第12話 アストラ

あの事件から1週間が経った。


先生の言う通り、世間に公表されたその事件に対する内容は大きく書き換えられ、

犯人は麗ではなく、40歳無職の男性という架空の人物の仕業になっていた。

最初こそ事件の反響は大きく、テレビやSNSでも多く取り上げられ話題になったが、

5日もすればだいぶその火は収まり、1週間経った今では殆ど誰もその話をしていない。

まぁ、他人から見れば、たまにある事件の一つって感じなのだろう。


なんか華が忘れられていくようで寂しい気もするが、

私も私でいつまでもあの事件だけに囚われているわけにもいかない。


3日間の休校ののち、学校は再開された。

麗が事件に関わってることは報道されていないので、

麗がいないことにはみんな戸惑っていたが、

ひとまず『麗はショックで寝込んでしまった』という話になっている。

もう少し経ったら『転校することになった』という話にするらしい。


麗、華、私の3人がいつも一緒にいたことはみんな知ってるので、

事情を聞かれる矛先が私に向くという危険性もあったが、


「ねぇ、あれだよね」

「うん。雰囲気変わったよねー」


廊下で私とすれ違った後、そう囁き合う他クラスの同期生達。

最近、この学校では華の事件と共にもう一つの事件が話題となった。

そのもう一つの事件とは『赤髪の天使』が闇落ちしたというもの。


無論、その『赤髪の天使』というのは私だ。

そして、闇落ちというのは私がイメチェンをしたことからそう言われている。


長年切っていなかった髪を肩までバッサリ切り、

右耳には『H』左耳には『U』の文字のピアス。

そして、胸元にハートのネックレス。


今まで飾り気など一切なかった私がいきなりこんな格好で現れたことで、

最初の知名度も相まって闇落ちなんて言われてしまったわけだ。

しかし、事件の直後というのもあってその背景を察したみんながそれについて深く聞いてくることはなかった。

そういうつもりじゃなかったけど、結果的にいい方に働いて良かった。


で、みんなも気になってるだろうけど、

ボスが自分だと言った『鈴木悠太』


なんとこの人…………、


私と同じクラスでした。(しかも、席が通路挟んで左隣)

