第11話 決断

私は先生に案内され、迷路みたいに大きな家の中を通って屋上に出る。

すると、そこには落下防止の柵に寄りかかりながら、

先生の言う通り、夜空の星に目を向ける夜神さんの姿があった。


「…………はぁ、やっと来たか」


夜神さんは夜空を見たままそう言うと夜空から私の方へと目線を移す。


やっと?

ということは、私を待ってたってこと?


すっかり日は落ちているけど、夜空との距離が近いからか、月と星の光のお陰で夜神さんの姿はくっきりと見える。

そして、その表情は如何にも『待ちくたびれた』というものだった。


「ねぇ、結星ちゃん、聞いた?『やっと来たか』だって。

自分が結星ちゃん危険に晒しておいて偉そうに。どう思う?」


後ろからわざわざ夜神さんに聞こえる声でそう言ってくる先生。

これはこの人なりの夜神さんへ仕返しなのだろうか。


「おい絵里、うるさいぞ。お前、仕事残ってんだから早くいけ」


「残念ー!言われなくても今いくところでしたー!」


…………え?

いくって、先生いなくなっちゃうの?


「それじゃあ、結星ちゃん、私、まだ今日……ってか、昨日の事後処理が地獄のように残ってるから…………」


そう言う先生の目は完全に死んでいた。

夜神さんと2人きりは流石にキツいから引き止めたい気持ちは山々だけど、

先生のその目を見たら引き止めることは出来ない。


「あ、ありがとうございました。お仕事、頑張ってください…………」


私は気持ちを押し殺して先生にエールを送る。


「えーーーーん!!結星ちゃん、超いい子ー!!

いい?絶対に結星ちゃんはあんなパワハラマシーンみたいなのになっちゃダメだからね!」


先生は私に抱きつきながら夜神さんを指差してそう告げる。


「だれがバワハラマシーンだ、バカ。とっとといけ」


そうして、先生はもごもごと愚痴を言いながらも屋上扉から去っていく。

と思ったら、扉がしまった直後、またすぐに少しだけ扉が開かれた。

すると、その扉の隙間から先生が顔だけ出して最後の置き土産とばかりに一言言い残していく。


「結星ちゃん、その人、パワハラだけじゃなくてセクハラもしてくるから気をつけてね」


さっきまであんだけうるさかった先生は妙にリアルに小声でそう言うと、

扉を閉めて、今度こそ本当に去っていく。


セ、セクハラ!?


「………ったく、アイツは。誰がいつセクハラしたよ」


呆れたようにそう呟く夜神さん。

その反応は特に焦った感じとかはない。

自分が無実だということ知っているからだろう。


でも…………、


夜神さんは先生が去っていった屋上扉からこっちに視線を戻す。

その瞬間、私は少しだけ身体をびくつかせた。


「あ?お前も何ちょっと信じてんだよ」


夜神さんは私の反応を見るとそう告げる。


「い、いや、でも、私の着替え…………」


そう、この人には私の服を着替えさせた疑いがある。

それが先生の言葉を嘘と言い切れない理由だ。


「あぁ、そういうことか。言っとくが、お前の服を着替えさせたのは俺じゃないぞ。

お前の怪我を治した奴だ。ちなみに女。これで俺の無実は証明できたか?」


「っ!」


お、女…………。そっか、良かった…………。

それなら私の裸は見られて…………、


「まぁ、あの後、お前の服も燃えてボロボロになったから、

一瞬、色々見えたが、すぐに布着せたし、あれは不可抗力だろ」


え……………………………………………………。


さらっと何事もなかったかのように告げられるその言葉。


さっきまで暖かかった私の身体はまるで雪山にでも飛ばれたように一気に冷えていく。

い、色々見えた?不可抗力?


夜神さんはまだ何か喋っているが、その言葉はものの見事に私の左耳から右耳へと流れ出ていく。

裸、見られた。裸、見られた。裸、見られた。


「おーい、聞いてんのかー?」


「っ!」


私はいつの間にか側に近寄ってきていた夜神さんに耳元で話しかけられ、ようやく自我を取り戻す。

そして、夜神さんが側に近寄ってきていることに気づくと、反射的に夜神さんから距離をとった。


「…………………………………。」


夜神さんはまた私と距離を詰めるが、私はまた無言で距離をとる。

そして、それが2、3度続き…………、


「はぁ…………、分かった」


私の反応を受けて、夜神さんはため息をつくとそう呟く。


「うちに記憶を操作できる奴が1人いるから後でお前の裸を見た記憶は消しておく。それでいいか?」


「っ!!」


そ、そんな異能が……!


「ぜ、ぜひ、お願いします。私も立ち会うので」


「いや、いいよ。別に危険とかないし」


「いえ、そういう問題ではなく。立ち会います」


「…………ま、まぁ、いいけど」


私の圧に押されたのか、夜神さんは面倒くさそうにしながらも承諾する。

これで私の裸は守られた。


「で、話を戻すが、お前、俺になんか話があるから来たんじゃないのか?

