第3話 アネモネとそれから

 この少女も多くのリベレータ同様に、この残酷な運命に絶望している。このままこの檻にいれば、待ち受けるのは地獄のみ。この少女にそんな未来が待っていると思うと同情する。

 彼女がそれを受け入れるのであれば、俺は止めることはしない。少女の意思を俺の手で捻じ曲げるつもりはない。だが、もしこの子が自分の運命を変えたい、抗いたいという意志を持っているのであれば、俺は、この少女を助けるのだろう。

 12年前のことをふと思い出した。真っ暗な部屋、真っ暗な未来、真っ暗な心、絶望しかない暗闇の中に一筋の光が照らされた。あの時のあの人の言葉を、俺はこの子に無意識に問いかけた。


「お前、夢はあるか?」


 言葉に呼応して彼女はゆっくりと顔を上げた。大きな赤い瞳に絶望による陰りはあるものの、光を失っているわけではなかったのがわかる。

 体の底からゆっくりと、でも確かに強く、芯の通った少女の想いが言の葉として具現化された。


「お花屋さんになりたい。」

「花屋?」


 俺は何を期待していたのだろうか。世界を救う?みんなの命を助ける?そんな大きな夢を彼女が言葉にすると思っていたのか。

 あまりにも平凡で、小さな夢に唖然としてしまった。

 でも、それと同時に、単純にこうも思った。


「いい夢じゃないか」


 少女は大きな瞳をぐっとまた大きく広げ、俺がいる檻の方へと近づいてきた。


「いい夢?本当に?」

「あぁ、本当だ。」


 陰りの見えた瞳は輝きを少し取り戻し、俺を見据える。俺は感じた。この子は、本当に憧れているのだ。花屋に。そしてなりたいと強く想う心がある。

 人は夢を見る。理想の自分を想像して、焦がれる。人として、それは当然の権利であり、自由だ。この少女もそのうちの一人。

 でも、この世界は残酷なことに、その当然の権利すら与えられない人間もいる。それがリベレータ。ただアニマを持って生まれないだけで、人としてみなされなくなる。そんなの間違っている。俺も心の底では、そう強く思っている。あの人もそうだったのか?真意は聞けないまま、いや、聞いても答えてくれないまま、別れた。

 もしそうなら、俺も───


 「その夢、叶えたいか?」

 「・・・叶えたい。私、お花屋さんになりたい。」


 俺への問いに、一呼吸の間を空けて、曇りのない眼でそう言い放った。

 ならば、それに応えよう。


 「じゃあ、俺が一緒にお前の夢を叶えてやる。」

 「・・・無理だよ。お兄ちゃんだって分かってるでしょ、私がリベレータだって。だから───」


 リベレータは20歳を迎えると必ず死ぬ。原因は不明だが、この運命から逃れることはできない。ただそれは、何もしなければ、の話だ。

 実は、リベレータが命の灯火を長らえる方法が1つだけある。それが『アニマのかけら』を集めること。

 リベレータは、生まれた時からアニマを持たない。けれど、それは自分のアニマがこの世にないということではなく、どこかへ散らばっているのだ。不思議な話だが、人間が生まれ持つアニマは、一人一人微妙に異なるらしい。つまり唯一無二のアニマなのだ。俺もこの話は人伝に聞いたため、真意の程は定かではないが、実際にアニマのかけらを集めて、命を手にいれた者は一定数いる。

 ただ、このアニマのかけらを集めることは難関を極める。まず、自分のアニマのかけらがどこにあるのか、というのはリベレータ本人しかわからない。しかも正確な場所まではわからず、感覚で探すしかない。

 そして、かけらを集めるために旅するリベレータの大半は、道中で命が燃え尽きるか、モンスターに殺されて命を落とすことになる。

 つまりは、命と引き換えに自分の命を探す旅になるのだ。

 この少女にそこまでする価値があるのか?自分の命も危険に晒すような意味はあるのか?そんな杞憂も一瞬で消え去った。かつて俺の師がそうしたように、俺もこの少女の夢を、希望の灯火を消えさせたくない。


 「名前は?」

 「え、あ、アネモネ。」

 「いいかアネモネ?世界はとてつもなく広い。俺も知らないことがまだまだたくさんある。そんな広い世界に、お前の命を救う方法があるとしたら、どうしたい?」

 「そんな・・・私まだ生きられるの?」

 「まだお前の夢は途絶えちゃいない。アネモネが生きて自分の夢を叶えたいという意志があるのなら、俺はそれを一緒に叶えよう。」

 「でも、私・・・」


 施設の奥から複数の男の声が近づいてきた。タイムリミットは近い。


 「アネモネ!今すぐ決めるんだ!」


 俯き、目を閉じ、アネモネは決意した。


 「私、生きたい!私を外へ、広い世界に連れて行って!」

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夢見るアニマ ゆうじん @yuzin825

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