なんで気づかないのと思うかもしれないけど、これは仕方ないと思う。

だってあの人、学校だともっさり黒髪黒縁メガネのド陰キャなんだもん。

ボスでいる時とのギャップ……ってか、別人すぎて流石に分からない。


更にそれに加えて、


「こら、結星ちゃん!ちゃんと前向きなさい!」


私を指差してそう注意する絵里先生。


なんだかもう訳わからなくなってきた。

先生は先輩だし。同級生はボスだし。

同級生ボスなのに部下の授業受けてるし。


今まで何気なく過ごしていた学校生活だったけど、

その内情を知ると、とんでもなく違和感を感じる。


「はぁ」


なんか前よりも気を使う気が…………。



◇◆◇◆



学校が終わり、私は今の私の家である基地へと帰ってきていた。

これはあとで知ったことだが、この基地は巷で『海外の大富豪の別荘』と呼ばれている家だった。

ホテルを横にしたみたいな大きな家をそれを隠すように木と柵が取り囲んでいる。

ちなみに部屋は私が最初に連れて行かれた部屋をそのまま貰い受けることになった。

家賃、敷金礼金タダ。ベッド、トイレ、シャワールーム、机などなど諸々完備の9畳快適スペースだ。


この基地はちょっと豪華なシェアハウスみたいになっていって、こういう部屋が幾つもあり、

お風呂、洗濯機・乾燥機、共用トイレが男女別であってキッチンと食堂だけが一緒になっている。

その他も訓練場や娯楽スペース、あと、ご存知の通り、星が見渡せる屋上スペースなどなど色々あって全部タダ。

キッチンにある冷蔵庫の食材は名前の書いてないものなら何でも使っていいし、

何だったらお手伝いさんがいるのでその人に言えば、料理も作ってくれる。


…………正直に言おう。


この基地での暮らしはとても快適だ。

今までお金に困ってきた私にとって、ここは理想郷と言ってもいい。


ただし、


勿論、これらのものが何の制約もなく使えるわけはない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


私は肩を大きく揺らし、膝に手をつく。


「おらおら、もう休みか、新入りー!」


私が止まると、外野から飛んでくる声。

すると、私が止まっているうちに私と何周もつけた人達がまた私を追い抜いていく。


あの豪華な設備が使えるのは任務の達成義務あってのもの。

よって、私のような新入りは一刻でも早く一人前になることが求められる。

土日は勿論、学校から帰れば休む暇なく、訓練開始。

地獄のようなメニューを9時半頃までやらされる。


…………これでも最初は自信があった。

元々の身体能力は然程高くないとはいえ、学校で基礎能力は上位に食い込めるまで仕上げてきた。

女子だけど50メートルは6秒台に届くし、長距離走なら男子含めても5位以内には入れる。


それなのに、この基地の中では私が圧倒的ドベだ。

短距離も長距離も誰一人として私が勝てる人はいない。

正直、ここに来てもう何度も心は折れている。


それでも、私は止まるわけにはいかない。


私は顔を上げ、もう上がらない足を意地だけで上げて、訓練を再開する。


少しでも罪を償えるように。

あの日の誓いは私の胸にある。



◇◆◇◆



「ブッ!!!」


私は突然、溺れたような感覚に襲われ、口の中の水を吐き出すと共に目を覚ます。

すると、目に映るのは私に向けてペットボトルを逆さにする男の人の姿。


狼のような目つきに少し輝いて見える白髪。

そして、露わにされたムキムキの上半身とそこに彫られた龍の刺青。


「いつまで寝てんだ、新入り。もう訓練の時間、終わってんぞ」


そう言う彼の名は東郷龍也とうごうりゅうやさん。

この人もアストラのメンバーで私の先輩だ。


私は龍也さんの言葉を受け、身体を起こしながら時計に目を向ける。

すると、時計の短針が指すのは『9』の数字。


「っ!」


いつの間にこんな時間…………。

どうやら私はまた気絶してしまったらしい。


「ったく。毎度、毎度、ぶっ倒れるまでやりやがって」


「す、すいません…………」


私は呆れたようにそう言う龍也さんに謝罪する。

すると、そのやり取りを見ていたもう一人の男の子が割って入る。


「謝ることないって、結星っちー。龍也なんて最初の頃、ゲボ吐きまくって超迷惑だったんだから」


そう言ったのは触手のようにすーっと伸びた後ろ髪が特徴の男の子。

彼の名前は磁動駿じどうしゅんくん。

そのあどけなさを残した顔の通り、まだ中学生1年生らしい。


「テメェ、駿、余計なこと言ってんじゃねぇ!」


「だって本当のことじゃーん!」


そういいながら訓練の後だというのに追いかけっこをする二人。

二人はいつもああして喧嘩してる。

でも、その割にはいつも一緒にいるし、仲が良いのか、悪いのかイマイチ分からない。



◇◆◇◆



訓練が終わるとお風呂に入り、晩御飯を食べ、就寝。

と、いきたいところだけだけど、時計の短針が『11』の数字を刺しても私に就寝の許可は降りない。

ここから更に1時間、マスク長髪の八雲さんによる授業の時間がある。


この基地には治療係という人達がいて、その人達に頼むと訓練中に負った傷や疲労は

異能で治してくれるのだが、それでも疲労感までは消せない。

正直、訓練の時間より眠気に耐えながら受けるこの授業の時間の方がキツかったりする。


「昨日も言った通り、私達の組織は役職上、警察の秘密部隊ということになっています。

しかし、この部隊は警察が立ち上げた部隊というわけではなく、

元々は私達のボス、つまり、夜神結人が立ち上げた『アストラ』という組織を、

警察がそのまま『特殊異能対策部隊』という形で囲い込み、私達は警察組織の一部という肩書きを得ました」


授業が始まると、八雲さんは昨日のおさらいから入る。

もう既に私は睡魔に襲われ、私の隣で授業を受けている駿くんは寝ているが、

私は根性で瞼をこじ開け、八雲さんの話を聞く。

正直、昨日はほぼ寝てたから今の話も初耳で驚いている。


「よって、私達、アストラは他の警察部隊と事情がかなり異なります。

言うなれば、上からの干渉を受けない独立部隊という感じでしょうか」


独立部隊…………。


「現在、アストラのメンバーはあなたを含めて、253人。

うち、100人ほどが私達の身の回りの管理や機械類担当のサポートメンバーで、

残りが戦闘員となっています。基地は北海道、岐阜、大分、沖縄、

そして、ここ福島に5つあり、そこからそれぞれ任務を受け、任務に向かうという形になります」


「な、なるほど…………」


意外と規模はそんなに大きくないんだ。


「…………あなた、今、イキってる割には小さな組織とか思いましたね?」


『ギクッ』


私は八雲さんに図星を突かれて、身体を大きく反応させる。

い、いや、そこまで思ってないけどさ。


「たしかに人数や基地の数だけで言うのであれば、この組織は決して大組織と言えないでしょう。

しかし、それはボスによる多方面への配慮あってのものなのです」


多方面への配慮……?


