幕間・ある大学のサークルについて

 私が通っていた大学には「オカルト研究サークル」――通称「オカ研」と呼ばれるサークルがありました。

 

 そのサークルは大学の中でも成績が中より少し上ぐらいの、課題に追われることもなくスポーツに興味を持てずかといってやりたいことも他にない、目的意識も希薄な学生たちが集い、大学の中でもかなり大きな規模を誇った団体でありました。

 オカルトについて真剣に研究しているメンバーは10人にも満たなかったと思います。おそらく正式に所属している生徒もその数人だけで、あとはなんとなく暇をつぶすために集まってきた烏合の衆だったんじゃないでしょうか。友達がいるからとか、知り合いに誘われてだとか、オカルトを目的に入った人は少なくとも私の周りにはいませんでした。


 大きな団体でしたから、サークル内でもいくつかのグループに分かれていました。

 1グループに4,5人程度。相性の良い友達同士で固まって、やることと言えばなにをするでもなく、各々にお菓子を持ち寄って集まって駄弁るだけ。もはやサークル名はオマケのような活動をしていました。

 私は高校生からの同窓の子と趣味が合う女子が2,3人の小さなグループに所属していました。私を含めみんなオタク趣味があり、主に推し活や執筆活動に精を出していました。オカルトに関しても都市伝説を少しかじった程度で、流行りに乗って因習村をテーマに好きな作品の二次創作を書いて即売会で配布するくらい、ニワカなものでした。 


 それでも毎日が楽しくて、とても充実していました。

 ―――――ええ、そうですね、あの日までは。



 あのグループのことは……そこまで深く存じません。私のお話する情報はおそらくサークルの人たち全員が知っているような浅いことだと思ってください。

 

 あのグループは積極的に人と集まっての遊んで飲み会に参加して、普段禄にオカルトについて何も調べてないくせに広報活動だけは熱を入れる……例えるならクラスの上のグループの人たちですね。

 体育会系とも違う、あれ系の明るいノリはどうも苦手で……――――私のグループには根暗な女子しかいませんので、最初の方はサークルに入っても他のグループと積極的に交流することをあまりしてなかったんですよ。

 かといってガチ勢……―――と呼んでいました、あの真面目なオカルト研究グループに入れるほど熱量もなかったんです。他のグループと交流するようになったのは随分あとでした。なので彼らをいつも遠巻きに見ていましたよ。―――その中でも注目を集めていたのが、例の彼が所属していたあのグループでした。

 

 官僚の息子のイケメン、宝塚の男役みたいなかっこいい女性、ヤクザの愛人のギャル、たまにサークルに顔を出す女優志望の女の子、ガチ勢の姫でガチ勢から得た知識を中心に配信していた地雷系みたいな子……いやあの二人はグループに所属してなかったのかな、どうだったかな……あと関西人が一人いたっけ。あの人はあんまりパッとしない人だったのでよく覚えてないなあ。クラスの一番上にいるような人たちが集まって常に目立っていましたね。サークルの中心と言っても過言ではないと思いますよ。本当に目立ってましたから……


 ――――――彼ですよね。ええ、そうですね。 特に彼は目を引きました。



 

 なんていうか、彼は「ミステリアス」でした。

 

 いや、決して悪いい意味の「ミステリアス」ではないんですよ。

 彼はいつも真っ黒な服を来ていて、スタイルも良くて、イケメンで……いえ、イケメンなのは間違いないんですけど、イケメン具合で言えば官僚の息子の多摩という人の方がかっこよかったと思います。


 存在感があるんですよね。

 圧倒されるわけではないんですけど、視界に映ると目で追ってしまうというか。

 そうですねえ、例えるなら主人公のライバルだとか、敵組織の孤高の一匹狼幹部だとか、物語に重要なトリックスターだとか、中盤で裏切って最後に死ぬタイプの……物腰も穏やかだし、なんていうかグループに所属せず一人でいたほうが絵になるような、そんな感じの人でした。

