第16話 化け物

「それじゃあ、いつでも掛かってこい。訓練開始だ」


ボスによって訓練開始が告げられる。

しかし、私はその合図があってもその場を動かず棒立ちしていた。

それもボスが動かないと届かない距離で。


「?」


私の意味不明な行動に首を傾げるボス。

私達の間にただ見合うだけという不思議な時間が流れる。


「おい。お前、何のつもり……、っ!!」


沈黙に耐えかねてボスが声を発したその瞬間、

私は一歩前へ踏み出し、思いっきり右ストレートを繰り出す。

ボスの思考は今、私の不可解な行動で占拠されていた。

そこからいきなり攻撃がくれば、


「なんてな。工夫があめぇよ」


「っ!」


ボスの左頬に向かっていった私の拳。

それをボスは右手一つで受け止める。


「演技が白々しい。狙ってんのがバレバレだ」


「…………はい、分かってます。だから、」


私はそこまで言うとボスに受け止められた拳を広げ、

自分の指とボスの指を絡めてまた拳を握る。

これでボスの利き手は封じた。あとは、


「お願いします!先生!!」


私は訓練場に響く声でそう合図を送る。

すると、あらかじめ天井にスタンバイしていた先生が勢いよく落下してきた。


「オーケー!結星ちゃん!」


天井から落ちてきた先生はそう言いながら空中で回転を始め、

その勢いのままボスに踵落としを繰り出す。

当たれば一歩動かすどころか、天国行きの攻撃。


それを、


ボスは私が封じている手とは逆の左手でいとも簡単に防いでみせた。


「…………俺がお前に気づいてないと思ったか、絵里」


「「ッ!!!」」


先生の攻撃を足首を抑えることで防いだボスはそのまま先生を投げ捨てる。

そして、それと同時に私のことも腕力だけで振り払った。

受け身をとって、身体を起こした私の隣には同様に投げ飛ばされた先生の姿。


「せ、先生、今の作戦失敗の原因はあの人が化け物すぎたってことで?」


「うん、いいと思う」


渾身の策を破られた私は先生にそう確認をとる。

すると、先生もそれを肯定した。


「それにしても、まさか元優等生の赤髪の天使がこんな卑怯な手を使ってくるとはな」


ボスは先生の攻撃を防いだ方の手を開いたり、閉じたりして動作確認しながらそう告げる。


「たしかルールはボスをその円の外に追い出すことだったはずです。

異能や武器の使用は禁止されていても、仲間を使うことは禁止されていない」


私が状況の把握という武器を手に入れて出した結論は、

やはり今の私では夜神結人を動かすことは出来ないということだった。

多分、私がどんな工夫を凝らしたところでボスはそれを読んでくる。

となると、私に残されてる手は私より強い手駒を手に入れる、これしかなかった。

戦闘では何でもあり。仲間を使っちゃいけないというルールがないなら仲間を使うのもありだ。


「ふっ、まぁいい。絵里如き一人増えたところで大して変わりはしない」


そう言うとボスは首をコキっと鳴らし、

私達を見下すように顔を少しだけ上に傾けて、目線だけをこっちへと向ける。


「こい」


その声と同時に先生がボスに対して仕掛ける。


「私がいても変わらないってー!?それは流石に私のこと舐めすぎでしょー!」


そう言いいながら先生はボスの元まで接近して攻撃を開始する。

ボスを絶え間なく襲う先生から繰り出される無数の攻撃。

パンチ、掌底、目潰し、手刀、私なんかでは目で追うので精一杯な速く鋭い攻撃。

しかし、ボスはそれを一撃も喰らうことなく、全て受け流している。


…………は、速い。あれが一流同士の対決。

私がやってた時とはスピードが段違いだ。


けど、


私は決意を固め、やり合う二人の元へと向かっていく。


これは私の戦い。

全てを先生に任せるなんてことは出来ない。


「っ!」


私の接近に気づいたボスは先生の攻撃を受け流しつつ、

カウンターで先生の腹部に軽く一撃を加え、

それで怯んだ先生の腕を掴んで自分の後方へと投げ飛ばす。


これで状況はボスと私の一対一。

しかし、私は足を止めず、ボスへと向かっていく。


『…………自分に適した戦い方を見つけろってことですね』


あれから私なりにボスに一撃を与えるにはどうしたらいいか考えた。

先生を手駒に加えて勝てればいいけど、それで勝てなかった場合、

もしくは最後の一撃を私が与えなければならなかった場合、

多分、私の単純なパンチや蹴りじゃボスには通用しない。


だから!


