第一章 理想②

 かべに追いめられたまま、うつむいて強く目を閉じた。彼が会話を再開してくれるわずかな可能性に期待するが、次に美咲が感じたのは、みぎほおれる手の感覚だった。

「────っ!」

 おどろきすぎてふるえもしなかった。何かを確かめるように、頬をで、あごに触れる。うつむいていた顔を持ち上げられてはじかれたように目を開くと、自分を見下ろす青いひとみと目が合った。

「────」

 おそろしく綺麗だが冷たい瞳に、心臓がひやりと氷で撫でられるような感覚を覚えた。もうダメだ、という思いと共に、心臓がバクバクと悲鳴をあげだす。

(こ、殺される──!)

 美咲の目を見つめる彼が、かすかに目を見開いた。やがて美咲から手をはなすと、もう片方の手ににぎっていたけんさやにおさめ、ベッドの前にかたひざをついた。

「メノウ様……ついにお目覚めになったのですね……!」

「え……?」

 さきほど感情が見えなかった時とはまったく異なり、男はいとしいだれかを見つめるかのように、頬を紅潮させうるんだ目で美咲を見上げている。

「ご気分はいかがでしょう。空腹は? 喉のかわきはございませんか?」

「え……えっと……」

(今、なに聞かれたの? 空腹? いや、今は空腹とか喉の渇きとかより、安心できる数メートルのきよがほしい)

 たいけんした男と一メートルの距離とか、心臓がいくつあっても足りない。すでに一つは悲鳴をあげつぶれそうだというのに。何か答えなければと口を開くが、なんの言葉も出てこない。美咲の様子を見て、男は悲しそうに顔をゆがめた。

「ああ……おかわいそうに。震えて……よほどあの男たちがおそろしかったのですね。ですが、だいじようです。私がおります。どんな危険も決してあなたには近づけません」

「あ……えっと……ど、どうも……?」

 目の前にいる危険そのものが何かをうつたえかけてくるが、とうとつすぎて頭が処理できない。おびえたままの美咲に、彼はかんを覚えたようだ。

「どうなさいましたか? ……まさか、私が分からないのですか?」

「その……す、すみません」

 図星を指されてうろたえつつも、美咲はなおに謝った。

 男は息をみ美咲から視線をそらしたが、すぐにそれが美咲に気をつかわせるものだと思ったのか、彼はらくたんを押し殺したがおでこちらを見た。

「メノウ様が謝罪されることなど何もございません。長い間ねむっておられたのです……私のはいりよが足りませんでした。私は、ゼル・キルフォードです。今は魔王様の命であなたの護衛についております」

「護衛……?」

「はい。こうしてメノウ様をお守りできること、心からうれしく思います……!」

 さつじんかと思われた男──ゼルは、目を細めうるんだ瞳で美咲を見つめてくる。ふと、最近SNSで見た男性コスプレイヤーのことを思い出した。目の前にいるゼルは、加工修正もなく素の状態でいながら、二次元にいる存在のようだ。白いはだに神秘的な銀のかみと、宝石のようにきらめく青い瞳。まつ毛は長く目元にはホクロがあり、色気を感じる外見だ。仮に頭に生えるツノがなくても、二次元の存在に見えただろう。

(護衛、ということは……)

 どうやらゼルは味方らしい。そういえばさっきも、メノウを守れと命じられたと言っていた。もしもメノウというのが美咲のことであれば、あの男たちを追いはらったのも、美咲を守るためなのだろうか。

(ていうか、メノウって……)

 やはり聞き覚えがあると思い思考をめぐらせようとした時、開いていたとびらの向こうから大声が聞こえた。

「ゼル様──!」

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