第15話 把握

結人視点。


「来週頑張れば、ようやく夏休みです!先生の仕事を増やさない為にも

みんな、この最後の土日はいい子に過ごしてください!それでは、さようなら!」


「「「「「さよならー!」」」」」


絵里のふざけた挨拶にふざけた挨拶で返すと、クラスの全員が一斉に支度を始める。

部活にいく者、遊びにいく者、学校で勉強する者、そして、帰宅する者。

何をするかで支度は人それぞれだが、いち早く支度を終えたのは俺の席の右隣の奴だった。

ソイツは周りの目も気にせず、爆速で支度を終えると、教室を出ていく。


俺はそれを尻目に捉えながらゆっくりと支度し、教室を7、8番目くらいで出た。

そして、登下校口に向かうのではなく、適当に学校を徘徊し、人がいなくなったところで、


瞬間移動した。


瞬間移動した先は勿論、アストラ基地内の俺の部屋。

そこから流れる動作で鞄を床に置き、制服を脱ぎ、訓練着に着替える。


(アイツも間に合わないと分かってるなら、ゆっくり来ればいいのにな)


訓練着に着替えた俺は結星を待つ為、エントランスへと向かう。

時計の時刻は4時37分。


(…………あと3分くらいか)


「あれ、ボス?朝日ちゃんならもうさっき帰ってきましたよ?」


「?」


(もう帰ってきた?)


「それ本物か?」


基地内には姿を変えられる異能を持った奴もいるので偽物じゃないかと思い、

俺はその報告をした奴に問いかける。


「いやー、間違いないと思いますよ。だって、メチャクチャ汗かいてましたから」


(…………どうゆうことだ?俺の方がいつもより少し遅かったとはいえ、結星にしては早すぎる)


俺は疑問を頂きつつも、訓練場へと向かう。

すると、そこには仲間の言う通り、汗だくになった結星が訓練着に着替えて待っていた。


「はぁ、はぁ…………。私の方が早かった……ですね」


息を切らして、手を膝につきながら、顔だけこっちに向けてそう告げる結星。

その表情は苦しそうながらもうっすらと笑みが溢れている。


「…………どうやった?」


純粋にそれが気になった俺は率直にそう質問してみる。


「秘密です。強いて言えば、ボスが遅い」


『秘密だ。強いていえば、お前が遅い』


っ、


俺は数日前に自分が言った言葉をそのまま返されて少し不意を突かれる。


「…………分かった。素直に負けを認めよう。

今日の訓練は…………「いえ、それは倍で大丈夫です」


「?」


てっきり訓練の量を減らす為に早く帰ってきたものだと思っていた俺は

その言葉の意味を理解するのに少し時間を要する。


「それより早く訓練を始めましょう。少し試したいことがあるんです」



◇◆◇◆



結星視点。


「試すのはいいが、先に怪我を治してこい」


と、ボスに言われ、私は怪我を治してもらってから訓練場に戻ってきた。

結局、昨日と同じ時間になってしまったけど、仕方ない。


「それで、何をするんだ?」


「それはやってみてからのお楽しみです」


「………………………………………………。」


私の返答になんとも言えない表情をするボス。

よし、いい調子だ。


実は私の……いや、私と先生の作戦はもう始まっていた。

今日の昼、


『フフッ。だ、か、ら、それを結星ちゃんなら出来るって思ったんじゃない?』


『っ!』


私なら…………。


『まぁ、でも、流石にボス相手に4日っていうのは私も厳しいと思うから、

結星ちゃんには特別にボスの強さの秘密を教えてあげちゃおう』


『…………ボスの強さの秘密?』


『うん、ボスの強さの秘密…………。それはズバリ、基本の質の高さにある!』


何の真似か、オリジナルなのかは分からないけど、先生は私に指を刺して声高らかにそう宣言する。


き、基本の質の高さ?

自分だけの戦い方を見つけろって話だったのに基本?


『あれ?さっき言ったことと真逆じゃん。って思ったそこの君、ブブー。残念、不正解。

これとそれとはまた別の話なんだよなー』


『………………………………………。』


『はい、結星ちゃん。戦闘における基本とは一体、何でしょう?』


何かのキャラを入れてる先生はMC風に私にそう問題を出す。


戦闘における基本?

先生がさっき言った通り、戦い方は人によってそれぞれだし、

そういうことを聞かれているわけでもない気がする。

かと言って、逃げ道を確保しておくとか、自分より強い敵とは戦わない、

とかいう答えは先生の問題の趣旨から外れている。


となると、


『は、判断を間違えない……とか?』


私は選択肢を絞っていき、残ったものを答えとして出す。


『おぉぉぉ!!惜しい!超惜しい!!ってか、ほぼ正解!!

…………なんだけど、私が求めてた答えはもっと根本的な部分。

“状況の把握”っていうその判断の一歩前にある回答なんだよねー』


『状況の把握?』


『そう。状況の把握は戦闘だけじゃなくて、スポーツだったり、

なんだったら、今この瞬間にすらも欠かせないもので、例えば…………、

今私達のすぐ側には階段があるけど、これに気づかなかったら危険だよね?』


先生はそう言いながら私達の数歩先にあるお階段を指差す。


『まぁ…………、それは、当然』


『でしょ?っていうこと』


いや、どういうこと?