私は地を蹴ると同時に右足を高く大きく広げ、ボスを狙う。


普通の戦いならリスクが大き過ぎて使えないけど、

ボスが円の外に出れない、且つ、そこからボスを追い出せば勝ちというルールな以上、

この攻撃の有効性はかなり高い。


足を大きく広げることで右左と前後の回避を封じ、

足を高く上げ、ここから斜め下に足を振ることによって、上下への回避も封じる。

つまり、ボスにはこの攻撃を受ける以外の選択肢がない。

でも、この蹴りは敢えてジャンプすることで蹴りの威力に私の体重がプラスされている。

これを受け止めることはいくらボスでも…………、


…………とさっきまでは思っていた。

でも、先生のあの天井からの踵落としを左手のみで受け止めたのを見て考えが変わった。

多分、この攻撃もボスは受け止められてしまうと。


「だから、」


蹴りを仕掛ける私の視界にすごい勢いで迫る先生の姿が映る。

私は囮。本命はボスの背後から迫った先生のローキックだ。


回避は私が封じている。

ボスは先生のこの蹴りに対処出来ない!


先生がローキックの体制に入ろうとする。


しかし、その瞬間、ボスはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、自分の左腕を折り曲げた。


「っ!?」


何を……?


左腕折り曲げたことで隆起するボスの肘。

その先にあるのは…………、私の脛。


「「ッ!!!!」」


先生はボスのその行動を捉えると、すぐに体制を切り替える。

そして、私の脛とボスの肘が接触しそうになったギリギリで、

私を自分の方へと抱き寄せてボスと私の接触を回避した。


「ふぅー」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


先生は何とか間に合ったことに安堵して息を吐き、

私は先生に助けられなかった、ボスの肘と私の脛が接触していた未来を考えて呼吸を早める。


もしあの勢いのまま、私の脛がボスの肘とぶつかっていれば、私の脛は確実に終わっていた。

勿論、あとで治療係に頼めば脛は治してもらえただろうし、

あのまま先生が攻撃をしていれば、ボスは円の外に出ていただろう。

何だったら多分、私の攻撃でも外に出せていたと思う。


でも、その代わりとして私は計り知れない痛みを味わうことになっていた。


私はゆっくりと顔を上げ、目の前にいる化け物へと目を向ける。


私の一時の重傷と勝利を天秤に掛けた結果、

先生なら私を優先するということを予期しての、あの対処。

これがボスの状況把握と判断能力。


私は今までで一番その能力の恐ろしさを知って息を飲む。


「結星ちゃん、大丈夫?」


私を抱き抱えた状態から開放すると、そう聞いてくる先生。

それに対して、私はさっきの存在しないトラウマを頭に残しつつ、こう答える。


「はい、大丈夫です…………」


実際にあの未来が訪れなかっただけなんとかまだ戦える。

でも、本当にあの未来が来ていたら…………、


「ごめんね、勝手に勝ち捨てちゃって」


「いえ、助かりました。多分、あのままいってたら本当にトラウマになってたので」


「そっか」


先生はそう言うと視線を私が今向けてる同じ方向へと向ける。

私もそれに合わせて腰を上げた。


「…………にしても、本当に容赦ないね、あの人」


「はい…………」


先生が私を優先しなかったら本当に私の脚は死んでいた。

まぁ、ボスには先生そう動くっていう確信があったんだろうけど。


「残念だったな。今のが今日のラストチャンスだった」


「いやいや、まだ始まって5分も経ってないから!全然ヨユーだからー!」


先生はボスの言葉に対し、強がってそう返す。

でも、本当は分かってる。

あの人相手に何回もチャンスを作ることは出来ない。

もしかしたら、本当に今のがラストチャンスだったのかもしれないと。


「結星ちゃん、胸見てみ、胸」


私が今日も自分の敗北を予期していると、先生が自分の胸を刺してそう告げる。


胸?


