極彩色の月とレインボー赤子(1)

 「ア゛ァ~……」

 七月二十六日、剥笑野刃はぎわら・のばは狂っていた。夜の宇都宮のバンバ通り、そこに面する廃ビルの屋上で、彼はアウトドア用のリクライニングチェアに横たわり、ビーチパラソル越しに月を見ている。彼は頭蓋の内を走る焦燥感、荒れ狂う訳の分からない破裂感、思考の羅列に今にも走り出してしまいそうな感覚を、必死に抑えていた。

 死んだ魚の目。口の端から垂れるヨダレが、荒れたコンクリートへと落ちる。彼はそんな事を気にも留めず、ビーチパラソルを刺したテーブルに置いてあるマウンテンデューを手に取り、思い切り流し込む。当然、横になっているせいで殆ど顔の横へと流れていくが、気にしない。野刃は無感情に飲み干す……というより零し切ると、缶をそのまま落とした。

 顔とアロハシャツをベタベタに汚した状態でなお、月を見つめる。月を見つめるという行為にのみ意識を向けることで、野刃は意識をどうにか留めることが出来ていた。

 「ア゛アッ!!」

 時折大声を上げる。自分でもコントロールできない感情と記憶の不意に来る発露に、大声を上げる事で耐えているのだ。深夜の宇都宮、繁華街といえど最早人通りは少なく、車ばかりが走っていく。昼の熱波に照らされた廃ビルは、今でも異様な熱を発しており、それは野刃を今も灼き、彼の着ているアロハもジーンズも最早濡れていると言っても過言でない程の汗を出させる。

 野刃はスマホを持たない。腕時計も持たない。財布も持たなければ、人間関係も持たない。彼の異常なほど速く走る思考と脳の膨張感には、バール一本持つので精一杯だった。そのバールすら今は手放し、夜の齎すシナプスの過剰な炸裂に月を見つめる事で毎夜毎夜耐えるのだ。気の狂いそうな熱帯夜に、どうにか野刃は救われていた。

 その、今にも爆発しそうな野刃の視界に、月とパラソル以外のモノが現れた。

 それは、光源だった。パラソル越しに、それは唐突に現れた。まるでそれは、マンガのページが変わるかのように。一度の瞬きでその場に現れたようにしか見えなかったソレは……パラソル全てを貫通する褪紅色の光を放ち、野刃の全身をその光で突き刺した。

 パラソルの向こう側、光が強すぎて近いのか遠いのか、発光源は赤ん坊程度の大きさでパラソルに影を作っている。その光は、よく見ると虹のような、奇妙な七色の揺らぎがあった。蜃気楼のように揺れ動く光は、野刃の視神経を犯し、脳にまで色を焼き付けるようだった。

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