『これを戦闘に置き換えると、パンチが迫ってきてるのに気づいてるか、

気づいていないか、という話になる』


『っ!』


『で、これをもっと掘っていくと、自分の力を考慮した場合、

相手のパンチを止めた方がいいのか、避けた方がいいのかってなって、

もっともーっと掘っていくと、相手の性格を考慮した場合、

どっちの方が相手にとって都合が悪く働くのかってなって、

もっともっともーっと掘っていくと、

相手の性格、自分の状態、手札、切り札、天候、全てを考慮してどうしたらいいのかってなる』


『っ!!!』


『そして、これらを全てを把握することが出来ればまず負けることはない』


『…………………………………………。』


い、言っていることは理解できる。

どのスポーツにも状況把握=周りを見る、自分がどこに立ってるかっていうのは、

すごく重要でそれを戦いに落とし込んで、そこまで把握出来れば間違いなく最強だ。

でも、


『実際はそんなこと不可能ですよね?』


『うん。だね』


今のは暴論であり、机上の空論。

実際にそんなこと出来る人間などいない。


『でも、この精度が高ければ高いほど勝率は高くなる。

だから、夜神結人は最強なんだよ』


『っ!!』


『まぁ、ボスはそれに加えて、さっき結星ちゃんの言った判断を間違えないってとこだったり、

普通に腕力やら脚力やらが規格外だからっていうのもあるけどね』


『な、なるほど…………』


状況の把握……か。

確かに今考えると、ボスは戦闘中、私だけを見ているわけじゃなかった。

たまに足場を見たり、時計を見たり。

私に集中してないだけかと思ったけど、あれはそういうことだったんだ。

だから、あんなに楽々、私の攻撃を…………。


『って、あれ?これって結局、ボスのヤバさを再認識しただけじゃ…………』


『あっ、気づいちゃった?』


『……………………………………。』


き、気づいちゃった?って。

先生の言うことを総合すると、ボスは私の視線、疲労、そして、性格、

こういう私に……いや、戦闘に関する全ての状況を高い制度で把握して私の攻撃をいなしているってことだ。

だから、単調な攻撃は当たらないし、フェイントとかしても全く引っ掛からない。


今まではただ漠然と高い壁だと思ってきたけど、

武人という視点で見るとより高く、分厚い壁に見える。

あの人一歩動かす。それがどれだけ難しいことか、今になってようやく理解した。


そして、同時に、


『…………や、やっぱりこれ、無理じゃないですか?』


考えれば考えるほど遠くなっていくその目標に私の口からとうとうその言葉が漏れ出す。

いくらボスが出来ると判断しても私のことは私が一番分かっている。

多分、今の私の能力じゃボスには勝てない…………。


『そうだね。さっきも言ったけど、私も難しいと思う。

あの人、超人だし、化け物だし、私だって出来るかどうか怪しいよ』


先生はそう言って私の意見を肯定する。


『じゃあ…………、『でもね、』


『?』


『こっからは私の持論なんだけど、この状況の把握っていうのは、

私達、女子の専売特許だと思ってる』


『っ!』


状況の把握が女子の専売特許?


『勿論、状況の把握は誰にでも出来ることだし、一度にたくさんの状況を把握する

っていうことに視点を置くなら女子は男子に劣るのかもしれない。

けど、より正確にという話なら私は男子より女子の方に分があると思ってる』


『…………どうしてですか?』


『簡単。男子より女子の方が相手の気持ちが分かるからだYO!』


先生は親指を立てて今度は謎のDJ風にそう告げる。


『は?』


『ほら、女子って男子より計算高かったり、悪巧みが上手っていうじゃん?

実際、男子のイジメより女子のイジメの方が陰湿だったりするし。

でも、それは裏を返すと状況の把握がよく出来てるってことにもなるんだよね。

自分がどういう立ち位置にいるか、相手がどういう立ち位置にいるか、

これをすれば相手はどのくらい嫌がるか、どうしたら大人にバレないか。

勿論、イジメはよくないし、それを肯定してるわけじゃないけど、

女子の特徴的にこういうのは得意な傾向にある。

…………そして、これは戦闘においてとても大事なこと、

っていうのはもう結星ちゃんなら分かるよね?』


私は先生のその説得力が高すぎる説明に首を頷かせる。


『これに加えて、女子は並列思考が得意っていう特徴もあるし、

女だからこそ使える武器っていうのもある。

状況を把握する、そして、それを活かすのも女子は男子より優れている。

…………どう?これで少しは可能性が見えてきたんじゃないかな?』


『はい、かなり…………』


なんだかんだ言っても先生は私の先生なんだと思った。

本当に良いアドバイスを貰った気がする。

あんだけ分厚いと思ってた壁に少しだけ穴が空いた気がした。


『ちなみにこの状況の把握は普段の生活から鍛えられるからやってみなー。

みんなが嫌がってる時の顔はどうなのか、喜んでる時の顔はどうなのか。

通学路はどの道が一番近いのか、どこを突っ切れば少しでも早く家に着けるのか。

ちょっと意識してみるだけで世界は全然違う。色んなことが分かって人生がもっと楽しくなってくるよ』



「…………何を企んでるか知らないが、少しは楽しませてくれるんだろうな?」


私の挑発を受け、いつもより少しだけ言葉を尖らせて私を煽るボス。

私はそれが少しだけ面白くなり、頬を緩ませる。


ちょっと意識してみるだけで世界は全然違う。

色んなことが分かってもっと楽しくなる。


…………本当に先生の言う通りだ。


「それじゃあ、いつでも掛かってこい。訓練開始だ」

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