私は先生の言葉を受け、先生の胸へと視線を落とした。

しかし、特におかしな点は見受けられず、ただただ大きいというだけだ。


「?」


私は先生の発言の意図が分からず、首を傾げる。

すると、先生は私の誤解を正した。


「違う、違う。自分の胸」


自分の胸?


私は先生の訂正を受け、先生の胸から自分の胸へと目を向ける。

貧相な胸。

そこにあるのは麗から貰ったハートのネックレス。


あっ。


「…………どうする?諦める?やる?」


少し微笑んで私にそう選択を迫る先生。

私はそれに対してネックレスを掴みながら当然、こう答える。


「やります」


ここで諦めて私に何が残る。

例え、その目標が絶対に達成出来ないものだったとしても、

私に諦めていい理由はない。


「よし!それじゃあ結星ちゃん、好きに動きな!私が合わせてあげるから!」


「はい!ありがとうございます!」


私は先生にそう感謝を伝えると、早速、ボスに向かっていった。

右から少し回り込むようにして走り、

そして、今度はその勢いのまま左脚の飛び蹴りを繰り出す。


それをボスは身体を逸らすことで軽々と回避する。


しかし、それを読んでいた私はボスの斜め後ろに着地した左足をそのまま軸足として、

そこからボスに向かって後ろ蹴りを繰り出した。


が、ボスはそれをこっちに目を向けることもなく右手で防ぎ、

ついでにボスの正面から向かっていた先生の腹部にも左足で蹴りを入れている。


「っ!」


ど、どんな体幹とバランスして…………。


先生はそのままボスの蹴りで後方へ飛ばされ、

私は脚を掴まれたままボスに引き寄せられ、ボスから強烈なボディブロー喰らう。


「ウッ……!!」


宙を舞う私の身体。

意識が飛びそうになったけど、なんとか踏み止まり、受け身を取る。

そして、そのまま身体を起こして、再び、ボスに向かっていった。


…………こうなったらもう手数勝負だ。

ボスが状況把握する余裕がなくなるくらい攻撃を重ねて、ミスを誘うしかない。


先生も私と同じ考えのようで私と先生でボスを挟む形になる。

が、それを半身の状態で対応するボス。

というか、私の方はもう殆ど見ていない。右手のみで全て対処している。


ば、化け物すぎ……!


攻撃が当たらず、勝負を決めきれずにいると、

突如、足元を掬われて、私の身体は逆さに宙を舞う。


「っ!?」


そうして、無防備になった私の身体にボスの掌底。

そのまま落ちてたら首からっていうところだったけど、

ボスが気を使ってくれたのか、私の身体は半回転して床に打たれる。


…………先生は!?


私は身体を起こしながら先生の方へと目を向ける。

すると、そこにはボスに首元を掴まれて動けなくなった先生の姿があった。


「せ、先生!!?」


ボスは片手で先生の首を掴んでいて、先生はそれを離そうとしたり、

脚をバタバタさせてなんとか対処を図るが、ボスは微動だにしていない。


「結星は訓練をつけると言った以上、倒れられると面倒だが、

よく考えると、お前は関係ないんだから容赦する必要はないよな?」


「えっ?」


えっ?


先生の首根っこを持って淡々とそう告げるボスは私から見れば悪魔に見えた。

でも、多分、先生から見たら死神にでも見えただろう。


「流石の俺でも二人同時相手にしてで動けないっていうのは疲れる。

よって、お前はここで退場だ」


「えっ、あっ、ちょっ、待っ!!ごめん、ごめんなさい!!」


必死に命乞いをする先生。

しかし、次の瞬間、ボスの指が先生の腹を抉るようにめり込む。


「『快楽』」


「……………………………………………。」


白目を剥いたまま動かなくなる先生。

そんな先生をボスは周りで私達を見ていた仲間の側に放り投げる。


「誰か、コイツを連れてって治療係に渡してやれ。それで早く仕事に戻らせろ」


「は、はい!」


そうして、先生は訓練場から運ばれていく。


「…………………………………………。」


えっ、あ、あれ?

これって、もしかしなくても、


先生の退場を見送った後、ボスはまだ立てていない私の方を振り向く。


「さぁ、これでまた振り出しだ。どうする、結星」


こ、この人、容赦ない!!!


