第1章 フルールの素晴らしく画期的な計画②
2
今まで、フルールが出かけようとすると高確率でヴィクターが現れていた。
「いってきます」と家を出ると当然のように門の前で待っているのだ。
堂々とした態度、何一つ疑わぬ「さぁ行こう」という言葉。無理にフルールを言い
あまりに彼が堂々としているものだから、フルールも自然な流れで客車に乗り込み、しばらくして「私、ヴィクターと約束してないわよね……?」と
「
「なるほど、それで
馬車の中で己の作戦を得意げにフルールが語れば、向かいに座るシャレルがなるほどと
馬車は
なぜ自分の外出情報が漏れているのか。それも友人達と遊びに行く時にはヴィクターは現れず一人の気ままな散歩の時にだけ現れるあたり、外出のタイミングだけではなく
「情報
「はい。私が調べたところ、本日のヴィクター様は午後の予定が特に無く、散歩がてら外出されるはずです」
「さすがシャレル、調査能力に
「これぐらいは侍女の
フルールが
「私が
彼の反応を想像して思わずフルールが
にんまりと己の口角が上がるのが分かる。きっと今、悪い顔をしているだろう。
「なんて
素晴らしい作戦に、それを引き立てる作戦名。
そう考え、フルールは
「と、止めて! 馬車を止めて、ルド!!」
御者台にいるルドに
擦れ違った馬車も少し先で停まっている。
フルールが客車から出れば、ほぼ同時に相手の馬車の客車の扉が開いた。出てきたのは……、
「ヴィクター!」
今まさに会いに行こうとしていたヴィクターである。
彼もまた驚いたように目を丸くさせており、フルールに近付いてくると意外だと言いたげな声で名前を呼んできた。
「どうしてここに居るんだ、フルール。今日は午前中にダンスの練習をして、午後は家庭教師が来て座学。その合間の時間はお茶をして過ごす予定じゃなかったのか?」
「私のスケジュールがだいぶ細かく漏洩してる! そ、それより、ヴィクターの方こそどうしてこんな所に居るの?」
「フルールのお茶の時間に合わせて会いに行こうと思ってたんだ。今日飲む予定の茶葉に合わせたお
「お茶の
外出のタイミングやスケジュールならばまだしも、自分の知らない茶葉の情報まで漏れていると知り思わず声を
だがヴィクターに改めてここに居る理由を問われ、はっと我に返った。
今は情報漏洩を気にしている場合ではない。──
本来の目的を思い出さなくては! と己を律し、冷静を
「私はヴィクターに会いに来たのよ」
「僕に?」
「今日は午後の予定が無くて、一人で出掛けるつもりだったんでしょう? どうしてそれを知っているのかは教えてあげないけど、私はそれを知って、
思わせ
念のためもう一度「ヴィクターの予定を
現にヴィクターはフルールの話を聞いてなにやら考え込んでいる。次いで彼は周囲を見回し、そして自分の来た道を辿るように視線をやった。
だいぶ
かと思えば今度はフルール達が来た道を
「……フレッシェント家の方が近いな」
「近いって?」
「僕達はお
「えぇ、そうね。ちょっと
ヴィクターの言わんとしている事を察し、フルールは息を
確かに彼の言う通り、現在地は両家の中間ではあるものの、
それが何を表しているのか。
つまり……、
「私の負け……、という事なの……?」
思わずフルールが細い声をあげ、それだけでは足りないと額に手を当てた。──ちなみに背後ではルドが「そういう事なのか?」と首を
この事実にフルールは打ちひしがれてしまった。
それと同時に思い出すのは、
「勝負は馬車に乗り込んだ時点で決まっていたのね……。なんて不覚……。でも私、これぐらいじゃめげないわ!」
「そんな前向きなところも
「
不安を煽るように宣言し、フルールが「
だが馬車へと向かおうと
彼は意外そうな、それでいて少し
「僕に会いに来てくれたのに帰ってしまうのか?」
「えぇ、そうよ。フレッシェント家の令嬢たるもの
「いや勝ち負けはもう良いんだが……。でも僕に会いに来たって事は何か用があったんだろう? お茶か、それともどこかに出かける誘いか」
そうじゃ無いのかと
対してフルールは彼に問われ、ふむと考え込んだ。
外出するヴィクターを門の前で待ち構えて、当然のように誘い、彼を驚かせてなおかつ困らせるのが今回の目的だ。
そしてその後は……、その後は……。
何も考えていない。
「出遅れたうえに計画も
「ま、待ってくれフルール。せっかく僕に会いに来てくれたんだから、どこかに行こう」
再び帰宅を決めるフルールを、これまた再びヴィクターが呼び止める。
腕をじっと見つめれば、
その際に軽く手を
「知ってるだろうけど、このあと家庭教師が来るのよ。出かけてる時間は無いわ」
「それならフレッシェント家に招待してくれ。家庭教師が来るまでお茶をしよう。フルールのためにケーキも用意したんだ」
「
「そりゃあ、せっかくフルールが僕に会いに来てくれたんだからね。これで帰られたら、僕はきっと今日出かけたことを一生
「
彼を困らせる事は出来ず、『待ち
だが理由は違えども今のヴィクターは困っている。
計画は失敗し勝負にも負けたが、『困らせる』という目的は達成できたのではなかろうか。
つまり考えようによっては成功とも言える。
「仕方ないわね。そこまで言うなら応じてあげる」
一寸
「せっかくヴィクターに会いに来たんだもの、このまま帰るのも
「ありがとう、
ヴィクターが
ヴィクターが常に連れ歩いている
彼の返答を
「よろしいのですか?」
とは、
こそりと耳打ちするように問われ、フルールはしばし考え……、
「急ぐ計画でも無いし、貴族の令嬢たるものお茶を飲むぐらいの
そうフルールが答えれば、シャレルが感心したと言いたげに「さすがお嬢様」と
初戦はまずまずである。
いや、むしろ大成功と言っても過言ではない。
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