 ああ、でも別にあのグループで不自然に浮いてはいませんでしたよ。溶け込んでいたというよりは風景が、彼がメインの一枚の絵になるんですよ。そんな感じで濃く派手な人たちのグループの中にいても遜色ないというより、主役のように中心にいました。


 私が初めて彼に会ったのは新入生歓迎会の飲みの席でした。


「オカルトに興味ありません。彼女が欲しいので入りました、よろしくお願いいたします。」


 聞いたときは耳を疑いましたね。とてもそんな事を言いだすような人ではなかったので……―――意外に俗っぽいところがあったそうですね。実際に話をする機会もあったんですけど、そこまで深く話してないので……――――だからこそ、なんでしょうか。一旦警戒しても、なーんだってすぐ解いてしまうんですよ。だからあんな風になってしまったんでしょうか。


 一番目立っていたグループの中心ですから、サークルの中心だったと言ってもいいんじゃないでしょうか。あのオカ研といえば彼とその他という空気も、徐々に出来上がっていました。


 実際、彼の周りにはいつも人だかりができてましたしガチ勢も彼だけは一目置いていた……――――いえ、あえて距離を取っていました。視界に入れないようにしていました。話しかけられても、うんとかああとか短い返事ですぐ切り上げて。思えば、最初からガチ勢の方々は警戒していたんでしょうね。土着信仰なんかを調べているとカルトとかそっち方面には詳しくなっていると思いますし。そういうヤバいやつの空気を感じ取っていたのかもしれません。ああ、でもガチ勢のうち2人ほど今でも擁護している人がいるって聞きました。ヤクザの娘……氷見京子さんと一緒にあの施設に行ってしまったって。そのへんは本当に詳しく知らないんです。


 ほら、ヤクザって怖いじゃないですか。創作にヤクザは欠かせないスパイスですけども、実際の反社の人って本当に住む世界が違うじゃないですか。そのくせにこっちの領域に気がついたら入り込んでるってよく聞ききますし……近所に闇金からお金を借りて家も土地も戸籍もなにもかも奪われて消えてしまった家族がいたな………―――ヤクザは読むに限りますよ。本当。


 話を元に戻しますと、私達も最初は住む世界が違うからと、彼らに近づくことはしませんでした。でも向こうはよく気にかけてくれたんです。大きな催事があったりすると必ず意見を聞きに来てくれるんです。私も私の友達も、大勢の人の前に出て意見を言うのが恥ずかしいので、吉川さん……男役みたいなかっこいい人と、あの冴えない関西人を連れてこっそり聞きに来てくれました。


 冴えないなんて、失礼でしたね。髪もメッシュ入れてるしロン毛だし、あのグループに所属していたんですから。でもあまり目立った感じがしなかったなあ、名前……そうそうサイトウだっけ。そういえばいつも彼とつるんでました。一番仲が良い友達だったんでしょうか。最近めっきり見かけなくなったなあ……


 ごめんなさい、何度も脱線してしまって…ええ、そんな感じでいつもならそんな気遣いも上のグループのおせっかいだと煩わしく感じるんですけど―――すごく嬉しかったですね。ああ、無視しないんだなあって。

 

 男子に耐性のない私達ですら自然に話が通じました。また彼は人を輪の中に入れるのがうまいんですよ。そんなんだから、私のグループの中に、私を始め、彼に対して憧れ以上の感情を抱く子が現れましたね。現れても実際彼とどうなりたいとかはなくて、推しが一人増えるような感情の範囲……ただキャーキャー言い合ってただけ――だったと思うんですけど……少なくとも私はそうでした。


 所詮住む世界がちがうというか……そういった漫画はよく読むんですけど、実際に渡しがどうこうなろうなんて烏滸がましいにもほどがあります。彼は……―――結局、私ともあのグループとも毛色が違うといましたから。人種が違うと言いますか……――実際違ったんでしょうね。でなければあんなことしませんから。


