【短編】アイドルと恋愛事情

優汰@MF文庫Jより書籍発売中

アイドルと恋愛事情

 うちの高校のうちのクラス、D組にはアイドルの女子がいる。


 京谷きょうたに可憐かれん。芸名『Karen』。


 なにも可愛くてみんなからアイドル扱いされているという、漫画にありがちなそういう話ではない。正真正銘、職業のアイドル。大手のアイドル事務所からメジャーデビューした誰もが知るダンスアンドボーカルグループの一員だ。


 染髪禁止の校則があるなか特例で許された艶やかな水色の長髪と、並外れ洗練された美貌は学校で人一倍目立っている。


 そんな京谷可憐は学校ではどんな子なのか。


 ――日本中のファンが想像するより、ずっと普通の女子高生。


「文化祭の準備、あんまり手伝えなくてごめんね〜……」

「仕方ないよ! きょーちゃん、今お仕事一番忙しい時期でしょ?」


 青春に溶け込んだ彼女が、この教室にいる。


 逃げも隠れもせず、普通にテレビで見る『karen』のまんまで学校にいるし、成績も普通だし、話してみても普通だし、友達も普通だし、よく仕事で欠席するけど、今も普通に文化祭の準備してるし。


 ただダンスと歌が上手くて、とびっきり可愛いだけの、普通の女子高生だ。


「きょーちゃん、これちぎるの一緒にやろっか」

「うん!」


 女子から『きょーちゃん』って呼ばれてるし、あだ名も普通だ。


 普通、なのだ。



◇◆◇◆◇



 今は放課後。


 十一月末に控える文化祭の出し物でうちのクラスがやる演劇の小道具を、クラスの男女何人かで集まって作っているところだ。


杉山すぎやまくんも、これ一緒にやんない?」


 クラスの女子、井上いのうえに、俺も京谷さんのいる作業グループに誘われた。


「お、いいよ。やろっか」


 俺が了承すると、他所にいた友人、斉藤さいとうが会話の間に割って入ってきた。


「あ、だったら俺も!」

「いや、斉藤は誘ってないんだけど」

「はぁ? なんで俺はダメで杉山はいいんだよ!」

「え、杉山くんは男前だから。あんたはそうじゃないから。以上」

「はいでたそういうの〜。杉山もなんとか言ってやれよ」

「言わないよ……女子に対してそういうの、なんか可哀想だし」

「今俺の方が可哀想だろが!」


 なんだかんだで斉藤も加わった。


 俺もみんなと同じように、演劇の舞台の背景となるちぎり絵用の紙くずを作っていると、ほどなくして、もう作業に飽きたのか斉藤が話しかけてくる。


「てか知ってる? 俺びっくりしたんだけどさ、隣のクラスでビッグカップルできたって」

「あ、渡辺わたなべ諏訪すわ?」


 俺が他の友達から聞いた情報で答えると、「つまんな。みんな知っとるやん」と斉藤は肩を落とした。


「あ! それ私も知ってる! やばいよね、渡辺が諏訪さんとだよ。考えらんない……」


