第1章 フルールの素晴らしく画期的な計画①
1
十年前のプロポーズから今日まで、フルールはヴィクターの
彼は事あるごとに『僕の
先日の
もはや
もっとも、いかにヴィクターの付き纏いが
常にヴィクターの求愛から
……そのすべてが
「だけど今年からはそうはいかないわよ」
自室のソファに
そんなフルールに、紅茶の手配をしていたシャレルが不思議そうに視線を向けてきた。いったいどうしたのかと問いたいのだろう、「お嬢様?」という声には疑問の色が強い。
問われ、フルールは得意げに胸を張ってみせた。思わず
「世には『押して
「えぇ、存じております」
「ヴィクター対策を取ってヴィクターから逃げていた私は、まさに『引く』だったわ。きっとそれが駄目だったの」
「ということは?」
「つまり『引いて駄目なら押してみろ』という事よ!」
これぞ名案だとフルールが高らかに宣言した。思わずぐっと
だが宣言されたシャレルはいまだピンとこないようで、「はぁ……」と一応の返事こそしてくるがその声も表情も疑問を
そんな彼女に、フルールは更に得意げに「教えてあげるわ」と勿体ぶった口上を置いて話し出した。
「今日も今日とて、ヴィクターから逃げられなかったわ。誕生日だっていうのに」
「そうですね。と言いましても、
今日はフルールの十七歳の誕生日である。
だがあいにくと両親は朝から
朝から
だが親戚の家に
「フルール、誕生日おめでとう。今日という日を共に過ごせる事を
と、まるでそこに居るのが当然のような態度。
ちゃっかり紅茶とクッキーを
「なんとなくヴィクターが居るかもしれないという
「お嬢様の本日の予定は
「しかもヴィクターってば、お祝いの言葉だけじゃなくてプレゼントまで用意してて……、そ、それで、わ、わ、私の手に……」
思い出し、
当然のように伯母の家にいたヴィクターはフルールに祝いの言葉を告げると同時に、手にしていた小箱を差し出してきた。赤いリボンが巻かれており一目で
中に入っていたのは美しいブレスレット。花を模した石造りの
きっと誕生日プレゼントなのだろう。だがそれが分かってもフルールは受け取れないと小箱をヴィクターに返そうとした。……フルールの意思に反して、彼は一向に受け取らず
「ヴィクター、誕生日パーティーは後日開くって言ったでしょ? いくら当日だからって受け取れないわ」
「安心してくれフルール。ちゃんとパーティー当日にもプレゼントを
「
フルールはフレッシェント男爵家の
格差はあるものの家同士の付き合いは長く、祝い事に物を贈り合うのは普通の事だ。むしろ付き合いのある家の
だからパーティー当日ならば……、とフルールが説明すれば、ヴィクターが「そうか」と
「パーティー当日か……」
「そうよ。パーティー当日に公爵子息として持ってきてくれたなら、私も男爵令嬢として受け取るわ」
ようやく理解してくれた、とフルールが
きっと小箱を受け取るのだろう。そう考えて、フルールもまた彼へと小箱を差し出そうとする。
だがヴィクターの手は箱には
そのまま
「つまり、パーティーでもプレゼントを受け取ってくれるんだね。嬉しいな、当日も楽しみにしていてくれ」
そう告げて、フルールの手にキスをしようとしてきたのだ。
そのタイミングでフルールが自室に戻ってきたのは言うまでもない。そしてヴィクターの
先日の
「てっきりプレゼントを返せると思ったから油断して消えるのが少し
「手に触れたんですか?」
「ふ、触れてはいないわ! 触れてないけど、でも、触れそうで……!」
思い出せばフルールの
すんでのところで引き
「触れてないけど、触れそうで……、それで私、また
触れかけた手を直前で引き抜き、ヴィクターに対して
これもまた先日の別荘での一件と同じ流れである。そして、
「おかげで今度はルドを置いてきちゃったわ」
同行人を置いてきてしまったのも前回と同様。
違うのはやはりシャレルかルドかの違い。むしろ前回と今回で彼等が入れ替わっているだけである。
「ルドも自力で戻って来られるでしょうしご心配には
「そうよ、その話だったわ」
話が
もっとも、本題に戻ったところで話すのはヴィクターについてなのだが。
「話した通り、ヴィクターは強引なのよ。私が困っても、困ってる私を見て楽しんでるの」
「ヴィクター様は昔から変わりませんね」
「そ、それにっ……、て、手にキスしようとしてくるのよ……! 公爵子息のくせに
思い出すだけでフルールの顔に熱が溜まり、自分の手を
怒りと恥ずかしさのあまり思わず「ヴィクターってば!」と声を
……のだが、
ほんの一瞬の、ほんの少しの移動。たった数歩で
魔法ではあるものの、ともすれば見間違いか目を
フルールもまた動じずいそいそと椅子に座り直す。その際のコホンというわざとらしい
「それでね、名案を思いついたの。私がこれだけ困ってるんだもの、きっと私が同じような事をしたらヴィクターも困るはずだわ」
「同じ事をですか?」
「えぇそうよ。ヴィクターのあの強引さを
あのプロポーズから十年、ヴィクターは常にフルールに付き
どこに行ってもついてくるし、ついてこないと思ったら
フルールはそんなヴィクターの積極性に困らされてばかりだ。
だからこそ、それを逆手に取るのだ。
今までのヴィクターを参考に、彼に積極的に迫る。そうすればヴィクターは困り果てて、今までフルールがそうしていたように
「
成功を確信して声をあげるフルールに、向かいに座るシャレルは落ち着いた様子で「さすがお嬢様、完璧ですね」と静かに
***
時間は過ぎ、夜。
フレッシェント家の庭で話をする一組の男女。その姿は
現に、たまたま通路を歩いていて気付いた一人の使用人が「いったい
夜の庭で話し合っているのはシャレルとルドの二人で、彼等の間には使用人が期待するような空気は
そんな二人の話題はフルールについて。
「うまくいくと思うか?」
物言いたげな表情のルドの問いに、対してシャレルは自信たっぷりに「もちろん」と返した。
「お嬢様のお考えならうまくいくに決まってる。お嬢様はこうと決めたらやり
「お前だって想像出来てないじゃないか」
「いいや、お嬢様なら出来る!」
一度はルドに
だが断言しつつも最後に堂々と「多分!」と付け足すあたり、シャレルもまたフルールの作戦に対して
不安要素の一つでありなによりの要因、それはフルールの奥手さ。
フレッシェント家は
おかげでフルールはどこか世間知らずな一面がある。といっても世間に
そして、とりわけその
十七歳の貴族の
だというのにフルールはいまだ婚約者を決めておらず、それどころかこういった手合いの話になると「男女の交際なんて……」と顔を真っ赤にしてしまう。
そんなフルールは常々こう語っている。
『男女の交際はまず複数人でお茶を楽しんで、そのあとは
いつもここでフルールはポッと
『いよいよとなったら……、手を
そう恥ずかしそうに話して『この話はもうお
その話の内容も、仕草も表情も、行動も、すべてが
「そんなお嬢様が積極的になれるとは思えない。どう考えてもお嬢様には無理だろ」
やる前から分かりきっていると、既に敗戦ムードを
根が
対してシャレルは彼ほど
フルールは確かに箱入り娘で奥手だ。それも
だが強い意志の持ち主だ。そして行動力に
それになにより……、
「失敗してもヴィクター様を喜ばせて終わるだけだし」
そうシャレルが結論付ければ、ルドがじっとりとした目つきで
「その結論も
という彼の声は
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