 彼と一対一で話した日のことはよく覚えています。

 その頃には私達のグループも、積極的にとは言いませんが少しずつ他のグループと交流をするようになっていました。

 あのグループを始めとした上の陽キャ……こんな言い方失礼ですよね、ごめんなさい、まあ明るい人達と複数人交えて話をするようになったんです。

 都市伝説を元にした小説の考察だったりとか、ガチ勢とまではいかなくとも土着信仰について調べで各々の意見をまとめたりとか、それをまとめてVの子が配信したりとか。私たちは文字書きでしたので普段全く話さないようなグループの人たちと彼を介して一緒にシナリオを考えたりして、とても楽しかったなあ。

 

 彼はその頃にはサークルの中心にいましたが、はっきりとしたリーダーシップがある方ではなかったですね。同じグルールの多摩というイケメンの方がジャイアニズムと言いますか、人の上に立つことに熟れたようでした。


 ――――彼は物凄く聞き上手でした。


 発言が強い方はではないんですよ、むしろ意見を述べるのが私達と同じように苦手な部類だったのではないでしょうか。

 人の話を遮るような事は一切しませんでしたね。込み入った話になると相槌を打つ側に回って、時折詰まると的確な意見を述べる。最終的に意見をまとめるのは主に多摩で、彼はその裏方に徹しているような感じがしました。


 ただ、時折挟む彼の意見は、なんとなく魅力的に聞こえました。

 さしさわりのない、それこそ何を言ったか特徴的な事はなにもないはずで、実際、私自身何を話したかをよく覚えて煮ないぐらいなんですよ。――――例えば左か右かで揉めていたら、その途中で、ちょこっと他の人の意見を交えて彼が右じゃないかなとこぼすんです。そうするとみんな右のほうが良いよなあ、左も悪くないんだけど……といった空気になるんです。そしたら多摩が双方の意見を元にどっちかにまとめる……といった感じです。そのタイミングがまた絶妙にうまいんですよ。深いことなんて何も言ってないにも関わらず妙に説得力があったというか。

 空気を操っているとか、そういう意図はなかったんじゃないでしょうか。

 ですが彼は「空気を操ってそうだな」っていう雰囲気を常に身にまとってましたので、それがまた嫌味もなく心地の良い場の支配で、自然とみんな彼のペースにハマっていたんだろうなって、今になって思いますね。


 そんな感じで聞き役が上手いから、何かを抱えたり一人で悩んだりした子の相談に乗るようになっていったんです。

 彼と一緒に悩んだところで劇的に事態が解決したとか、そういうのはなかった……いえ、あったんでしょうけどそこが目的にはならなかったと思います。彼に話すとホッとするんですよ。間違いとか正しいとかではなく、ただどんな選択をしても良いんだという自由を得たような。

 彼はサークルの中で頼れるリーダーではなく、気持ちよく相談できる、「寄り添える相手」として地位を築いていきました。

 曖昧な返事がほしいときは一緒に悩んで、はっきりした答えが欲しい時は導いてくれる。サークル内から相談役を買って出るようになったんです。


 普段、彼は忙しなくしていました。

 よくバイトを掛け持ちしていて、常にお金がないお金がないと周囲にぼやいていたそうです。かといって彼の家が困窮していたり周囲からお金を借りたりだとかは一切してなかったそうです。あまりにも口癖のように言っていたそうで、貸そうか?と打診してくる人もいたんですけど、そこまでじゃないから…と全部断っていましたね。いいバイトを紹介するだとか、そういうこともしてなかったなあ……しようと思えばいつでも出来たんだろうなって……―――もしかしたら私はそういう紹介を受ける段階まで行ってなかったから知らないだけでそういう事をしていたのかもしれません。


 そんなふうに忙しい人でしたので、相談ができるのは週に一回に決めていました。土曜日の昼、数名を一対一でサークルがよく使う会議室B01ではなく、使われていない部屋を掃除して机を一つ挟んで椅子を2脚用意して。パーティーションがないだけで相談室を作って、そこで話を聞いてもらっていました。


