第13話 訓練

翌日。


「化け物かぁ…………」


私は学校にある外階段に腰を掛け、昼食のパン片手にそう呟く。

昨日、八雲さんが授業で言ってたこと、


『あの人は…………、世界をも滅ぼす力を持った正真正銘の化け物ですよ』


あの言葉が私の頭を駆け巡って消えてくれない。

正直、世界滅ぼすとか、国から支援とか話のスケールデカ過ぎて、理解は出来ても納得はしていない。

だって、私はただの女子高生一人にすら手間取ったんだから。

それなのに、何十億って人がいるこの世界に対して何が出来るのって話だ。


けど、


同時になんとなくあり得るんじゃないかと思っている私もいる。


「…………あの人、ホント、何者なんだろう」


アストラに入ったはいいものの、私は結局、まだボスついて何も知らない。

なんで私を組織に勧誘してきたのかも、なんでここまで色々してくれるのかも、全て謎のままだ。

本人に聞けばいいじゃんって思うかもしれないけど、そういう単純な話でもない。

それにそれを聞いたところであの人は『ただの気まぐれだ』とか言って誤魔化しそうだし。


「はぁ…………」


私は胸の中のモヤモヤを吐き出すようにため息をつく。

と、同時に目の端に映るあの人……『鈴木悠太』の顔。


「ウワッ!!!?」


突然、視界にボスもどきが現れて、私は驚きと共にそう声をあげる。


「なに、堂々と立ち入り禁止の場所に入ってんだ、お前」


「…………え?」


反射的に私が放り投げてしまったパンをキャッチしてそう告げるボスもどき。

私はいきなり過ぎて何について言われたのか分からず、首を傾げる。


「ここ、立ち入り禁止だろ。仮にも警察がルール破ってんじゃねぇよ」


そう言いながらボスもどきは私にパンを返す。

あ、あぁ、そういうこと。

 

「す、すいません…………」


ボスもどきの言い分は至極真っ当なので私も素直に謝罪してパンを受け取る。


「ったく。そんなんだから闇堕ちなんて言われんだよ」


そう言うとボスもどきは私が座ってる4段ほど下の段に腰を下ろした。

あっ、自分も座るんだ。


「っていうか、大丈夫なんですか?学校で私に話かけて」


今まで学校で私たちが話すことはなかった。

理由は単純に今まで接点のなかった私達がいきなり話し始めれば怪しいからだ。


「ケースバイケースだ。誰にも見られてないなら問題ない」


まぁ、たしかにここは立ち入り禁止だし、人も寄り付けないから大丈夫か。

だからこそ、私もここでお昼を食べてたわけだし。


「「…………………………………………。」」


ボスの言葉を最後に続く沈黙。


え、何この時間。気まず。

これ、私から話かけるべきなの?

いや、でも、なんて話しかければ…………、


「…………お前がうちに入って1週間。組織には慣れたか?」


「え、」


私がどう話しかければいいか言葉を探っていると、

ボスもどきが私に背中を向けられたままそんな質問をしてくる。

そ、組織には慣れたか?


「そ、そうですね。まぁ、ぼちぼち…………」


優等生を辞め、人目を気にするのを辞め、バイトも辞め、

あの日の決断はまさに私の人生の転機といえるものだった。

そりゃあ、最初は苦労したし、今も絶賛苦労中だけど、

慣れたかと聞かれれば、だいぶ慣れてきたとは思う。

基地内に有名人がいても驚かなくなったし、

上半身裸の人と中学生が喧嘩してても『あぁ、またか』で済ませられるようになったし。


「じゃあ、訓練の方は?」


「あー、えーっと、そっちはまぁ…………、はい」


勿論、訓練の方は言うまでもなく、うまくいっていない。

運動量は誰よりも少ないのに毎回、気絶してるし。


「安心しろ。最初は誰でもそんなもんだ。

それに龍也がお前はそこそこ見所があると言っていた」


「え、龍也さんが…………?」


「アイツは純粋な武力でいえばウチでもトップクラスだし、見る目も確かだ。

そんなアイツが見所があると言ったんだから問題ないだろう」


「…………………………………………。」


み、認めてもらえてたのは素直に嬉しいけど、

これ、逆にハードル上がってない?