 井上がそれに反応すると、話題はその場の輪に伝播する。中には知らなかった奴もいるみたいで、太田おおたなんかは驚いていた。


「えー、やば。うち初耳なんですけど。てか最近カップル多くね? あと私いつになったら彼氏出来んの? ねえきょーちゃん助けて」


 太田は隣にいた京谷さんに縋りついた。それを井上が庇う。


「そんなこと言ったらきょーちゃん可哀想でしょ。恋愛したくてもできないんだから」

「あ、恋愛禁止だっけ……許してにゃん」


 京谷さんは突然の自分の話題に、気まずそうに頬をかいて言った。


「あはは……そうなんだよね〜。だからみんな羨ましいよ」

「羨ましいんだ?」


 俺が少し意地悪でそう言うと、京谷さんはハッとして口を噤み、その可愛い頬をむくりと膨らませて誤魔化す。


 そんなことは露知らず、太田がせっせと手元の紙ちぎりに戻って、京谷さんに同情する。


「まあそうだよね。私だったら恋愛禁止とか言われたら耐えられないもん」

「お前は禁止してなくても彼氏できねえだろ」

「は?」


 斉藤のデリカシーのないツッコミ。太田が半ギレで睨んだ。


 それを井上はとくに意に介さず、京谷さんと恋愛トークを続けた。


「この前も男子からの告白フッたんでしょ?」

「う、うん……なんで知ってるの?」

「その男子が告白するって言い回ってたんだって。フラれたからその噂ももれなく回ってるよ」

「そ、そうなんだ」

「頑張ったな、その男子。そりゃ夢だわな、アイドルと付き合うとか」


 斉藤はフラれた男子に共感し、「てかさ」と京谷さんに切り込む。


「京谷さんは男子に興味無いわけ?」

「ちょっとやめなよ、きょーちゃん答えづらいじゃんか」

「いや実際みんな気になるでしょ」


 太田が止めるも、斉藤は構うことなく京谷さんに絡んだ。


「京谷さんだって普通の女の子じゃん? ほら、うちのクラスにだって杉山っていうアイドル級のイケメンがいんのにさ」

「おい、斉藤……」

「カッコイイなぁとか、付き合ってみたいなぁとか、それこそ好きになったりとかさ、ないわけ?」


 勝手に自分を話の肴にされ、さすがの俺も少し焦った。様子を窺うように京谷さんの方を見ると、京谷さんは苦笑いしながら申し訳なさそうに、それでいてあっさりと質問に答えた。


「――今は、仕事の方が大事かな」


 京谷さんのプロ意識高めの回答に、斉藤は容易くあしらわれたのだ。


「うん、さすがだよきょーちゃん」

「やっぱプロのアイドルだ」


あっぱれと女子が褒め称える中、斉藤は「なあんだ……つまんないなー」と呆れた。


「てか、杉山くんがフラれたみたいになっててウケんだけど」

「おい……」

「ハハッ、ホントだ! イケメンがフラれてやんの! いい気味だぜ」

「お前らなぁ……」


 なんだか恥ずかしくなって、俺は近くにあったゴミ袋二つを持って立ち上がる。イケメンだとか勝手に持ち上げられて、それをダシにしてからかわれるくらいなら、俺も――普通がいい。


