第17話 点崩拳

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」


夜10時。今日の訓練終了。

成果……なし。


「明日は土曜だから朝からやるぞ。9時にはここへ来い」


「はい…………」


私は仰向けで床に倒れながらボスの言葉にそう返事を返す。


「八雲に今日の授業はいいと言ってある。しっかり身体を休めて明日に備えろ。

あと、今日も傷は治すなよ。それじゃあな」


そう言い残すとボスは私を置いて、先に訓練場から出ていく。


…………………………………………………。


「…………化け物め」


私はボスがいなくなったのを確認すると、小さくそう呟く。

しかし、


「あっ、聞いちゃったー!」


「っ!?」


どうやら思ったより声量が出てしまったらしく、近くにいた駿くんに聞かれてしまう。

し、しまった。


「仮にも上司に対して化け物はヤバいんじゃないかなぁー」


「ウッ…………」


私に顔を近づけて揶揄うようにそう告げる駿くん。


いや、なんか前にも誰か化け物って言ってた気がするけど。

でも、確かに新人の分際で上司の陰口はアウトだ。


「き、聞かなかったことにしてもらえないでしょうか」


私は身体を起こしながらそうお願いする。


「えー、どうしよっかなぁー」


まずい。こんなことが伝わったら今度こそ殺される。

中学生相手。流石にプライド傷つくけど、ここは土下座で…………、


「なーんてね、安心しなよ。いちいちそんなことチクったりしないからさ」


「え…………」


私が土下座姿勢に入ると、

散々、私を焦らして楽しんだ駿くんはそう言って私を安心させる。


「本当……ですか?」


「ホントだって。僕、嘘なんかつかないよ」


よ、よかった。なんか微妙に怪しい気もするけど。


「ったく。ボスに稽古つけてもらってる分際でいいご身分だな」


そう言って毎度の如く、駿くんとセットで登場する龍也さん。

今日も何だかキレていらっしゃる。


「偉そうなのは龍也の口調だと思うけど」


「うっせ!」


龍也さんはそう言うと、駿くんの頭に拳骨を炸裂させた。


「それで、お前、明日は目標達成できそうなのか?」


「…………逆に聞きますけど、出来ると思いますか?」


「まぁ…………、無理だな」


やっぱり。

龍也さんから見てもそうなんだ。


「うーん、成長速度だけで言えば、僕は可能性あると思うんだけどなー」


「成長速度?」


龍也さんの無理という意見に対して、駿くんは頭に出来たタンコブを抑えながらそう告げる。


「側から見てる感じ、結星っちはこの3日間で相当、強くなってるよ。

特に今日は前2日とは見違えるほど良かった。何かあったのかな?」


「っ、」


すごい。当たってる。


「うん。実は今日、先生に状況の把握というのを教えてもらって、それで…………、」


「あぁ、それだね。間違いない。“把握”を意識するとしないとでは雲泥の差。

結星っちは元の動体視力と反射神経がいいからそれも相まってかなりいい味出してた」


ん?


「動体視力と反射神経がいい?」


私が?


