8 あとがき他

 本書は、調査中に逝去した■■■■氏のフィールドノーツと草稿をもとに、共著者が執筆をおこなったものである。

 共著者は、■■氏と同じ学舎で机を並べた者であり、まずは筆頭著者である■■に少しだけメッセージを送ることを許していただきたい。冒頭で逝去とは書いたものの、これは認定死亡ということであり、共著者はどこかで■■氏の帰還を期待しているところがあるからだ。彼は昔からふらりと消えて、いつの間にかふらりと戻ってくるようなところがあった。


 ■■くん、あなたは、頭が良いはずなのにどこか向こう見ずなところがありました。

 真っ先に研究資金や奨学金をもぎとってきたあなたは、先輩である私よりも先に旅立っていきました。

 あのときの君の誇らしげな顔は、二〇年経った今でもよくおぼえています。

 たまに送られてきた分厚い封書の一部は、この本でも使わせてもらいました。

 ただね、あなたは字をもう少し丁寧に書く必要があるといいたいです。

 封書もノートも草稿も、どれも本当に読みにくくて、解読用の字典を自作していたくらいですから。

 あなたが帰ってきたら、とりあえず説教してやろうと思っています。


 ◆◆◆


 あたし、あのときは魔法使いだったの。

 そう、あの子もいたよ。うん、ひょろひょろしたお兄ちゃん。

 あのときのあたしは新しい言葉をおぼえるのが面倒でね。

 だから、あの子ともそれほど話さなかった。

 だいたい、あの年になって、あんなところにいたら、毎日、どこかしらか痛くて不機嫌になるしね。だから、ほとんど話さなかったよ。

 お姉ちゃんも、しわくちゃになってしわのなかに目を隠してしまえるくらいになったら、きっとわかるよ。

 なにかになれるって思ってる生意気な子だったからね、心臓を取り出してから、ときとときの間でさまようにしてやったよ。

 まだずっと空にいるんじゃないかな。


 ◆◆◆


 気がつくと、外は暗くなっていた。

 僕はスマートフォンを取り出すと、駅前のスーパーでなにか買っていく必要があるかと送る。

 パソコンの電源を落とし、手元にあった書類をぱらぱらとめくっているうちに返事がくる。

 戸締まりをして、ドアにぶらさげた札を裏返す。

 廊下は驚くくらいに暗く、誰もいない。

 僕は君の待つ家に帰る。


 ◆◆◆


 轍のあとのようなもののうえを歩む。

 最後のメールのあとにおかしな手紙が届いた。

 誰に当てたのかもわからない警告と私に向けて書いてくれた愛の言葉。

 宛名書きは彼の字でない、別人の書いた封筒にくるまれた土で汚れた手紙。

 

 「こんなところに大型の車両なんて来るはずないのに」

 軍事行動がここでおこなわれたという報告も形跡もない。

 ただ、ここにあるのは自然だけ。ここにいるのは、自然とともに暮らす人々のみ。


 ガイドが手を振って私に注意をうながす。

 「ほら、蟻の列に気をつけて」

 布切れがひらひら。

 薄汚れたカーキ色の布がひらひら。

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胡蝶 黒石廉 @kuroishiren

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