「……俺ゴミ捨ててくる」

「あ、杉山拗ねた」

「拗ねてないよ……」


 なんて言っていると、京谷さんもその場から立ち上がる。


「手伝うよ?」

「いや、一人でいいって」


 断ったのだが、京谷さんは半ば強引に俺からゴミ袋を片方奪った。


「振っちゃったお詫び」

「……ならサンキュ」


「ドンマイ杉山〜!」

「あはは! ドンマーイ!」

「うるさいな……」


 クラスメイトからのドンマイコールを背に受けながら、俺は京谷さんと教室を出た。


 腹が立つのでD組から離れるように足早に廊下を歩くと、トテトテと京谷さんもその歩幅についてくる。


 ふと横に追いついてきた京谷さんを見ると、京谷さんもこっちを覗き込んでいたので、重なった視線を脇に逸らし、その先で目に入ってきた景色の話をした。


「みんなやってるなぁ〜」


 すっかり暗くなった外。対し、未だ明るい学校。まだどこのクラスも文化祭に向けての準備に勤しんでいる。


「この時間までみんな学校にいるの、なんか違和感あるね!」

「……そうだね」


 みんなが普通の青春を送っている中、俺も一人の女子高生を相手するように京谷さんと話す。京谷さんが学校では普通に振る舞うように、俺も普通を装う。


 夏を終えて涼しくなった夜風。鈴虫の鳴き声。金木犀の匂い。なんでもないそのすべてに期待して、胸を高鳴らせながら、それでも普通を。


 二人して、ゴミ捨て場に袋二つを放り投げる。俺はすぐに踵を返した。


「おし、帰ろっか」

「あ、杉山くん」

「ん?」


 先に行こうとすると、京谷さんはその俺の背中に声をかける。


「――寄り道してかない?」

「あー、――いいよ」


 俺は京谷さんを連れて、D組の教室とは反対の校舎の方に歩き出す。


 クラス教室のない特別棟。誰も出入りしない学習室しかない最上階へ向け、階段へ登る。


 ここまで来れば聞こえるのは自分達の足音だけ。背徳感で胸騒ぎがする。


 最上階、その更に上、階段を突き当たりまで上がり、鍵で閉ざされた屋上への扉の手前。


 人気のまったくない、行き慣れた秘密の場所。


 俺はそこでやっと、京谷さんの方へ振り返る。


「なぁ、寄り道なんかしてどうす――」


 ――ぷちゅ。


 不意に一瞬、唇に柔らかい感触。そしてそのすぐ後、のいつも使っているディオールの香水の香り。


「仕事の方が大事なんじゃなかったっけ」


 訊ねると、可憐はクスッと笑って俺の顔を覗き込んだ。


「ごめんね、光輝こうき。怒ってるでしょ」


 下の名前で呼ばれ、俺の前での可憐になったことに気づく。


 からかわれているのが不服で、俺はそっぽを向いた。


「だから、怒ってないって……可憐もああいうしかないもんな」

「光輝……ねぇもうホントに好き〜……」

「はいはい……」


 懐にくっついてきた可憐を抱きしめ返す。何人もの客を前にしてステージの上で歌って踊るため、日々トレーニングをして引き締まった可憐の身体は、そのくせどこか華奢で儚かった。


「……光輝は?」

「ん?」

「光輝は私の事好き?」

「……好きだよ」

「ふふっ、照れてる?」

「照れるよそりゃ」

「素直! 可愛いっ」


 二人でその場に腰を下ろす。俺が壁に背中をあずけて座ると、可憐は俺の前に座り、俺の股の間にすっぽり収まった。俺はそれを後ろから抱きしめる。


 京谷可憐は、普通の女子高校生だ。


 普通に、恋だってするのだ。


「みんなに向かって『恋愛羨ましい』なんてよく言えたな」


 俺がさっきの仕返しのつもりで言うと、可憐は「もう!」と後頭部で頭突きしてきた。


「痛ぇ……」

「他になんて言えばいいかわからなかったんだもん」

「……そ」


 可憐は、俺が可憐の胸元で結んでいる腕に手を重ねて続ける。


「それに、半分本音だし」

「どういうこと?」

「……光輝と付き合ってるって、本当はみんなに自慢したいんだ。光輝と普通の恋愛したいし、普通の高校生カップルとか、やっぱ憧れるもん」

「……でも、可憐の仕事のためじゃん」

「そうだね。付き合わせてごめん」

「そんな風に思ってないって。応援してる」

「大好き、光輝。ずっと一緒にいようね?」


 俺は、可憐の頬にキスをして誤魔化した。


 だって、わかってるし。


 そんなこと言って、本当はいつかフラッと俺の目の前からいなくなるのだ。さっきみんなの前で『仕事の方が大事』って言ったみたいに。


 一緒にいられるかどうかに、俺の意思なんて関係ない。


 本当に自慢したいと思っているのは、本当にずっと一緒にいたいと思っているのは、多分可憐じゃなくて、俺の方だ。


 でも俺から見た可憐は、アイドルだ。


 本当に俺とずっと一緒にいたいなら、俺とも普通に接してよ。


 もっと普通に、好きって言ってよ。


 なんでみんなの前では普通の女子高校生なのに、俺の前ではアイドルなんだよ。


「……光輝、どうかした?」


 俺は上手く笑えなくて、可憐の首元に顔を埋め、自嘲気味に呟いた。


 普通だよ、って。


 こんなに胸がドキドキしてんの、どう考えたって普通じゃないのに。

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