「あれ?気づいてないの?結星っちはその2つに関して言えば、かなり良いもの持ってるよ」


駿くんはそこまで言うと、「ね?龍也」と言って龍也さんにバトンタッチする。


「まぁ、そうだな。思考を通してる分、身体が追いついてないだけで一応、

ボスの攻撃に反応出来ているし、ボスや絵里の攻撃がよく見えてるからこそ、

それを真似して自分の攻撃もサマになってきてる。

これはお前が元々、持つ才能。動体視力と反射神経がいいからだろうな」


さ、才能…………。

今までずっと自分にそんなものないと思ってた。

でも、ちゃんとあったんだ、私にも。


「あと純粋に身体が柔らかいってのとそこそこ身体が出来上がってるってのも良いね。

それだけ手札(能力)があれば目標を達成することも出来ると思う。…………けど、」


「けど……?」


「それはその能力の全てを引き出せたら話。今も把握という武器を手に入れて、

動体視力と反射神経はいい感じになったけど、まだ全てを引き出せてはいない。

結星っちが目標を達成するには結星っちの全てを出す、これが絶対条件になると思うよ」


「なるほど…………」


私の全てを引き出す。


ここでまた先生の言ってた『自分に適した戦い方を見つけろ』って話に戻ってくるわけか。

今日、私は状況の把握と柔軟性を活かすことを意識して戦っていた。

真っ向からいってもボスには通用しないし、私の柔軟性を活かせればボスの不意をつけると思ったからだ。

でも、結果は手ごたえなし……ってほどじゃなかったけど、ボスには通用しなかった。

つまり、この戦い方じゃまだ私の全ては引き出せてないってことなんだろう。


「私に適した戦い方…………か」


私は再び、その大きな壁にぶち当たり、頭を悩ませる。

すると、それをみた龍也さんがそっと口を開く。


「俺達はお前を含めて新人に戦い方をアドバイスするっていうのを禁止されてる。

それは基本を教えたり、技術を教えたりすることで、

それがソイツの基本になって可能性を狭めることになるかもしれないからだ。

実際、俺達はそうやって強くなったし、俺とコイツとでは戦い方が全然違う」


龍也さんはそう言いながら、駿くんを指差す。

そして、そこから少し間を空けると、私から顔を背けるように斜め上に顔を向けた。


「…………だから、これは俺の独り言だ」


「っ!」


独り言?それって、


「そういうってことは、龍也には結星っちに適した戦い方を知ってるってことだね?」


龍也さんの行動を見てこれから何をしようとしてるかを察した駿くんは、

そう言って龍也さんの言葉を後押しする。


「あぁ。天性の動体視力と反射神経。そして、培った柔軟性と運動能力。

お前の戦い方を見て、もしかしたら、アイツの戦い方が合うんじゃないかと思った」


…………アイツの戦い方?


「この組織で格闘技が一番強いのは言うまでもなくボスだ。

が、その次に強い奴は鳥飼というお前と同い年のヒョロっこい女だ」


「っ!?」


私と同い年の女……!?


「ソイツの戦い方を一言で表すなら『痛み』」


痛み?


「例えば、拳を手で受け止められた場合、この時、相手に与えられるダメージは無に等しい。

だが、同じシチュエーションでもただ拳を握るんじゃなくて、

親指を立て相手の手の母指球の上の当たりにこれを当てることが出来れば相手にダメージを与えることが出来る」


龍也さんは実際の自分の手でそれを実践しながら独り言(説明)をする。

私もそれを受けて、自分の手で小さくやってみる。

すると、確かに親指を立てると、手にジーンという感覚が走った。


「そして、アイツはここに更に捻りを加えることで痛みを倍増させたりしている。

他にも敢えて、指を曲げて尖らせたり、手の付け根の部分を使ったり、

とにかく、受け止められても相手に痛みを与えることが出来れば何でもいいらしい。

そして、この痛みで怯んだ、もしくは消耗させたところを仕留める。それがアイツの戦い方。

…………その名も点崩拳。使いこなせれば敵はいない最強の技だ」


点崩拳…………。


確かに意識してるからかもしれないけど、さっきやったせいでまだ手に違和感が残ってる。

この違和感がさっきのものによるものだとしたら、やられた相手にとってこの違和感は相当嫌なはずだ。


けど、


正直言って、これって誰でも出来るんじゃ?

指を立てたり、指を曲げたりするだけでいいのならそこまで難しいとは思えない。


と、そう思っていた私だったが、そんな私の誤解を正すように龍也さんの独り言がそれを否定する。


「一応、言っておくが、これは誰にでも出来ることなんかじゃないぞ」


「っ!」


「アイツの戦い方と似たもので空手に『一本拳』と呼ばれる技があるが、

これは殆ど、相手の急所を突くための技であまり多用はされない。

理由は単純で危ないからだ。

突いた指が骨や硬い場所に当たれば、当然、痛めたり、折れたりもする。

…………だから、あの戦い方は鳥飼に適した戦い方なんだ。

指を痛めないよう正確に相手の急所や柔らかい部分だけを狙って攻撃を打ち込む。

激しい攻防の中でこれを行うのは言うまでもなく至難の業。

アイツの鋭く速い反応とどこからでも攻撃が繰り出せる柔軟性があって初めて完成する技だ」


…………鋭く速い反応と柔軟性。


「なるほど。結星っちに会わなそうだったらボスにチクろうと思ってたけど、」


「オイッ」


「でも、あの戦い方なら僕も賛成だ。結星っちにかなり合ってると思うよ」


「っ!」


龍也さんだけじゃなくて、駿くんまで。

この2人がボスの命令を破ってまで教えた私に適した戦い方…………。


「まぁ、これを教えたからって絶対にやれと言ってるわけじゃない。

人の戦い方を真似するなんて可能性を狭める以外の何物でもないし、

何より、その戦い方をすれば、ボスは絶対に俺らが教えたことに気づく。

だから、やるなら絶対に目標を達成しろ。出来なければ殺すし、俺らも殺される」


「………………………………………。」


点崩拳。私と同い年の女の子が生み出した最強の技。


「…………龍也さん、その子が戦ってる映像とかって持ってませんか?」

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異能警察『アストラ』 蒼く葵 @aokaoi

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