第2話

全て埋まっていたカウンターも時間共に一つ空き、二つ空き、最後にはアキオだけになっていた。とはいっても、当のアキオはまだ店内にはいたけれど、既に酔い潰れ深い眠りに落ちていた。


「おいアキオ、大丈夫か」の声に一瞬何がどうなったのか理解できなかったが、記憶の糸をひとつひとつたぐり寄せて行くと昨日マスターの所で久しぶりにターキーをしこたま飲んで、酔い潰れてしまった事を思い出した。しかしここは一体どこなのか、見たことのないコンクリート打ちっぱなしの殺風景な所だった。

マスターのバーは一階が店舗、2階が自宅だとは知っていたが、地下にこんなスペースがあるなんて全く気が付かなかったし、ましてやそのスペースがモーターサイクルを整備するのに使われているなんて夢にも思わなかった。その地下スペースで何よりも存在感をしめしていたのは、オリジナルのナックルヘッドと一目でわかる位カリカリにチューンされているドラッグスタイルのパンヘッドだった。マスターはそのパンヘッドを整備する手を止めて、いつものゆっくりした口調でアキオに話しかけてきた。


マスターはいままでに見たことがないくらい熱くこれまでのことを話してくれた。あの悪夢のような法律ができるかなり前からマスターはこのパンヘッドでドラッグレースをやっていて、西仙台ハイランドのサーキットや、菅生のコースもパンヘッドで走っていたらしい。純粋に走ること、そしてなんといっても、最高のリズムアンドブルースを奏でることが最高の喜びだったらしい。「アキオ俺はさ、あの伝説のソルトレイクドラッグレースに出ようと思っているんだよ」アキオは、「マスター無理」といった所でマスターはいつになく雄弁に話を始めた。2010年の第1回大会がガソリン車両規正法が施行され中止となった事。その時の警察とのやりとりで数人の逮捕者が出た事。その中の1人ソルトレイクドラックレースの主催者からこのレースを続けられるよう尽力して欲しいと頼まれた事。当時の参加希望者に働きかけやっと大会が開けるくらいの参加者を募る事ができたこと。「アキオ、もし可能ならこのレースの運営を手伝ってくれないか」「何でもやりますよ」。アキオの毎日は充実していた。全国の参加者への連絡やら、その他のレースに関わる事などしていたから1日が24時間では足りないと思うくらいだった。レース開催まで1週間と迫った日、マスターから一つの提案がアキオに伝えられた。マスターはナックルヘッドのフルチューンしたマシンで大会に出場するから、もう一台のパンヘッドでレースにでて見ないかというなんとも嬉しい提案だった。パンヘッドの最終調整はアキオ自身が行ったので、更に時間が短く感じられる毎日だった。 レースが前日にせまり、窓埋されたジェビーバンに2台のHDを積み込み、福島県猪苗代にあるソルトレイクに向かった。「何かジェビーバンも電気自動車だと間抜けですね」アキオはマスターに話しかけたがマスターはうんと一言だけ答えた。マスターはいつもの口少ないマスターだった。東北自動車道から磐越道猪苗代インターチェンジで降りれば数十分で現地に到着する。インターを降りると、HDを積んだと思われるバンがあちこちに停車していた。仲間を待っているのか、前泊して仮眠を取っているのかそれは異常な数のバンが駐車されていた。いよいよこの日が来ましたね。一番乗りしたアキオたちは10年前に封鎖された入口の太い鎖をカッターで切った。すると、バンが一台通り抜ける事ができる位のスペースが確保できて、ジェビーバンで猪苗代レイクの奥まで進んでいった。車から降りたマスターは、「やっとこの日を迎えることができました。今日ドラッグレースをやりますよ」と獄中で亡くなったマスターの友人に向かって話しているようだった。パンヘッドとナックルヘッドを車外に下ろし、レースの準備を始めると続々とリズムアンドブルースを奏でるHDが積み込まれたバンが集まってきた。マスターはいち早く革のレーシングジャケットを着て、キックでナックルヘッドに火を入れる。アクセルを2回あおり空キックを2回イグニッションスイッチをオンにして3回目のキックでエンジンは目覚め、鼓動であり、感動であり、リズムアンドブルースである排気音を奏で始めた。それにつられるように、パンヘッド、アーリーショベル、インディアンもリズムアンドブルースを奏で始めた。その中をマスターは先頭を切ってスタートした

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フリーダムライダー @tsubu0627

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