第14話 先輩

「っ痛…………」


昼休憩場所を外階段から屋上手前階段へと変えた私は1人静かにそう声を漏らす。


戦闘訓練開始からもう2日が経った。

しかし、私はあれから一歩も進展できていない。

挑んでは、いなされ、挑んでは、いなされ。

ただ身体に傷が増えていくだけで目標を達成するどころか、ボスを焦らすことすら出来ていない。


しかも、


『今日はここで終わりだ。明日も同じ訓練をやる。

学校が終わったら寄り道せずに帰ってこい。遅れたら訓練倍だ』


床に伏して気絶寸前の私に対して、汗一つなく済ました表情でそう告げるボス。


『それと、怪我は明日の訓練が始まるまで極力治すな。

見た目だけどうにしかして、明日、訓練が始まる前になったら治してもらえ』


あの言葉のせいで私は学校にいても激痛に苛まれている。

見た目こそ大丈夫に見えるけど、これは組織の人の異能でそう見えるだけで、

実際は全身痣だらけの傷だらけ。多分、骨とかも何本かヒビ入ってる。


これじゃあ、おにぎりを食べることすらままならない。


「あー、いた、いた!」


私がおにぎりを食べるのに苦戦していると、階段の下から私見つけた先生が現れる。


「こんなところにいたんだ、探したよー、結星ちゃん」


先生はそう言いながら階段を駆け上り、私の横に腰掛ける。


「聞いたよー。結星ちゃん、あのパワハラマシーンにいじめられてるんだってー?」


誰かに聞かれでもしたら誤解を与えかねない内容を平然と大声で言う先生。

この人は自分の立場を理解してるのだろうか。


「もう!私がいたら絶対そんなことさせないのに!」


私がいたら。その言葉通り、私が先生と学校以外で会うことは殆どなかった。

たまーに真夜中の廊下でゾンビ化した先生と会うくらいだ。


「…………先生はまだあの事件の後処理を?」


「うん。マスコミとかの方は落ち着いたんだけど、親族同士の問題がねぇ…………」


「っ!…………荒れてるんですか?」


当然、気にはなってたものの、あまり触れないようにしていた話題が

先生の口から出たことで私は反射的にそう質問する。


「うん。まぁ、華ちゃんの家族の方はね。麗ちゃんの家族の方は精神的に参ってるって感じ」


「………………………………………。」


そうか。そりゃあ、そうだ。

事件は終わってそこで終わりじゃない。

その後もその遺恨はあらゆるところに残り続ける。


私は胸にぶら下がったハートのネックレスを握りしめる。


「でも、両者ともだいぶ落ち着いてきたからあとちょっとって感じかな。

今度の土曜日に面談あるからそこでケリをつけてくるよ!」


先生は私を心配させないよう、自分の力こぶをアピールしてそう告げる。

この不器用な優しさがどれだけ私を救うか。


「…………ありがとうございます。もし私に出来ることがあれば、何でも力になるので」


「うん!その時はお願いするよ」



◇◆◇◆



「…………それで、結星ちゃんの方はどうなの?訓練順調?」


その後も少しあの事件のことについて語り合った後、

話にひと段落ついた段階で先生がそう聞いてくる。


「いえ、聞いての通り、全く持って」


「そっかー。まぁ、ボス相手なら仕方ないよ。

ボスを動かすなんて古参メンバーでも苦労するだろうし」


「え?」


古参メンバーでも?