っていうか、なんだろう。このふわふわした感じ。

そういえば、2人きりで話すのってあの時以来な気がする。

ボスは訓練場にはこないし、なんなら基地にもたまにしかいないし。


「…………次の日曜日」


「?」


「次の日曜日、お前には任務に行ってもらう」


「……………………………………………。」


はっ!!!?


「に、任務ですか?」


突然、言い渡されたその言葉に私は思わずそう聞き返す。


「あぁ。まだ内容は決まってないが、様子を見てそこで入れる」


日曜日っていうと、水、木、金、土、日。

あ、あと5日後…………。


「ま、まだ私、戦い方とか異能の使い方とか教えてもらってないんですけど」


訓練でやってるのは基礎訓練まで。

それ以外のところはまだやらなくていいと言われていた。


「あぁ。だから、今日で解禁だ。4日で戦えるようになれ」


よ、4日でって…………。


「そんな付け焼き刃で大丈夫なんですか?」


「問題ない。俺が訓練をつける」


「っ!!」


ボスが……?


ボスもどきはそう言うと、腰を上げ、扉の方へと向かっていく。


「学校終わったら寄り道せずに帰ってこいよ。俺より遅かったら訓練倍な」


ん?訓練倍……?

く、訓練倍!!?


…………ダ、ダメだ。それだけはダメだ。確実に死ぬ。

何としてでも、ボスより早く帰らないと…………。



◇◆◇◆



「はい、訓練倍な」


「ゼー、ゼー、ゼー、ゼー」


息を枯らした私の前に立つボス。

学校が終わると同時に全速力で走って基地に帰ってきた私だったが、

扉を開けた先にはもう制服から訓練服に着替えたボスが待っていった。

ついでに顔も元に戻ってる。


…………おかしい。絶対におかしい。


「わ、私が……はぁ、はぁ、教室出た時、まだ教室に、いましたよね?

な、なんで……、それで私より早いんですか…………」


「秘密だ。強いていえば、お前が遅い」


いやいや、絶対、最初から私より先に着けると分かってたでしょ。

こんなことならまだ遅れてきて訓練の時間を短くした方が良かった。


「それじゃあ、早速、始めるぞ。準備しろ」


「…………はい」



◇◆◇◆



「お、お待たせしました」


制服から動きやすい服装に着替え、訓練場に来た私は待っていたボスに向かってそう告げる。


「準備に20分…………。時間稼ぎしたな」


『ギクッ』


「まぁいい。どうせ訓練は倍だからな。数分減ったところで問題ない」


「……………………………………。」


鬼だ、この人。

ボスはそういうと私に背を向けて歩き出し、

何やら人一人立てるくらいの丸い円が描かれている床の上で止まり、再び、私と向き合った。


「訓練内容だが、お前には今日から4日間、ひたすら俺とやり合ってもらう」


「っ!!?」


ボスと……やり合う?


「戦い方を教えてくれるんじゃなかったんですか?」


「俺は一度も教えるなんて言ってない。訓練をつけてやると言っただけだ。

戦い方はやっていく中で学べ」


えぇぇぇ。

パンチの仕方すら知らない私がどうやり合えと?


「ひとまずの目標は俺の足をこの円の外側の床につけさすこと。

殴るでも、蹴るでも、捕まえるでも、押すでも、自由に攻めてこい。

ただし、異能や武器は使おうとするな」


「外側に?それだけですか?」


円は一歩でも動かせれば追い出せてしまうほど小さい。

押せばすぐに追い出せてしまえそうだ。


「あぁ、それだけだ。良かったな、楽な目標で」


「?」


そう言って不敵な笑みを浮かべるボス。

その顔はとても『良かった』なんて言ってる顔じゃなかった。


「それじゃあ、訓練開始だ。いつでもかかってこい」


そう言ってボスは私を挑発する。

けど、


し、仕掛けてこいって言われても、私、人殴ったこととかないし…………。


私はとりあえず、ボスを押してみようと思い、手を前に差し出す。

そして、私の手がボスの胸に触れそうになった瞬間、


私は床に仰向けで倒れていた。


「…………は?」


視界に映る天井と下からのボスの顔。


え?なに?倒された?