 相談室というより、懺悔部屋のほうが的確かもしれません。

 私の他に相談に乗って貰った人と会話をしたことがありますが、みな最終的に私のように過去に犯した些細な罪を懺悔していたようです。相談室から出てきた人たちのあの表情。晴れやかな春の日差しを全身に浴びたような幸せ世相なあの姿。わすれられませんでした。 

 異様ですよね、今思えば。でも、当時はただ羨ましかった。妬ましくさえ、思っていました。


 一対一で話す機会が巡ってきたのは相談部屋が大学の外まで噂が広がって、完全に予約制になった頃合いです。

 相談部屋の予約は主に多摩くんと吉川さんが仕切っていました。お金を取っていた、という噂もあります。私のときはタダでしたね。それこそ私がサークルに所属していたからかもしれませんし、2回目以降はお金を取られたかもしれません。

 特に深い悩みもなかったんですけど、先程も申し上げた通り、私は彼に憧れ以上の感情を抱いていましたので……その……


 ……かっこよかったんですよ。すごく、すごく好みだったんです。

 まるで物語に出てきそうなミステリアスな文学青年。おとなしめな格好をしているのに両耳にいっぱいピアス開けて、誰にでも優しくてでも普遍的なところもあるギャップがたまらなかったと言いますか……当時ハマっていた漫画の敵キャラに似たようなキャラがいまして、彼が作中で死んだのでその穴を埋める形で人生に現れた彼に、自分でもコントロールが難しくなるほど惹かれたんだと思います。

 

 実際は自分から話しかけることは一切できませんでした。話している最中はなんでもなく振る舞えたのに家に帰ってから緊張が顔を出して、夜が眠れなくなってしまったり……完全に恋する乙女…または供給を得たオタクようなの状態でした。


 だから相談室をやり始めたと聞いて、やったと思いました。どうしても一対一で話をしてみたかった。けれども自分から言い出せない恥ずかしで、相談室のことが話題に成るたびに興味の内風を装って見て見ぬふりをしていたら、吉川さんが見かねて行ってみないかと声をかけてきてくれたんです。彼女は彼に習って私のようなサークルの落ちこぼれをよく観察している人でした。予約に踏ん切りがつかない私に声をかけてとあるキャンセルにねじ込んでくれたんです。


 当日、いつもより丹念に化粧をして……―――推しの声優のライブのときと同じくらい時間をかけましたね。予約の時間に相談室に足を運びました。

 時間は30分でそれ以上超えてはいけないと説明を受けて部屋に入りました。


 彼はいつもと変わらない様子で私のことを出迎えてくれました。

 私は、何を話すかあらかじめ考えてきていたんですが、見られていて困ってることだとか、でも舞い上がってしまって……最初の方何を話したか記憶にないんです。重度の人見知りオタク特有のあの挙動不審ような振る舞いだったと思います。そんな私にも彼は引くこともなく、話を聞き出そうと穏やかに相槌を入れてくれました。


 気がついたら、ただただ反省を……―――懺悔をしていました。


 過去の思い出したくない嫌なことを……―――自分が加害者側の出来事を、彼にぽつりぽつり話していました。


 話のきっかけは思い出せません。

 ただ、昔、私がしでかした出来事を話していたんです。


 ………――――それは、勘弁してください。

 本当に恥ずかしい出来事で、話して良いものではありませんので。

 あんな事をするんじゃなかった。もっと譲歩すればよかった。彼のように聞く耳を持てばよかった。もっと慎重に考えて行動すべきだった。

 

 溢れ出る懺悔に彼はただ耳を傾けてくれました。

 茶化すこともせず、途中で話を遮ることもせず、いつものように静かに。

 