「それじゃあ、いつでも掛かってこい。訓練開始だ」


ボスによって訓練開始が告げられる。

しかし、私はその合図があってもその場を動かず棒立ちしていた。

それもボスが動かないと届かない距離で。


「?」


私の意味不明な行動に首を傾げるボス。

私達の間にただ見合うだけという不思議な時間が流れる。


「おい。お前、何のつもり……、っ!!」


沈黙に耐えかねてボスが声を発したその瞬間、

私は一歩前へ踏み出し、思いっきり右ストレートを繰り出す。

ボスの思考は今、私の不可解な行動で占拠されていた。

そこからいきなり攻撃がくれば、


「なんてな。工夫があめぇよ」


「っ!」


ボスの左頬に向かっていった私の拳。

それをボスは右手一つで受け止める。


「演技が白々しい。狙ってんのがバレバレだ」


「…………はい、分かってます。だから、」


私はそこまで言うとボスに受け止められた拳を広げ、

自分の指とボスの指を絡めてまた拳を握る。

これでボスの利き手は封じた。あとは、


「お願いします!先生!!」


私は訓練場に響く声でそう合図を送る。

すると、あらかじめ天井にスタンバイしていた先生が勢いよく落下してきた。


「オーケー!結星ちゃん!」


天井から落ちてきた先生はそう言いながら空中で回転を始め、

その勢いのままボスに踵落としを繰り出す。

当たれば一歩動かすどころか、天国行きの攻撃。


それを、


ボスは私が封じている手とは逆の左手でいとも簡単に防いでみせた。


「…………俺がお前に気づいてないと思ったか、絵里」


「「ッ!!!」」


先生の攻撃を足首を抑えることで防いだボスはそのまま先生を投げ捨てる。

そして、それと同時に私のことも腕力だけで振り払った。

受け身をとって、身体を起こした私の隣には同様に投げ飛ばされた先生の姿。


「せ、先生、今の作戦失敗の原因はあの人が化け物すぎたってことで?」


「うん、いいと思う」


渾身の策を破られた私は先生にそう確認をとる。

すると、先生もそれを肯定した。


「それにしても、まさか元優等生の赤髪の天使がこんな卑怯な手を使ってくるとはな」


ボスは先生の攻撃を防いだ方の手を開いたり、閉じたりして動作確認しながらそう告げる。


「たしかルールはボスをその円の外に追い出すことだったはずです。

異能や武器の使用は禁止されていても、仲間を使うことは禁止されていない」


私が状況の把握という武器を手に入れて出した結論は、

やはり今の私では夜神結人を動かすことは出来ないということだった。

多分、私がどんな工夫を凝らしたところでボスはそれを読んでくる。

となると、私に残されてる手は私より強い手駒を手に入れる、これしかなかった。

戦闘では何でもあり。仲間を使っちゃいけないというルールがないなら仲間を使うのもありだ。


「ふっ、まぁいい。絵里如き一人増えたところで大して変わりはしない」


そう言うとボスは首をコキっと鳴らし、

私達を見下すように顔を少しだけ上に傾けて、目線だけをこっちへと向ける。


「こい」


その声と同時に先生がボスに対して仕掛ける。


「私がいても変わらないってー!?それは流石に私のこと舐めすぎでしょー!」


そう言いいながら先生はボスの元まで接近して攻撃を開始する。

ボスを絶え間なく襲う先生から繰り出される無数の攻撃。

パンチ、掌底、目潰し、手刀、私なんかでは目で追うので精一杯な速く鋭い攻撃。

しかし、ボスはそれを一撃も喰らうことなく、全て受け流している。


…………は、速い。あれが一流同士の対決。

私がやってた時とはスピードが段違いだ。


けど、


私は決意を固め、やり合う二人の元へと向かっていく。


これは私の戦い。

全てを先生に任せるなんてことは出来ない。


「っ!」


私の接近に気づいたボスは先生の攻撃を受け流しつつ、

カウンターで先生の腹部に軽く一撃を加え、

それで怯んだ先生の腕を掴んで自分の後方へと投げ飛ばす。


これで状況はボスと私の一対一。

しかし、私は足を止めず、ボスへと向かっていく。


『…………自分に適した戦い方を見つけろってことですね』


あれから私なりにボスに一撃を与えるにはどうしたらいいか考えた。

先生を手駒に加えて勝てればいいけど、それで勝てなかった場合、

もしくは最後の一撃を私が与えなければならなかった場合、

多分、私の単純なパンチや蹴りじゃボスには通用しない。


だから!


