第一章 理想⑤

 リーヴァロバーへ行く前と序列が変わっていなければ、十三位のヴィヴィティア・ハルト。二十人いる上級ぞくの中で、決して高い序列ではないが、魔王の側近としてはばかせている少女だ。そして確か、中高生くらいの見た目でありながら、百歳超えの長生きだったはず。

「あの……ヴィヴィさん。記憶がかなり曖昧なんですが、リーヴァロバーと戦争って……あの国とヴィシュタントの関係は良好ではありませんでした?」

「それは半年以上前の話ですね。メノウ様が意識不明の状態で国へ返されたのと同じ頃、人間の国にたいざいしていた他の魔族たちも、いわれのない罪でしよけいされかけたそうです。人間相手ですからほとんどはげおおせてますが、じゆも使われたとのことで、二割くらいは本当に殺されてますね」

 呪具とは人間の生み出した技術で、魔族からじゆつもととなる魔力を吸い出しすいしように入れ込み、誰でもその魔術を使えるようにしたものだ。ほのおあやつったり、氷を操ったり。魔族でも個体ごとに決まった魔術しか使えないので、呪具には生活の便利アイテムとして世話になっている。もちろん、武器として流通している呪具もあり、今回はそういったものを悪用されたのだろう。

 美咲の常識としては、魔族とは人間に害をなすおそろしい種族のイメージだが、この世界では違う。おさであるおうが平和主義なこともあり、四百年以上も他国と争いもせず暮らしてきた。魔族を恐れる人間の国がないこともないが、少なくともヴィシュタントとりんせつしているリーヴァロバーとは、呪具を共同で作っていることもあり、ずっと友好関係を保っていたはずだ。しかし、ヴィヴィの話はその平和な記憶をひっくり返すものだった。

「そ、それはなかなか…………おだやかではありませんね」

「はい。メノウ様が生きていらっしゃったのは朗報ですが。りよくをまったく感じられないほど吸い取られていましたし、ずっと意識もなく、このまま亡くなられるものと……本当にメノウ様ですよね?」

 魔族は魔力に比例して能力が高く、上級魔族にいたってはほぼ老いもない。しかし魔力を使い果たしたり吸いつくされたりした場合は、りよくけつぼうしようになり、死にいたる。あまり実例もないが、いつぱん的に言われていた話は確かそうだ。

 ヴィヴィの問いかけに顔がこわばりそうになったが、なんとか平静を保った。

「も、もちろんです。記憶が曖昧なので、多少……言動は以前と違うかもしれませんが」

 正直言えば、今の自分は体は魔族でも心は人間寄りだ。ツノがある容姿には違和感を抱くし、人にない力を持つ魔族はこわい。階級を強さで決める、力こそ正義、といった魔族の基本思想についてはまったくついていけなかった。

 しかし、もしもおびえを見せ正体が人間ではないかと思われれば、戦争だなんだのとなっている今、ここにいる二人に弁解の余地もなく殺されるかもしれない。

(だって、さっきから目が! 目が怖い!)

 ヴィヴィがげんそうな顔で見てくるのが怖い。メノウの言動に魔族らしくないものがふくまれているのだろうか。ここは一つ、魔族らしい発言をすべきかもしれない。

「その……せ、戦争など、しき事態ですよね。魔王のむすめとしては、戦争により多くの魔族がせいになることなど看過できません。どうにかかいする手段は──」

 とそこまでしゃべって、彼女の目がますます怪訝なものになっていることに気づいた。

(しまったー! 昔の私、確かにこんなんじゃなかった! 戦争とか聞いたらノリノリで先頭切って乗り込むタイプだった!)

 しかしゼルのほうは、目をかがやかせ身を乗り出す。

「さすがメノウ様です! 目覚めたばかりで国の行く末を案じるなど……魔王き今、この国を導けるのはメノウ様だけです!」

 反応してくれはしたが、望んだ方向とは違った。国を導きたくなどない。

「魔王様は死んでませんけど」

 ヴィヴィの言葉はゼルにもくさつされ、彼はキラキラの笑顔をメノウに向けた。

「どうぞメノウ様。私を使いお望みを果たしてください。リーヴァロバーをほろぼせとおっしゃるのなら滅ぼします。魔王となり天下をとるのであれば、すべての国を手中に収めます。守れと命じられれば……命じられずともお守りします」

 ぶつそうな言葉が並んだ気がするが、最後の言葉だけはありがたく受け取っておく。

「えっと……私の護衛なのは、父の命令、なんでしたっけ」

 記憶があいまいな部分をかくにんすると、彼は心外だとでも言うように目を見開いた。

「それは、確かに魔王様の命令ではありますが……そんな命などなくとも、私はメノウ様をお守りします。そう……ですね。魔王様ではない。私はあなたにお仕えしたいのです」

 名案を思いついた、とでもいうように、ゼルはうれしそうなほほ笑みを見せた。

「この機会です。どうか今後、私がメノウ様にお仕えすることをお許しくださらないでしょうか」

「仕える……?」

「はい」

「ええと……そうするとどうなるんでしょうか」

「何も変わりません。ただ、私が魔王様の命ではなくメノウ様の命で、あなたをお守りするようになります」

「……変わらないのに、わざわざ私に仕えたい……ということですか?」

「はい。メノウ様にとってはメリットしかございません。いつでも私を好きなようにお使いいただけるようになるのです」

「……デメリットは?」

「ございません」

 にっこり笑って放たれた言葉に不安を覚えて口を引き結ぶ。あの、ゼルをりようにかけようと躍起だったころの自分であれば喜んで飛びついたにちがいないが、今はタダより高いものはないという言葉を知っている。びんかんにメノウの怯えを感じとったのか、ゼルがメノウに顔を近づける。彼が目を細めると、長いまつ毛が強調された。まつ毛までが綺麗な銀。目の下のホクロがやたらとセクシーだ。

「何も難しいことはございません。ただ、ゆ、る、す、と口にしていただくだけでいいのです。それで私のすべてはあなたのものです」

(ち、近い……)

 このきよまで近づかれればきんちようする。過去のメノウだったら慣れていたのかと考えたが、自分から近づきはしてもゼルのほうから近づかれた記憶はない。ほかの異性についても、理由は思い出せないが、なぜか必要以上に自分に近づけないようにしていた。免疫がないのは美咲と変わらないようだ。

 この距離で強要されればなおさら不安を覚え、助けを求めるようにヴィヴィに視線を送る。

「とりあえずうなずいておけばいいんじゃないですか? メノウ様にとってはメリットしかありませんし、お望みだった序列も手に入ります」

「序列が手に入る?」

「メノウ様の序列は三位、ゼル様の序列は二位。主従関係をたがいに認め合いますと序列が入れわりますので、メノウ様の序列は二位に……」

「全力でえんりよいたします!」

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転生したら魔王の娘 うっかり最凶魔族をスキルで魅了しちゃって甘すぎる溺愛から逃げられません! 三浦まき/角川ビーンズ文庫 @beans

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