第一章 理想③

 激しい足音の後、ブレーキ音の聞こえそうな勢いで扉の前に少女が止まった。ショートボブの赤髪。フリルのついた茶色のワンピース。羊のようなくるんとしたツノが愛らしい。そのツノさえ除けばきつてんでパフェでも食べていそうな少女は、つかみかからんばかりにゼルへ詰め寄った。

「あれだけ今日こそは会議に出てくださいって言ったじゃないですか! どうしてここにいるんですか!? どうせメノウ様はじきに死んで──……」

 視界のはしに美咲の姿を見つけたのか、少女はこちらを見て、目を見開き固まった。赤い髪と同じ色の、ほのおのような瞳だ。

「メノウ様……? え? なんで……意識、もどったんですか?」

「あ……ええと……」

 どうやら、自分がメノウという人物なのは確定のようだ。おそろしく外見の整ったゼルと、意志の強そうな少女。二人を前におくれしつつなんと言おうか考えていると、ゼルは美咲の前に立ちふさがった。

「ヴィヴィ、メノウ様はたった今お目覚めになったばかりだ。落ち着かれていないところでさわぐな。私はメノウ様についているから、後はそっちでうまく──」

「うまくやれるわけないじゃないですか!」

 部屋に飛び込んできた時のけんまくを取り戻し、ヴィヴィと呼ばれた少女が男をにらみあげた。がらだが、帯剣するゼルにひるむ気配はない。

「私みたいな小物にうまくまとめられるわけがないでしょう。いいですか? ディース様はめ込めばいいの一点張りだし、もう少し様子を見ようとおっしゃってたファーガス様も考えを変えてきてるし、フィーナ姉妹はぞくこそ神と証明しようとか頭空っぽな発言するし、このままいけば戦争ですよ戦争!」

(戦争……?)

「あ、あの……戦争って、この国が攻め込まれる、とか……ですか?」

 平和とはほど遠い単語に、気になってつい聞いてしまう。なぜかヴィヴィにはげんな目で見られたが。

「はい、そうです。正確にはうちが攻め込んで、向こうが攻め返してくるって構図ですけれど」

(うち……向こう……?)

「ヴィヴィ、そういう話は後にしろ。メノウ様はずっと意識不明の状態だったんだぞ。そのせいか、今はおくも混乱されている。しばらく政治めいた話は……」

「あ、いえ、でも」

 前世なら退いていたところだろう。しかしそれでは、得たい情報も物も手に入れられず、また流されるばかりの人生になってしまう。美咲はえんりよがちに彼らに告げた。

「その、私が……聞きたいです。えっと……戦争が起きるんですか?」

 今世で平和に生きるなら、少なくともこの世界のじようきようあくは必要だろう。げ回ってばかりではへいおんな人生を送れないということは、前世でいやというほど体験した。

「メノウ様……お体は大丈夫なのですか? ヴィヴィの話にはメノウ様が受け入れがたい話もございます。もしも無理をされて、またたおれるようなことがあれば……」

 心配そうにゼルに見つめられてたじろぐが、ここで退くわけにはいかない。

「だ、大丈夫です。平気です。だから、その……話を、聞かせていただいても?」

 美咲が遠慮がちに聞くと、ゼルが小さく息をついた後、ヴィヴィにするどい視線を向けた。

「メノウ様が意識を失っている間の出来事だ。説明するならちゃんとしろ」

 ヴィヴィは彼にも怪訝な目を向けたが、あらためて美咲に説明してくれた。

「今この世界で起きようとしているのは、魔族の国ヴィシュタントと、人間の国リーヴァロバーの戦争です。こうしように行かれたおう様がリーヴァロバーから戻らない以上、会議で決まればしんこう開始です」

(人間? 魔族? よくは分からないけど……)

「なんでそんなスケールの大きそうな戦争が……」

「きっかけは、あなたが意識不明の状態で返されたからですね」

「私?」

「魔王のむすめ、メノウ・ヴィシュタント様。あなたがリーヴァロバーでりよくを吸いつくされ、意識不明の状態で返されたのです」

「────」

 メノウ・ヴィシュタント。

 その名前に、今度ははっきりと聞き覚えがあると感じた。自分の姿を見たくてベッドを下り、鏡台を見ると、美しいきんぱつむらさきひとみの少女の姿があった。その姿を見て、過去の記憶がはじけだした。かがやかしいぼうと他の魔族を従え高笑いをしてきた日々。今の意識と過去の記憶がごっちゃになってふらつくと、「メノウ様!」とさけぶゼルの声を聞きながら、再び意識は遠のいていった。

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