私は地を蹴ると同時に右足を高く大きく広げ、ボスを狙う。


普通の戦いならリスクが大き過ぎて使えないけど、

ボスが円の外に出れない、且つ、そこからボスを追い出せば勝ちというルールな以上、

この攻撃の有効性はかなり高い。


足を大きく広げることで右左と前後の回避を封じ、

足を高く上げ、ここから斜め下に足を振ることによって、上下への回避も封じる。

つまり、ボスにはこの攻撃を受ける以外の選択肢がない。

でも、この蹴りは敢えてジャンプすることで蹴りの威力に私の体重がプラスされている。

これを受け止めることはいくらボスでも…………、


…………とさっきまでは思っていた。

でも、先生のあの天井からの踵落としを左手のみで受け止めたのを見て考えが変わった。

多分、この攻撃もボスは受け止められてしまうと。


「だから、」


蹴りを仕掛ける私の視界にすごい勢いで迫る先生の姿が映る。

私は囮。本命はボスの背後から迫った先生のローキックだ。


回避は私が封じている。

ボスは先生のこの蹴りに対処出来ない!


先生がローキックの体制に入ろうとする。


しかし、その瞬間、ボスはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、自分の左腕を折り曲げた。


「っ!?」


何を……?


左腕折り曲げたことで隆起するボスの肘。

その先にあるのは…………、私の脛。


「「ッ!!!!」」


先生はボスのその行動を捉えると、すぐに体制を切り替える。

そして、私の脛とボスの肘が接触しそうになったギリギリで、

私を自分の方へと抱き寄せてボスと私の接触を回避した。


「ふぅー」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


先生は何とか間に合ったことに安堵して息を吐き、

私は先生に助けられなかった、ボスの肘と私の脛が接触していた未来を考えて呼吸を早める。


もしあの勢いのまま、私の脛がボスの肘とぶつかっていれば、私の脛は確実に終わっていた。

勿論、あとで治療係に頼めば脛は治してもらえただろうし、

あのまま先生が攻撃をしていれば、ボスは円の外に出ていただろう。

何だったら多分、私の攻撃でも外に出せていたと思う。


でも、その代わりとして私は計り知れない痛みを味わうことになっていた。


私はゆっくりと顔を上げ、目の前にいる化け物へと目を向ける。


私の一時の重傷と勝利を天秤に掛けた結果、

先生なら私を優先するということを予期しての、あの対処。

これがボスの状況把握と判断能力。


私は今までで一番その能力の恐ろしさを知って息を飲む。


「結星ちゃん、大丈夫?」


私を抱き抱えた状態から開放すると、そう聞いてくる先生。

それに対して、私はさっきの存在しないトラウマを頭に残しつつ、こう答える。


「はい、大丈夫です…………」


実際にあの未来が訪れなかっただけなんとかまだ戦える。

でも、本当にあの未来が来ていたら…………、


「ごめんね、勝手に勝ち捨てちゃって」


「いえ、助かりました。多分、あのままいってたら本当にトラウマになってたので」


「そっか」


先生はそう言うと視線を私が今向けてる同じ方向へと向ける。

私もそれに合わせて腰を上げた。


「…………にしても、本当に容赦ないね、あの人」


「はい…………」


先生が私を優先しなかったら本当に私の脚は死んでいた。

まぁ、ボスには先生そう動くっていう確信があったんだろうけど。


「残念だったな。今のが今日のラストチャンスだった」


「いやいや、まだ始まって5分も経ってないから!全然ヨユーだからー!」


先生はボスの言葉に対し、強がってそう返す。

でも、本当は分かってる。

あの人相手に何回もチャンスを作ることは出来ない。

もしかしたら、本当に今のがラストチャンスだったのかもしれないと。


「結星ちゃん、胸見てみ、胸」


私が今日も自分の敗北を予期していると、先生が自分の胸を刺してそう告げる。


胸?