ってか、今どうやって…………。


「どうした?俺は俺と“やり合ってもらう”と言ったはずだぞ。

まさか女子だから一方的にやらせてもらえるとでも思ったのか?」


「っ!!」


私はそこで初めて気づく。


「舐めるなよ。お前の前に今立ってるのは、」


…………世界を滅ぼす力を持った正真正銘の化け物。


私は床に手をつき、背中がビリビリと痺れる感覚を感じながら立ち上がる。


そうだ。私なんかが誰の心配をしている。

覚悟はもうとっくに決めた。

強くなる為に今更、躊躇することなんて何一つない。


「いきます」


「あぁ。こい」



◇◆◇◆



午後8時。


訓練場に通じる扉が開かれて、そこから白髪の男が現れる。

今さっき任務を終えて帰ってきた龍也だ。


「?」


龍也は訓練場に入ると、すぐにいつもと様子が違うことに気づく。

いつもは活気ある場所が静寂に包まれ、

全員が立ち止まって、訓練場の中央へと目を向けていたのだ。


「おい、なんかあったのか?」


龍也は集団の中から駿を見つけると、そう尋ねる。

すると、駿は前方に首をクイッとやって、龍也の目を誘導した。


「あれだよ、あれ」


龍也は駿の誘導に従い、目線を前方へと向ける。

すると、そこには結人に攻撃をいなされ続ける結星の姿。


「僕が帰ってからもう3時間。ずっとあの調子だよ」


「あぁ、そういや、今日からだったか」


あらかじめ、この訓練のことを聞かされていた龍也はすぐに現状を理解する。


「にしても…………、」


結人に攻撃をいなされ続ける結星の身体にはあちこちに痣や細かな傷が出来ている。

一方で結人の方には傷どころか、汗一つかいていない。


「アイツにはホント容赦ねぇな、ボスは」


龍也はそんな結人の姿を見て、結人に話を持ちかけられた時のことを思い出す。



『龍也。悪いが、結星が任務に出るまでの4日間、俺にくれないか?』


『っ、アイツをボスが?』


『あぁ』


(ボスは忙しい人だ。あんまり基地にいないのも任務にフル稼働で出てるからってのはみんな知ってる。

だから、新人教育は大体、俺や俺以外の古参メンバーに任せてる。

…………なのに、アイツだけボス自ら?)


『もしかして、この前、俺が素質があるって言ったの関係ありますか?

あれはまぁ、嘘じゃないっすけど、鳥飼やハレンチ女ほどのものではないですよ?』


『あぁ、分かってる』


『じゃあ、なんで?』


『…………悪いが、それは言えない。

だから、何も聞かずに俺を信じて任せてくれ』


(任せてくれ……ね)


『…………分かりました。アイツのことはボスに任せます』


『あぁ、悪いな』



「…………んなこと、アンタ、なかなか言わねぇだろ」


「?」


(少しでも照れたり、動揺したりしてくれればこっちも幾分か納得出来るんだけどな。

アイツに俺らが気づいていない何かがあるのか。それとも…………、)


龍也はそこまで考えて思考を放棄する。

何故なら、その先は古参メンバーも触れられない禁忌だからだ。


考えるのをやめた龍也はそのモヤモヤをかき消すように頭を雑に掻く。

そして、吹っ切れるとみんなに対して怒号を飛ばした。


「おらぁ!!俺たちもいつまでも見てねぇで自分の訓練やんぞー!」


「「「「「う、うっす!」」」」」


龍也の声で訓練を始めるみんな。

ただし、駿だけはその命令に従わず、まだ訓練場の中央へと目を向けていた。


「お前もだ」


駿の服を掴んで摘み上げ、龍也はそう告げる。


「えぇぇぇー。いつ終わるか分かんないじゃーん」


「チッ。…………どうせしばらくは終わんねぇよ」

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