極彩色の月とレインボー赤子(2)

 『――こんにちわ。円滑なコミュニケーションが取れるように身動きが取れないようにさせてもらったよ。私たちは……君たちの言葉を借りれば宇宙人と言えば通りがいいかな? 宇宙人だよ。こんばんわ』

 男とも女とも聞こえる穏やかな声。それは明らかにパラソルの向こう側の影が発していた。

  野刃は何も言わず、変わらず死んだ目でそれを感情の籠らない目で眺めていた。

 『あー……ビックリさせて思考が停止しているのかな。普通は私たちの事を始めて見ると思考が滅茶苦茶に乱れるんだけど、君の脳は……うーん、生きてるよね? おかしいな、思考が読めないなんて初めてなんだけども』

 困惑している声。野刃はピクリとも動かずにパラソルを見上げている。

 『個体差って言うのかな、どうも炭素生命体の仕組みは馴染めない。今の状態で会話は成立しなそうだから、申し訳ないけど気絶しているという前提で、君の前頭葉と側頭葉に直接、連結させて意思疎通をさせてもらうね』

 光の一部が野刃の頭に集束する。途端、

 『――ぁ。やめアばばばかgはh、わたhいは平和的な会話ををををっををををおをwあああっはほいだhpjsぱyでゃdhjぱなんだお前はははばばばばにんげんのくせにお0おおっじょおおじょおお!!』

 痙攣を始める影。それに向かい、弾かれたように上半身を起こし、野刃はバールを掴み取ると思い切り目の前の影にバールを突き立てる。

 『ギャッ!?』

 「人様がよぉ、気持ち良く夜を過ごしてるのに急にまくし立てて何だテメェーー!!? 何様だゴルァ!!」

 パラソルごと突き立てたバールの先端は赤子の影に突き刺さり、虹色の血しぶきをパラソルに降らせた。その血はヌラヌラと極彩色に輝きながら、野刃が滅茶苦茶にバールを振り回すたびとめどなく溢れてくる。それは虹色の雨となりパラソルからボダボダと飛沫となって降り注ぐ。それを全身に浴びながら野刃はパラソルごとコンクリートに叩き付け、

 「おらおらおらおらおらおら死ね死ね死ね死に腐れダボがァーー!!」

 何度も何度も、パラソルの陰に隠れたままの赤子を何度も何度もバールの釘抜を突き立てる。輝く虹色の液体が跳ね返り、野刃を染めていく。いや、その姿はまるで、虹色の人間に”野刃の破片が張り付いている”ようにも見えた。

 『やめあぬぶろ!! お前の思考がはいりりりりりりりりこんできいきききいいいいてってってててててまとおおおおおおももっじゃなくあんるいうp!!』

 「先に挿入れてきたのは、テメェだろうがッ!!」

 その大きさとは比例しないほどの液体を垂れ流しながらも、赤子の影は暴れている。そこへ、野刃は、バールの柄を両手で握り締めて、杭を打つように突き刺す。鈍い音の後に、コンクリートを穿つ硬い音と衝撃が野刃の手に返ってきた。

 一際大きな飛沫が、パラソルに空いた穴から噴き出た。それを野刃は顔面で受け止めた。極彩の色彩は野刃の視神経から脳にまで届き、彼の意識を一瞬にして何光年も遠くの世界まで吹き飛ばした。そして、その大きな飛沫は新たな産声となり、呼び水となり、

 『ああああだdsqd私がわた死でなくなららうる!!? んだんあなんあんてこrとをしてくれなふぁたんだ!!? もうううるうえらsおしまいだあささううう!!』

 絶望、怨嗟、狂気。赤子の影は何かに耐えるように悶え狂い、しかし、その動きは徐々に、陸に上がった魚の跳ねるような大きな動きになり、そしてついに――爆発した。

 爆発は、子供の描いた流れ星のように、尾に何本もの色彩の違う光の帯を残しながら、赤子を種として一輪の花となり空へと打ち上がった。そして上空で弾け、何十個もの光の軌跡を描きながら宇都宮中を覆う。それを、顔面を宇宙の色に染めた野刃が仰向けになって眺めていた。

