹かれているうちに少女の過去は捲れつつ合った。黒く黒く濁りに濁った結果、一見透明に見えるようになった過去が。

 

 少女は3人兄弟だった、少なくとも2人の弟と育っていた。末弟は5年前に死んだ、6歳だった。その時、少女はその現場を動画に撮っていた。

 父によるDVを学校で教師に相談しても、児相に一時保護されるたびに訴えていても、父の詭弁のせいで意味をなさなかった。そんな中、友達から「授業中にタブレットで勉強に関係ないの見てたら、先生が画面を監視してるからすぐバレる」と噂を聞いた。だから少女は「またお父さんがお母さんか弟たちに手を出したら、その様子を隠れて録画する。その映像を授業中見て、先生にバレるようにする」という作戦を立てた。

 作戦実行のチャンスはすぐに来た。


 *


 実夢はキキーッとブレーキをかけた。雫のような汗がつたりと流れ、肌にべっとりと張り付いたブラウスの感触が不快だった。

 無意識のうちに、最悪の記憶が蘇ろうとしていた。これを何と言うのかくらい知っている、「フラッシュバック」と言う……。

 

 実夢は悪夢をすり潰すように深くため息を吐いた。勢いよく自転車から降り、自転車を押しながら公園に向かった。

 自転車を駐輪場に置いていくと、実夢はフラブラと歩いた。大した気温じゃないのに、なんでこんなにも暑いのか。原因はおそらく湿度、お肌ツルッツルになりそうなくらい蒸し蒸しする。

 実夢はストンと噴水の縁に腰を下ろした。湿気を含んだ髪が気持ち悪く、ヘアゴムを外し軽く頭を振った。

 風に洗われているうちに少女は見失ってしまった星に想いを馳せた。

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ベールで覆い隠した透明な過去と見失ってしまった星 神永 遙麦 @hosanna_7

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