肺臓と宇宙とオリオン通り(2)
ビルの天井を軽々しく突き破り、三階から一階まで一気に貫通し、床の基礎部分までめり込んだ二人。土埃と瓦礫と飛び散る電線の火花。その中で肺の男は両手を体操選手のようにピンと掲げて立っていた。
「次のメンクリの予約日に打合せ入れやがって、本日は本当にお世話に殺りましたッ!!」
肺男の足元には、下腹部が縦に裂けた野刃が激痛で暴れ狂っていた。
「アガががあガガガガガガガガガッ!?」
腹部を両足で貫かれ、地面に縫い付けられた野刃。痛みで暴れ、そしてそれで更に傷口が広がり、激痛に悶える。
「肺!? Hi!? ミスがある? だったらテメェで直せやクソボケ殺すぞ!!」
肺男は足を持ち上げる。ヌチャ……という粘っこい音と共に、野刃の小腸が足と共にまろび出た。そして、躊躇いなく、それを潰すように踏みつけた。
「がッ!!??」
「7時半に出勤しろ出勤しろ!! お前も出勤しろ!! 出勤出来ますか!!?」
ガンガンと踏みつけ、野刃の中身を”挽き肉”に変えていく肺男。激痛と呼ぶよりも最早絶叫。しかし、その中で野刃は、脳髄が甘く蕩けていくの感じた。
激痛だけで支配される思考。閃光のように飛び散るシナプスの火花。その中でこそ、野刃は自身の脳を脅かす”正気”から逃れることが出来た。そうなると肉体は自ずと勝手に動いてくれた。
「――最高だぜェェェ、ビチグソがッ!!」
自分を踏みつけてくる足を、狙いを済ませて両手で握っているバールで突き刺す。
「規約ッ!!?」
バールは貫通。即座に両手でハンドルのように握る野刃。肺男は野刃を踏み抜き、その足をバールで貫通させた野刃。ウロボロスともマトリョーシカとも言えるような奇怪な状態となった二人。思わぬ反撃に踏みつけるのを止めた肺男。
「Drrrrrrrrrrr♪ 二発イッとくぞDrrrrrrrrrrr!!」
――ドクン!!
――――ドクン!!!!
野刃の頭の心臓が大きくうねり、跳ねた。二発の心拍に同じ回数、野刃の身体が大きく跳ねる。彼の目は血走るというより真っ赤に染まり、腕には異常なほど血管が走り、筋肉をパンプアップさせた。
「イキそうだああああああああああああッ、ああああああああ!!!」
激痛と快楽のオーバードーズ。野刃の声は既に嬌声とも取れる程、歓びに満ちたモノへと変わり果てていた。彼は更なる快楽を得るためにバールをそのままハンドルのように回し――肺男の足を捩じ切った。
「あ、ああ~。休職してやるからな……」
片足を捩じ切られ、ぺたりとへたり込んだ肺男。しかし、闘志は未だ消えていないようで、肺は大きく息を吸い、膨らみ始める。それを見下ろし、捩じ切った足を頭上に掲げ、自身の頭に掛かる様にしている野刃は、恍惚の表情を浮かべていた。
「Drrrrrrrrrrr♪ 美味ェ~、お前もそうだろ、野刃?」
大好物の血液に思わず歌う心臓に、
「あはぁ~。うっせーな、浸ってんだからよ……」
口から血混じりの泡を吹きながら野刃は答える。ふと気づきと、目の前の肺は部屋を覆い尽くさんばかりに膨張しており、
「明日も仕事、明後日も仕事っ明々後日も……眠れねェーんだよぉぉぉぉ……!」
ぼそぼそと怒気を込めて呟いている肺男。肺を守る様に走る血管は腕のように太い。パンパンに膨れ、今にも爆発しそうだ。
「そーだよ、社畜クソ野郎、狂ったみてぇに働きやがって、週5で働くとか正気じゃねぇ」
バールを振り、血の雫を払う。両手で握り締め、高く振りかざす。
「俺はっ、週7だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