 「俺が射精してるみてぇで気持ちがいいぜぇ~~~!!」

 光がまるで傘の骨組みのように飛び散っていくのに、野刃は手を伸ばす。今、彼の思考は曖昧に融けており、彼が恐れていた焦燥感も何もかもが消えていた。彼は蕩けた目で空を眺め、未だに耳に残る赤子の影の絶叫を何度も反芻し、味わっていると――

 「――Drrrrrrrrrrr♪ 俺達を解放してくれてありがとなァ! お父さんって呼んだ方がいいかァ?」

 不快な下品な声が聞こえ、目を音の方へ動かした。そこには人の顔ほどある心臓が、そのホースほどある静脈と動脈から虹色の血液を流しながら宙に浮いていた。野刃は、顔もないのにそいつが笑っていることもこちらを見ていることも理解した。その上で不快感を表す。

 「人が――」

 「――気持ち良くなってるのに、だろォ!? Drrrrrrrrrrr♪ 俺がそうしてやった!! 俺はもっとお前を気持ち良く出来るぜ!? 何もかも忘れてブッ飛びてェんだろ!? 俺の力で今すぐにでもなァ!!」

 そう言うと心臓は野刃の顔面に向かって飛び掛かり、そのまま彼の頭を飲み込んだ。

 「今すぐテメェを極楽まで連れてってやるよBro!! いくぜェ!!?」


 ――ドクン!!


 頭が、爆ぜた。剥笑野刃はぎわら・のばは、宇宙の彼方にまでブッ飛ぶ心臓の大爆音を、その頭で味わった。廃ビルの屋上ごと揺らすような、大気まで震わせる大鼓動は彼の頭蓋内を蔓延る焦燥感と言い知れない不安を吹き飛ばす。

 彼は初めてその時、自由になった。

 「あっ、あっ、き、気持ちいぃ~!!」

 「Drrrrrrrrrrr♪ お前はそういうヤツだぜ野刃ァ!! これをいつでも食わせてやるからよォ~~、俺と一緒に飛び散った俺の身体、集めんの手伝ってくんね?」

 野刃は倒れながら親指を立てて了承を示す。彼は融けていく意識の中、歌う心臓の戯言を聞き流す。

 「野刃ァ、お前のおかげでよォ、俺達が自我を持ったんだ。俺達がだぜ? お前が元の身体の脳をブッ壊したせいでこの街がぜぇえええええええんぶ、俺達の胎の中になっちまった。飛び散りやがったんだ、ジジィの小便みてェにな! 俺は身体を一つに戻したい、お前は気持ち良くなりたい。取引は成立だろ、Bro?」

 「……ぁあ、うっせー……好きにしろ…………」

 恍惚の表情で大の字で空を見る野刃。彼の目からは月は歪み、赤黒く光る傷跡にしか見えなかった。

 そうしているうちに、遠くで何かがぶつかる金属音とブレーキ音、そして悲鳴が聞こえた。

 「私を見ないで!! 私を見ないで!! ……んだテメェガンつけてんのか!!」

 騒ぎに起き上がる野刃。彼は廃ビルの屋上から、巨大な眼球が車を踏み潰しながら県道10号を転がっていくのを見た。

 「Drrrrrrrrrrr♪ 行くぜェ野刃。準備はいいかよ!?」

 「ったりめーだろ!! 俺の街で暴れやがって、ぶっ殺してやるぜ!!」

 そう言うとバールを拾い、彼は廃ビルから飛び降りる。

 「俺たちゃ最高だぁ~~!!」

 野刃はバールを振りかざし、宇都宮の夜へと走り出した。

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宇都宮ウルトラマッドデーモンズ 空暮 @karakuremiyo

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