第1章 フルールの素晴らしく画期的な計画③

   ***


 翌日もフルールはヴィクターを待ち構えるために家を出た。

 ……のだが、やはり道のちゆうで彼とそうぐうしてしまった。それもフレッシェント家寄りの場所で。

 その翌日も、さらに翌々日も。

 時にはリデット家寄りで勝利を収める日もあるが、巻き返されてフレッシェント家の近くで遭遇してしまう日もある。勝率は半々と言ったところだ。

「もっと早く出ないとね。でも昨日は朝一に出たのにヴィクターと会っちゃったし……、これはもう深夜に家を出て、リデット家の近くで朝を待とうかしら」

 このまま一進一退を続けていてはらちが明かない。なにか会心のいちげきを放たなければ……。

 そうフルールは考えをめぐらせ、「そうだわ!」と声をあげた。

 次の瞬間、ガシャン! とひびわたった音に思わずビクリと体をねさせてしまった。

 いったい何事かとおどろいてり返れば、シャレルが目を丸くさせてこちらを見ているではないか。まるで尻尾しつぽを太くさせるねこのような驚きようだ。もしかしたら猫のように数センチ跳ね上がっていたかもしれない。

 彼女の足元にはティーポットとカップが落ちており茶葉が散乱している。フルールの自室にはシックな色合いのじゆうたんかれているが、彼女の足元だけはにぎやかだ。

「ごめんねシャレル、驚かせちゃったわね。はしていない?」

「……だいじようです。失礼しました。片付けたらすぐにお茶の準備をしますので少しお待ちください」

 シャレルが軽く頭を下げ、落としたティーポットと茶葉を片付けだす。

 その仕草はだんの彼女らしく落ち着いたものだ。だが横顔にはどことなくあんするような色がっすらと見える。それほど驚かせてしまったのだろう。

「意外ね」

「何がですか?」

貴女あなたがそこまで驚いた事よ。普段は落ち着いてるのに。驚く時は盛大に驚くのね」

 シャレルはめつな事では驚いたりどうようしたりしない。常に冷静を保ちフルールの隣に居てくれている。七歳年上だが、堂々とした態度はそれ以上のねんれい差があるのではと感じさせられてしまうほどだ。

 そんなシャレルだからこそさきほどの驚きようが意外であり、茶葉を引っり返すというごうかいぶりがおもしろくさえ思える。そうフルールが笑いながら話せばシャレルが肩を竦めて返してきた。「少し考え事をしていただけです」と返す声は普段通り落ち着いてはいるものの、どことなく照れくさそうな色もある。

 そんな会話の最中、コンコンと室内にノックの音が聞こえてきた。

 許可を出せば扉が開き、「失礼します」と一礼して入ってきたのはルドだ。

「フルールおじようさま、先程なにか大きな音が……、あっ! シャレル、またお前やったな!」

 室内に転がる茶器と茶葉を見止めて、ルドがまゆを寄せて室内に入ってきた。

 じよの失態にだいぶご立腹なようだ。もっとも、文句を言いつつもしゃがみ込んで茶葉を拾い出すあたりが世話焼きな彼らしい。

「聞いてください、お嬢様。シャレルは昨日もきゆうの最中に皿を引っ繰り返したんですよ」

「今回は私が大声をあげて驚かせちゃったのよ。私のせいだわ」

「お嬢様のせいではありません。こいつは根がおおざつで動きが雑なんです。そうも力任せなところがあるし。そのくせ、何かしでかしても悪びれる様子もなく平然としてる。まったく、ティーセットを落とすなんてクビになってもおかしくない失態なんだからな」

 ブツブツと文句を言いながらもルドが手早くゆかに散らばった茶葉を片付け、次いで「俺がやる」と紅茶の手配を始めた。

 その仕草やぎわの良さはさすがの一言である。彼の動きを見ていると、なるほどシャレルは大雑把だと、そんな事すら思ってしまう。もちろんシャレル本人に対して言う気は無いし、小言が始まりそうなのでルドにも言う気は無いが。

 ルドは代々フレッシェント家に仕えている家系の息子むすこで、紅茶をれるぐらいどうという事ではないのだろう。驚いてティーセットを落として茶葉を床にぶちまけるなんてもってのほかだ。

 そんなかんぺきと言える所作を見せつけられているせいか、シャレルはなんとも気まずそうな表情だ。……気まずそうな表情のまましれっとフルールの向かいに座って自分のお茶もさいそくしているあたり、ルドのお小言が伝わっているかはみようなところだが。

「シャレル、お前な……」

「良いのよルド、気にしないで。ちょうどシャレルと話をしようと思っていたから。それより貴方あなたいつしよにどう? 私、すごい作戦を思いついたの」

 ぜひ聞いて欲しい。そうフルールがルドにも座るよううながせば、彼は不思議そうに「作戦?」と首をかしげた。

 それでもシャレルの隣にこしを下ろすあたり、話を聞いてくれるのだろう。

「お嬢様、作戦とは……、もしかしてヴィクター様との事ですか?」

「えぇ、そうよ。私、良い事を思いついちゃったの。……あのね」

 話したいがもつたいぶりもしたい。そんな思いからフルールはにんまりとみをかべ、得意げに話し出した。

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公爵子息の執着から逃げられそうにないので、逃げないことにしました さき/角川ビーンズ文庫 @beans

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