 話し終える頃には、過去のしでかしを思いだし罪悪感で胸が一杯になっていました。


 あまりにも苦しくて、息が詰まりました。

 迷惑をかけた相手に申し訳なくて、その相手が彼と重なって、彼の顔を見ることが出来ませんでした。ひたすら媚びるように机に額を押し付けて頭を深く下げました。



 消え去りたい。


 いなくなってしまいたい。


 生まれてくるべきではなかった。



 汗が滝のように溢れて、頭の何処かで化粧が崩れるな……とか考えるんですけど、すぐにかき消されて、目をぎゅっと閉じました。

 暗闇の中に、縦縞の赤い瞳の1つ目の怪物がこちらをじっと見ているような、言いようもない不安。


 沈黙の時間が永遠のように感じられました。

 時間にしたらおそらく1分もありませんでした。


 黙り込んでしまった私に彼が静かに一言、問いました。




「反省していますか?」




 はっと顔を上げると、彼の瞳と視線が合いました。


 真っ黒な、深い夜のような美しい瞳。

 照明が反射して星のように一瞬きらめいて、すぐ光が闇に包まれる様がとても綺麗でした。


 無表情……―――もともと表情は乏しい人でしたが、何を考えているか、何を思っているのか、私の話を聞いて何を感じたのか、その真っ暗な瞳からはまるで読み取れませんでした。 



「反省していますか?」



 瞳に吸い込まれて呆然とした私に、彼はもう一度尋ねました。

 はい、はい、と食い気味に答えると、彼は私の返事をきいてふわっと口元をほころばせ微笑みました。




「なら、大丈夫ですよ。」




 ――――――――ああ。

 それを聞いて、私は………




 嬉しかった。




 今思い返すと、無責任な返事ですよね。大丈夫なんて、誰にでも言えますよ。


 でも、あの時は物凄く嬉しかったんですよ。



「謝りましょう。そうすれば、大丈夫です。」



 彼は続けます。



「貴女は、心から反省しているんでしょう?それでも、罪悪感を拭い去ることが出来ない。それでいいんですよ。罪悪感は生きていく上で一番大事な感情です。罪悪感があるから反省することが出来るし、反省ができれば同じことを繰り返さない。たとえ繰り返してしまっても今度はそれ以上に反省するんです。反省できれば余裕もできますから、他者を許すことが出来る。――――罪悪感がなくなってしまえば、それはもう人でなしですよ。」


 人でなし、という単語にだけ、妙に怒りが込められていました。

 ……―――軽蔑を含んでいたような記憶があります。


「謝りましょう。その当時の人が許さなくても、それを聞いた周りの人が許さなくても、俺が許します。」


 ―――――――だから、大丈夫ですよ。



 私はそれを聞いて、心の底から、安堵しました。



 たとえ人を殺しても、彼だけは私を許してくれる。

 親兄弟からつばを吐きつけられようと、縁を切られようと、世界中から軽蔑されても、彼だけは憐れんでくれる。

 受け入れてくれる存在が、この世に存在するんだって………――



 幸福ですよ。



 ガチャでSSRを引き当てたって、宝くじで当たったって、イベントで推しの声優と目があったって、あの時のような安堵に包まれた幸福は二度と味わえない気がします。


 この先もし恋人が出来て、結婚して、子供が生まれて、孫に囲まれても、あの安堵にまさる幸福はない。

 私は再度深く頭を下げて、謝りました。



「ごめんなさい。」

「いいよ。」



 そのやり取りを最後に、部屋をあとにしました。

 相談部屋ができた理由がわかりました。



 彼は、彼だけは許してくれるんです。



 後から、あの相談室はリピーターが多かったと聞きました。

 納得ですよね。

 些細な罪を懺悔するだけで、あの天国の門が開いたような安心感に包まれるんですから。


 ………―――――その後、彼が殺人で捕まって、サークルは散り散りになりました。

 もう彼が中心のサークルでしたから、彼がいなくなればサークルに留まる理由がなくなっていたんですよね。

 最初の、グループで別れて気の合った者同士で駄弁って話をする、その中心にいた彼がいなくなって、集まっても彼の話にばかりいってしまって、彼の悪口をひたすら叩きあって、彼を擁護する側と取っ組み合いの喧嘩になって……―――私も友達を何人か失いました。