再度飛び立とうとした肺男、その心臓目掛けて、先ほどの仕返しと床に打ち付けるようにバールを突き立てた。
「ハッ! 逃がさねぇぞ、まだ遊ぼーぜぇ!!」
突き刺したバールを踏みつける。飛び立とうとしていたがその場から動けなくなり、空気を吐き出してその場で滅茶苦茶に暴れ動き出す肺。ソレに向かって、野刃は拳を叩き込んだ。
「おっおっおっおっおっおっ!!」
刺した拳から突風が噴き出る。すぐさま左手で空いた穴に手を掛け、思い切り引き裂いた。すると肺に歪な穴が開き、その風を吐き出す穴に向かって、浴びた血を飛ばしながら野刃は自分の頭を突っ込んだ。
「こんにちわ!!!!!」
肺の中は無風だった。うすぼんやりと明るく、透けて見える肺の外側。野刃と心臓は、その肺の根元に、白く輝く、百合のような花が咲いているのを見つけた。
「Drrrrrrrrrrr♪ アレだ、野刃! アレを喰え!!」
「ああ~……吸うかァ」
野刃はそのまま身体ごとズルリと肺の中に潜り込む。中は暖かく、滑り、外から見えるより何故か広かった。
這いながら輝く百合に辿り着くと、野刃は花を掴む。引き抜こうとするも抜けず、花弁が歪み、中にはおしべの代わりに光源とも言える宝石のような何かが入っていた。
宝石は不思議なカットを施されており、輝いているせいか、何面体に削られているか分からなかった。何故か輝いているのにヌラヌラと何かに濡れているのが分かり、よく見ると葉脈のような赤い線が通っており、血管のように赤い何かを送り続けている。それを、まるで花の雫を吸うように野刃は一息で、吸い込んだ。
「higgggggggggh!! 夜が振休をお呼びしますので回ってください!! 明日は死ねよ門をたたき台の伝票をハロワが食べさせていただきます休みたい所長! 来たよ来たよ間に合うかな肺! 診断書ではい! Hi!! お電話ありがとうございますがよかったぁ~…………」
次第に静かになり、動かなくなった肺男の内部から野刃が這い出てきた。彼はそのまま仰向けに倒れ込むと、大きな息を吐いた。
「お疲れアーーーンド、ごちそうさん!! どうだ、頭ン中?」
「あァ~……頭ン中にもう一個頭が生えてくるみてぇな……頭蓋骨融けて流れてくみてぇな……気持っちぇ~~…………」
声が震えている。心臓頭が透けていき、その中から野刃本来の頭が現れた。彼は舌を犬のように口から突き出して白目を剥いて笑っている。気付くと、彼の裂けた腹部やあちこちの裂傷や打撲も治っていた。それと同時に、肺の男の身体もあちこちに飛び散った血液や臓器や、皮膚や肉片も消えていく。
それから十分ほどそうしていただろうか、彼はおもむろにムクッと立ち上がると、肩を伸ばして思い切り欠伸をする。そして目じりに浮かんだ涙を擦り、身体に付いた埃を払った。
「あぁー、整ったー。っぱ人殺すと眠くなんなぁ……」
「帰る前に鳥白湯のラーメン食って帰ろうぜェ。お前治したら腹減ったよ俺」
「花食ったろお前、宇宙人は花食っときゃだいじょうぶじゃねーの?」
「Drrrrrrrrrrr♪ イイ女は良く食って良く働くんだよ、とっとと連れてけよ!」
思い切り顔を歪ませた野刃は、唾を吐いて嫌味を言う。
「女ぁ? テメェ殺すぞ? 気持ち悪ぃ心臓ヤロ―が」
「心臓ヤロ―はテメェだ野刃ァ。俺は実体は無ェからな~~」
二人は騒ぎながら出て行くと、そのまま宇都宮の闇へと消えていく。残ったのは壊されたビルのみ。誰も今夜の騒ぎに気付く者はいなかった。
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