フリーダムライダー
@tsubu0627
第1話
俺にとっていや全てのバイカーにとって悪夢なような法律が施行されてから10年が経過した。道路交通法第125条(ガソリン車両の規制)によりガソリンで走る自動車、モーターサイクルは公道の走行を一切禁止されたのだ。この法律は一部の政治家の強い意向から一気に動き出したようだ。2010年度モーターサイクル全体の売上が大きく落ち込む中、米国のHD社だけは売上を確実に伸ばしていた。日本の大手メーカー全ての販売台数と比較して20倍ほどの販売台数を上げていたのだから驚異的な売上だといえる。免許制度が改正し、大型2輪免許を誰でも簡単に取得できるようになってからこの傾向が急速に加速していった。モーターサイクルのブランドはいろいろ存在したが、アメリカの象徴であり自由の象徴であるHD社の売上はハンダやウミサキなど日本の大手メーカーの売上を合計しても到底かなうものではなかった。外圧を受け免許制度が改正されてからというものアメリカのモーターサイクルが1人勝ちな訳だから、アメリカのもくろみ通りに事は進んだと言える。しかしこの事を良しとしない日本の政治家がこの悪夢なようの法律を作る旗振り役となったのだ。一方、長年の夢であるHDを手に入れた人たちは自分だけのHDを作るべくカスタムを進めていった。ハンドル、ウインカー、マフラー等を自分の好みのスタイルに変更するのが多かったが、なんと言ってもHDイコール存在感のある排気音と考える人が多かったから、社外のマフラーに変え、触媒をはずすと言うのが最低限のカスタムスタイルであった。当時の道交法(道路交通法)は1970年以降軽くなる傾向があったので、多少の不法改造などあっても、白バイに捕まるなんて事は殆どなかった。大概のHDのオーナーはマフラーを変更し個性的な排気音を轟かせながら公道を走っていた。そんな感じだったので2007年位までは殆ど放置プレイの状態で大きな問題はなかった。しかし徐々に規制は厳しくなっていき、先ずHDのディーラーで違法改造されたマフラーが取り付けてあるHDは整備を拒絶されるようになっていった。2009年に全国357箇所にあったHDディーラーの全ての店舗で違法改造されたモーターサイクルを整備する事はなくなった。更に抵抗していた200店舗以上あったHDカスタムショップは1件、2件と警察の軍門に下り最後まで抵抗していたHDカスタムショップも結局は警察の言いなりとなった。但し、プライベーターが多く存在したHDのユーザーたちは地下に潜ったと言う噂が聞かれるようになっていった。2020年になるとあのHD社は日本の後押しを受け、ハンダと提携して電気で駆動するHDを開発した。
「本当に嫌な時代になったよな」時代遅れのロンバースに今ではとても貴重になったロングリッツの馬革のライダースジャケットという格好で、今日も飲んだくれているアキオがぽつりとつぶやいた。彼もまたHDカスタムショップによる最後の抵抗に加わったのだが、自分のHDパンヘッドは没収され、不本意ではあったが、今は電気モーターで走るHDに乗っていた。あの悪夢のようなガソリン車規制法と平行して安全性が重要視された法律も施行されていたから、モーターサイクルに乗るときは、どう考えても不自然な亀の甲羅のような物体を身につける事になっていた。この物体は安全性には非常に優れていて、法定速度で万が一転倒したとしてもエアバックが内蔵されており、90%以上の確率で怪我をしないという代物だった。この頃になると、HDをはじめとしたモーターサイクルは自由の象徴ではなく、単なる便利な移動手段として用いられるだけの物に成り下がっていた。
「まあまあ」とマスターはアキオをたしなめ、「時代の流れには逆らえないよ」と言った。いつものアキオなら、ここで引き下がるのだが、今日アキオはワイルドターキーのロックをしこたま飲んでいたので引き下がらなかった。バーボンウイスキーはとうもろこしを燃料にするというアメリカのどうしようもない方針により最近は殆ど目にすることがない位貴重になっていたので、今は珍しいパーボンをアキオが飲みすぎてしまうのもしようがなかった。マスターもターキーが大好きなアキオに免じて、今日は好きなだけ飲ませようと考えていたのだった。「だってさあ、マスター、あんなみっともない物を背負って、排気音のない乗り物に乗っても、全然気持ちなんかよくないよ」。マスターは「確かにそうだね」とアキオの話に同調した。HDの排気音は単なるノイズではなく鼓動であり、感動であり、リズムアンドブルースであるという持論をマスターは持っていたから、アキオの言いたい事は良く理解できた。
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