「どういうことですか?」


「パワーバランスが崩れるって話だよ」


八雲さんの言葉の意味が理解できず、私が質問すると、私の斜め後ろから声が聞こえてくる。

声に反応して後ろの方に目を向けると、そこにいたのは、

なぜか私についてきた駿くんのお守りで駿くんについてきていた龍也さんだった。


「パ、パワーバランス?」


「さっき八雲の野郎が言った通り、俺らは警察組織の一部だ。

が、はっきり言って、俺らと警察でやれば100:0で俺らが勝つ」


「っ!?」


け、警察と戦って勝つ?

その勝つというのが明言されたわけじゃないが、話の流れ的に力でということだろう。

でも、警察は全国に29万人もいる。それをたった253人で?


「はぁ…………。龍也さん、あなたの説明は配慮に欠けすぎる」


八雲さんは龍也さんの言葉を受け、頭を抱えて呆れたようにそう告げる。


「ここには俺達しかいねぇんだからいいだろうが。

つうか、そんな言葉選んでたら伝わるもんも伝わんねぇよ」


「はぁ…………」


な、なに、どういうこと?


「だ、か、ら、俺達は警察から……いや、政府から嫌われてんだよ」


「…………え?」


政府から?


「警察組織の一部でありながら、警察全体より、政府全体が保有する力より強い力を持っている。

それを政府は疎ましく思ってるわけだ。

だから、ボスはそれを気にして、敢えて、人数を制限してんだよ」


「っ!!!?」


龍也さんがキレ気味でしたその回答に私は眠気が吹っ飛ぶほど驚く。

でも、こんな話を聞かされれば誰でも驚くだろう。


「い、いや、でも、それっておかしくないですか?」


話の中に矛盾を見つけた私は二人の説明に対して疑問を呈する。


「今、聞いた話を纏めると要は、私達が下ですよアピールをしてるってことですよね?」


「まぁ、簡単に言えばそうだな」


「でも、それならこの基地、ちょっと豪華過ぎないですか?

ある意味この組織の異常さというか、力を表してしまってる気がするのですが」


「ふむ、流石にボスが認めただけはありますね。話をよく理解できている。

ですが、それもまたボスによる多方面への配慮という理由で片付きます」


「?」


またその言葉の意味が理解できず、私が頭の上に『?』を浮かべていると、

またまた龍也さんが八雲さんの言葉の意味を説明する。


「アストラが政府に嫌われてる理由としてもう一つ、海外との関わりってのがある」


「海外との関わり?」


「あぁ。日本はこの界隈じゃ『異能発展国』って言われてて特に強い異能が集まってる。

だが、もし他国がそれに対抗して異能を広め始めれば、世界が崩壊しかねない。

だから、ボスが圧力をかけてんだ。もし異能を広めるようなことをすれば俺が国を滅ぼすってな」


「っ!!!!?」


世界の崩壊?国を滅ぼす?

自分が想像してるより何倍も大きな話が来て私の頭は理解のキャパを超える。


「ちょ、ちょっと、何言って…………、」


「黙って聞いてろ。どうせ詳しく聞いてもわかんねぇから」


「…………………………………………。」


たしかに詳しく聞いても分かりそうにないので私は口を閉じる。


「他国としても夜神結人と敵対するのは避けたい展開だ。

だから、大人しくしてるどころか、早くも絶対に勝てないと悟った国は

ボスがいらないと言ってるにも関わらず、献上品のように色々支援してくるんだよ」


「…………まぁ、ただ怯えているだけというわけではなく、

私達はたまに海外でも活動したりするのでそのお礼というのもありますがね」


龍也さんの説明にそう捕捉する八雲さん。

しかし、それを聞いたところで納得できるようなものでもない。


「そんなこんなあって、さっきの多方面への配慮という話に戻ってきます。

他国からすれば、支援してるのに支援を使った痕跡がなければ、

気に入ってないんじゃないかと、本当は攻める機会を疑ってるんじゃないかという話になります。

それを回避する為に、建前も含めて、ボスはこうしてちゃっかりアピールしているわけです。

それと先程、基地は5つだけと言いましたが、ボスは世界各地に別荘を持っています。

ただそれはこの国には内緒にして、海外にはアピールしてたりするのです」


「……………………………………………。」


説明は終わったみたいだけど、私の頭はまだ全てを処理できておらず、私はフリーズする。

しかし、最終的に私の頭はある一つの結論を出し、二人にこう質問する。


「ボ、ボスってそんなにすごい人なんですか?」


「さっきの話、聞いてなかったのか?」


「あの人は…………、世界をも滅ぼす力を持った正真正銘の化け物ですよ」

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