私は先生の言葉を受け、先生の胸へと視線を落とした。

しかし、特におかしな点は見受けられず、ただただ大きいというだけだ。


「?」


私は先生の発言の意図が分からず、首を傾げる。

すると、先生は私の誤解を正した。


「違う、違う。自分の胸」


自分の胸?


私は先生の訂正を受け、先生の胸から自分の胸へと目を向ける。

貧相な胸。

そこにあるのは麗から貰ったハートのネックレス。


あっ。


「…………どうする?諦める?やる?」


少し微笑んで私にそう選択を迫る先生。

私はそれに対してネックレスを掴みながら当然、こう答える。


「やります」


ここで諦めて私に何が残る。

例え、その目標が絶対に達成出来ないものだったとしても、

私に諦めていい理由はない。


「よし!それじゃあ結星ちゃん、好きに動きな!私が合わせてあげるから!」


「はい!ありがとうございます!」


私は先生にそう感謝を伝えると、早速、ボスに向かっていった。

右から少し回り込むようにして走り、

そして、今度はその勢いのまま左脚の飛び蹴りを繰り出す。


それをボスは身体を逸らすことで軽々と回避する。


しかし、それを読んでいた私はボスの斜め後ろに着地した左足をそのまま軸足として、

そこからボスに向かって後ろ蹴りを繰り出した。


が、ボスはそれをこっちに目を向けることもなく右手で防ぎ、

ついでにボスの正面から向かっていた先生の腹部にも左足で蹴りを入れている。


「っ!」


ど、どんな体幹とバランスして…………。


先生はそのままボスの蹴りで後方へ飛ばされ、

私は脚を掴まれたままボスに引き寄せられ、ボスから強烈なボディブロー喰らう。


「ウッ……!!」


宙を舞う私の身体。

意識が飛びそうになったけど、なんとか踏み止まり、受け身を取る。

そして、そのまま身体を起こして、再び、ボスに向かっていった。


…………こうなったらもう手数勝負だ。

ボスが状況把握する余裕がなくなるくらい攻撃を重ねて、ミスを誘うしかない。


先生も私と同じ考えのようで私と先生でボスを挟む形になる。

が、それを半身の状態で対応するボス。

というか、私の方はもう殆ど見ていない。右手のみで全て対処している。


ば、化け物すぎ……!


攻撃が当たらず、勝負を決めきれずにいると、

突如、足元を掬われて、私の身体は逆さに宙を舞う。


「っ!?」


そうして、無防備になった私の身体にボスの掌底。

そのまま落ちてたら首からっていうところだったけど、

ボスが気を使ってくれたのか、私の身体は半回転して床に打たれる。


…………先生は!?


私は身体を起こしながら先生の方へと目を向ける。

すると、そこにはボスに首元を掴まれて動けなくなった先生の姿があった。


「せ、先生!!?」


ボスは片手で先生の首を掴んでいて、先生はそれを離そうとしたり、

脚をバタバタさせてなんとか対処を図るが、ボスは微動だにしていない。


「結星は訓練をつけると言った以上、倒れられると面倒だが、

よく考えると、お前は関係ないんだから容赦する必要はないよな?」


「えっ?」


えっ?


先生の首根っこを持って淡々とそう告げるボスは私から見れば悪魔に見えた。

でも、多分、先生から見たら死神にでも見えただろう。


「流石の俺でも二人同時相手にしてで動けないっていうのは疲れる。

よって、お前はここで退場だ」


「えっ、あっ、ちょっ、待っ!!ごめん、ごめんなさい!!」


必死に命乞いをする先生。

しかし、次の瞬間、ボスの指が先生の腹を抉るようにめり込む。


「『快楽』」


「……………………………………………。」


白目を剥いたまま動かなくなる先生。

そんな先生をボスは周りで私達を見ていた仲間の側に放り投げる。


「誰か、コイツを連れてって治療係に渡してやれ。それで早く仕事に戻らせろ」


「は、はい!」


そうして、先生は訓練場から運ばれていく。


「…………………………………………。」


えっ、あ、あれ?

これって、もしかしなくても、


先生の退場を見送った後、ボスはまだ立てていない私の方を振り向く。


「さぁ、これでまた振り出しだ。どうする、結星」


こ、この人、容赦ない!!!



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