「…………みんな、あの道を通るんじゃないんですか?」


「ん?いや、他の人はボスじゃなくて、私とか龍くんとか古参メンバーが相手だよ」


「………………………………………。」


驚くを通り越して、言葉を失くす私。


「あれ?聞いてなかった?」


「き、聞いてないです…………」


ボスを動かすのは古参メンバーでも苦労する。

ということは、ボスと古参メンバーの人達がやるのでは難易度が段違いということ。


「…………わ、私、ボスに嫌われてるんでしょうか?」


「んー。どうだろうねー」


ど、どうだろうねー、って。


「でも、一つ言うならボスはその人がやれないって思ったことは絶対にやらさない人だよ」


「っ!」


「多かれ少なかれ、ボスは結星ちゃんが自分を動かせるっていう目論見があって自分が相手になってるんだと思う。

そもそも、ボスは無駄なことに付き合うほど時間ある人じゃないしね」


「………………………………………。」


そ、そう言われると少し嬉しい気もするけど、


「でも、もうあと2日しかないのに、まだ何も…………」


「よし。それじゃあ、たまには少し先輩らしく私がアドバイスをしてあげよう」


先生はそう言うと、腰を上げ、『stand up!』と私にも立ち上がるように指示する。

そして、階段を少し上り、踊り場のとこに出たところで授業を開始した。


「まずそもそもの問題として、ボスがなんで結星ちゃんに戦い方を教えないのか分かる?」


…………私に戦い方を教えない理由?


「全く分かりません」


「うん、正直でよろしい。実は結星ちゃんに限らず、ボスが他人に戦い方を教えるってことはないの。

私達にも教えたことないし、私達が新人を教える時もあんまり教えちゃダメって言われてる」


「そう……なんですか?」


「うん。で、それは何故かというと、人によって適した戦い方が違うからなんだよね」


「適した戦い方……?」


「殴る、蹴る、投げ飛ばす、押しのける。こういう一見、同じように見える動作でも、

加える力、動かし方、狙う場所、人によってこれは全然違う。

特に私達みたいな可愛くてか弱い女子とむさ苦しい男子とでは、筋肉から考え方まで何もかも違って、

同じ人に教えられて技術を身につけた場合、やっぱりどうしても女子の方が負ける確率が高い」


たしかに。武術だけに限らず、サッカー、野球、バスケ。

どんなスポーツでも男の人がやるものには敵わない。


「でも、それは女子が男子の土俵で戦ってしまっているからであって、

女子だって自分の長所で戦えれば勝ち目は十分にある。っていうのが、ボスの考え」


「っ!」


「実際、バレエや新体操なんかは男子より女子の方が見応えあったりするし、

卓球やあと競技カルタなんかは結構、筋力も関係あるけど、女子が男子に勝つっていう事例も珍しくない。

これは単に分母の違いっていうのもあるけど、

男子の特徴を十二分に発揮出来なかったり、女子が女子の特徴を活かして戦えてるからなんだよね」


「な、なるほど…………」


言われてみれば、卓球は力を使うスポーツでも他とはかなり実態が異なる。

球速に差はあると言っても、道具を挟むことで球速には限界があるし、

同じ道具を挟むものでもゴルフや野球のようにどこまでも飛ばせるわけじゃない。

他にもスピード、身長といった男の人ならではの長所はかなり消されてしまう。

一方であの狭いスペースでやり合うなら女子の柔軟性や繊細さは大きな武器だ。


「で、でも、それはそういう競技だからですよね?

戦いほど男子の特徴が活きるものもないと思うんですが」


「そうだね。でも、逆を言うと、戦闘ほど女子の特徴が活きるものもない」


「っ!!」


「ボクシングも柔道もサッカーも野球も同じ条件のように見えて、

なんだかんだで男子の方が有利なように出来てしまっている。

まぁ、スポーツ自体がそういうものだから仕方ないよね。

でも、実際の戦闘だけは違う。武器、奇襲、隠し球、卑怯な手、何でもあり。

どちらが自分の強みを発揮し切れたかで決着は決まる。つまり、」


先生はそこまで言うと、私に回答権を譲る。


「…………自分に適した戦い方を見つけろってことですね」


「そゆことー」


私に適した戦い方……か。

ボスが私に戦い方を教えてくれない理由は分かった。

先生の説明に納得もした。


でも、


「そ、それを4日間、いや、あと2日の間に見つけろと?」


「フフッ。だ、か、ら、それを結星ちゃんなら出来るって思ったんじゃない?」


「っ!」

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