 警察の方から事情聴取を受けたあと、私は大学を辞めました。親に辞めさせられたんです。

 友達もいないし、サークル外から好奇な目で見られることに耐えれなくなって…部屋にこもるようになってしまって……今は家と病院を往復するだけの日々を過ごしています。将来?不安ですよ。でも、どうしようもありません。今日、声をかけてくださって久々に家族以外と会話をしましたよ。意外と、なんとかなって自分でも驚いてます。 


 彼の所属していたグループはもっと酷かったと思いますよ。

 相談室を仕切っていた多摩くんと吉川さんはマスコミや野次馬、配信者や警察に追われて精神消耗して不登校。氷見さんは怪しいカルトにハマって、駅前でビラ配ってるし、女優志望の女の子はオーディションを落とされて今どうしてるか知りません。ガチサーの姫だけが残ってガチ勢相手にチヤホヤされていますね。サイトウはどうだったかな……


 彼に対する情熱も、そこで一気に冷めました。


 結局、彼は住む世界が本当に違いました。


 彼は……―――――人でなしでした。


 弟の同級生を殺して食うような化け物。

 漫画やアニメより奇っ怪で恐ろしい存在でした。

 サイコパスキャラ好きですが、反社と同じ、実在のサイコパスは嫌ですよ。そういった輩は読者として読む側に限るんです。



 あーあ、彼を眺めているだけで良かった。

 そんな後悔ばかりです。

 彼を物語のように遠巻きに眺めていればよかった。



 それでもね、彼に裏切られたとか、一周回って憎むだとか、そんな感情抱けないんですよね。


 だって、留置所でも彼は私や他の相談者のことを許し続けてる気がするんです。


 ひたすら、心配して、大丈夫だよって、私達の安心を祈り続けてるんじゃあないかって。


 あの事件の被害者とのあいだに、何か深い事情があったんじゃないのかって考えてしまいます。実際弟さんをいじめに遭ってたそうですよ。被害者はあの近辺では有名な問題児だったってよく耳にしますし。


 許せなかったんでしょうね。

 多分。

 なんだかそれすら、安心してしまいますよね。

 あんな彼でも許せないことがあるんだって。

 人でなしとは言え、ちゃんと血の通った人間なんだなぁって……





 ――――――お話しは以上でよろしいでしょうか?


 すみません、お役に立てなくて。

 イケメンさん相手にはどうしても緊張してしまいますね、ふふ。

 いえお世辞じゃないですよ。本当ですよ。その髪は染めてらっしゃるんですよね?地毛?入れ墨も格好良くて……すごいなあ。






 …………――――――そういえば最近、あの相談室の夢をよく見るんです。


 夢の中では立場が逆なんですよ。

 相談をするのが彼で、私がその相談を受ける側。


 彼が私に、事件のことを謝るんです。

 私の答えは夢によってまちまちで、許すときもあれば、激しく罵倒するときもあるんです。無言のまま目覚めるときもあります。


 未練がましくて、付き合ってもない、友達ですらなかったくせに。

 本当、烏滸がましくて嫌になりますよ。


 ――――――嫌だな、また見られてる気がする。

 私みたいな陰キャのところにも来るんですから、本当に暇なんだなって思います。


 えっと、今日は聞いてくださってありがとうございました。

 話して楽になりました。

 本当に、楽しいサークルだったんですよ。

 あの、ごめんなさい。


 今もきっと、好きなんでしょう。


 今度会うとき、見てみぬふりはしないんだと奮い立たせて、彼の前に立てるだろうか。

 わかりません。ごめんなさい。


………………貴方も、あの人と同じように許してくださるんですね。


 なんだか、ホッとしました。

 ありがとうございます。


 では、これで失礼します。


 はい、ええ。大丈夫ですよ。


  もし、本当に、夢と同じ機会が訪れたら……?

 わかりません。




 どうするんだろう、私は……

 





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