第一章 理想④

   ***


 メノウは、魔王である父と中級魔族である母の間に生まれた。強さが最も重視される魔族の国、ヴィシュタントでは、まず魔力量で下級・中級・上級に位がり分けられる。その中でも、二十人いる上級魔族には序列があった。残念ながらメノウは上級魔族でいられるぎりぎりの魔力量しか持たなかったが、はちみつ色の金髪に、宝石のような紫の瞳と、母から受けいだ美しい容姿にめぐまれ、その容姿にふさわしいりようというとくしゆな力を持っていた。その力を使い、当時序列三位だったユノ・カーティスを魅了にかけ、配下に置くことに成功したのだ。そうして手に入れた序列三位のしようごう

 本来であれば、明確なゆうれつたがいに認め合うか、けつとうで決めるのが序列だ。当然文句を言う魔族もいたが、魔王の娘であることもあってか序列が見直されるまでにはいたらなかった。

 美しい容姿と、序列三位の称号と、魅了という特殊な力。

 子どものころは両親の愛を一身に受け、父に群がる魔族からは賛辞を浴び続け、母がくなった後も、その分魔王である父に愛された。

 そうしてできあがった、ごうまんでわがままな性格。ときおり下級魔族を気にかける上級魔族ということでねつきよう的なファンもいるが、敵を作ることも多く、とりわけ女の上級魔族とは仲が悪かった。それでも本気で自分の美貌と才能を信じていたメノウは、将来はすべての魔族を従えると思っていたし、子どもの頃から世界せいふくという夢をかかえ生きていた。

 しかし、思い出した記憶は、前世の、そのまた前世なのではないかというくらいにあいまいで遠く、おぼろげだ。

 身の回りにいた人のことも、遠いしんせきのおじさんやおばさんくらいにしか思えない。ましてや自分が魔族であるとは、とうていにんしきすることができなかった。

(だって……世界征服とか)

 そうだいすぎて現実感がない。そんな夢をいだけるほどの自信はうらやましくはあるけれど。

(なんか、美咲だった頃とちがって輝いてたし、オーラあったし、映画の悪役みたいでかっこよかったとすら思うけど!)

 だんわがままなくせに、たまに情を見せいいところを持っていくあれだ。

(だけど、今の私はそんなふうには生きられない)

 美咲が子どもの頃はてんしんらんまんに生きていた気もするが、小学校にあがる頃にはすでにおくびような性格だった。自信がなく失敗ばかりで、気がつけば人のげんそこねないように、空気を悪くしないように、人の顔色をうかがって生きてきた。安らげる時と言えば、帰宅後一人になってからで。それも、定時帰りを卒業した最近ではほとんどないに等しかった。

 そして、きよかんばかりの死。

(──そうだ。今度こそ、自分のために生きるって決めたんだ)

 人の言動や機嫌に振り回されず、自分を大事に、くつろげる場所を作るのだ。

 メノウの美貌と力があれば、きっとかなえられる。だれにもじやされず何かを強要されることもなく、自分が自然体でいられる場所。リゾートなんか最高だ。とにもかくにも。



「平和に生きたい……」

 メノウがまぶたを開けると、さっきと同じベッドのてんがいが目に入った。

 そうだ、自分は平和に生きたいのだ。ほしいものは、小さな家と、食料が手に入る自宅近くの町。書店と、話し相手のカフェ店員なんかいれば最高だ。

 視線をずらすと、心配げにこちらを見るゼルの顔があった。

(この人は、ゼル……そうだ、ゼル・キルフォード。私が追いかけ回していた……)

 昔は、どうにかして魅了にかけようとやつだった。記憶にはないが、彼の様子を見ると明らかに以前と態度が違うので、努力が実ってどこかで魅了に成功したのだろう。昔の彼は、生ゴミを見るような目つきでメノウを見ていた。

 ベッドに手をついて上半身を起こすと、彼が心配そうにメノウの顔をのぞきこんだ。大切な人を窺う目つき。れいな青い瞳が不安そうにらぐ。

 魔王ほどではないが十分立派な彼のツノは、長生きしている魔族のあかしだ。メノウは魔族の中ではまだ若く、耳の上をさぐると小さなコブが確認できるが、かみの毛にまっており、見た目はつうの人間と変わらない。

「動かれてだいじようですか? まだ横になっておられたほうが」

「だ、大丈夫です」

 以前の自分がどういう口調で話していたかをすぐには思い出せず、敬語になってしまう。やはり、自分は元の輝いていたメノウとしては生きられない。小説やまんによれば、前世を思い出すことでチート能力が得られるはずだが、残念ながらメノウの場合、得たものはトラウマ、完全な弱体化だ。

 いまだ心配そうに様子を窺うゼルに、これ以上気をつかわせないようにと言葉を足す。

「その……おくもだいぶもどってきました。ゼルさん、ですよね」

 ゼルは目を見開くと、その目を細めてうるませた。

「私にけいしようなど不要です。ですが、思い出していただけたのですね……」

 まぶしいくらいに幸せそうながおだ。メノウが彼を追いかけていた頃とはまったく違う表情に、本当に昔の彼と同一人物なのかと疑ってしまう。

 一人ベッドの上にいるのが落ち着かなくて足を下ろすと、ゼルがメノウの手を取った。

「メノウ様! 急に動かれてはお体にさわります! 行きたい場所があるのであれば、私がいてお連れします。食事をしたいのであれば、ここへ料理を用意します。もしも体にかんがあるなら、医師を呼んで……」

「い、いえ! ぜんっぜん、元気ですから! 一人で歩けますし!」

 思わず手を引いた。男性というだけでもめんえきがないのに、こんなキラキラしたゼルに抱き上げられて運ばれるとか、考えただけで気絶しそうである。

 視線を感じてゼルの後ろを見れば、ヴィヴィがなものを見る目でメノウたちを見ていた。

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