もし、そんなことを確かめに来たのなら、俺はもう寝るぞ」


あっ。

そういえば、そうだった。


私は夜神さんにそう言われて自分の目的を思い出す。

私にとってはそんなことじゃないけど、確かに話が逸れている。


夜神さんは私に質問を投げ掛けると屋上に設置されたベンチまで歩いて、そこに腰を下ろす。

そして、私からの言葉を待ってるのか、夜神さんは口を開かず、私のことを静観している。

それに対して、私は夜神さんの方に身体を向けると、ゆっくり口を開いた。


「…………わ、私はアストラに入るべきなんでしょうか?」


私の口から出た直球の質問。

しかし、夜神さんもそれは予想していたのか、特に驚いた様子はない。


「お前はどうしたいんだ?」


「…………しょ、正直に答えるなら、分からない。というのが今の私の答えです」


自分で答えを出すべきだとは理解しつつ、私はそう答える。


「明日葉麗と会う前のお前はアストラに入りたがっているように見えた」


「はい…………。実際、そう思っていたと思います。

私は変化を望んでいた。孤独と退屈に満ち溢れた人生が変わるその日をずっと待っていた。

けど、華と麗を失って、気づいてしまったんです。

私の人生を孤独と退屈たらしめていたのは、他でもない自分自身だって」


きっと一歩、あの子達に近寄れてたら違っていた。

私が不幸なヒロイン気取って彼女達に一歩引いて接してしまったからあの結果は訪れた。


「…………だが、酷な話をすると、もうそこには戻れない。

宮内華は死に、明日葉麗は牢獄行きだ。

今、お前がそれに気づいたところで日常に戻ってもまた待っているのはあの日々だ」


「………………………………………。」


分かってる。

もう何もかも遅いんだってことは私が1番分かってる。


でも、


「…………今回の結果を招いてしまったのは私の責任です。

友達一人救えないどころか、私はその友達を地獄に追いやってしまった。

そんな私に誰かを救う資格も幸せになる資格もあるとは思えません」


2人が幸せになれなくて、私だけが報われるなんて話があっていいわけない。

例え、私に待つのがまたあの日常でも私はそれに耐える義務がある。


「資格、か」


夜神さんは私の言葉を受けて、少し俯き気味で私の言葉を反芻する。

そして、そこから少し体制を変え、身体の前で宙ぶらりんになっていた

手を握り合わせると、その手に強く力を込めた。

それも指が手の皮にめり込んでしまうほど。


「…………昔の話だ。俺はある1人の人を見殺しにした」


「っ!?」


「その人は俺にとっての大恩人で“俺たち”の全てだった。

あの人がいなければ今の俺はいない。

そう言い切れるほど俺はあの人から何もかも貰ったんだ」


「…………………………………………。」


「でも、あの日、俺はあの人を見殺しにした。

助けられなかったわけじゃない。助けなかったんだ。

俺にとってその人の命よりもっと大切なものがあったから」


何の話をしているかは分からない。

懺悔なのか、怒りなのか、その声には色々な感情が篭っているような気がする。

きっと言葉では表せない壮絶な何かがあったのだろう。


でも、その話をしている夜神さんは不思議と年相応の男の子に見えた。


「…………いいか、よく聞け」


「っ、」


夜神さんは顔を上げると、再び、前までの夜神さんに戻る。


「資格という話だったら俺にだってない。今のは俺の人生の一部だ。

それ以外にも俺は色々、拭っても拭いきれない罪を背負っている。

…………それにお前や俺だけじゃない。

ここには元不良で散々、人に迷惑かけてた奴もいれば、

実際に人を殺した過去を持ってる奴だっている」


「っ………………、」


「それでも、俺たちは戦ってるんだ。

何か立派な大義があるわけでも、これで過去を清算しようなんてつもりもない。

それでも、少しでも過去の罪を償おうと戦ってるんだ。

これは綺麗事なんかじゃない、どれだけ崇高な動機がある奴にも出来ない、

誰よりも痛みを知る俺たちだからこそ成し遂げられる仕事だ」


熱を帯びる夜神さんの言葉。

その言葉が夜神さんの覚悟とそして、これから私が下さなければいけない決断を重くする。


「いいか、よく考えろ。俺は俺たちが出した答えが正しいなんて言うつもりはない。

お前が今、選ぼうとしている道も同じくらい険しく、辛いものとなるのは確かだ。

どっちを選んだからと言って、決してお前の胸の痛みが消えることはない。

…………それでも。それでもだ。

宮内華の無念、明日葉麗の苦しみ、そして、お前の思い。

これらの、いや、お前の今までの人生、全てを踏まえて、お前が答えを出せ。

お前が死ぬほど考えて答えが出せないのは百も承知だ。

…………それでもお前が答えを出せ。それがお前の贖罪の第一歩だ」


夜神さんはそこまで言うと私に何かを放り投げる。

私は驚きつつも、なんとかそれをキャッチする。

すると、手の中に収まったのは銀のハートのネックレスだった。


「…………これは?」


そのネックレスに特に見覚えのなかった私は夜神さんにそう質問する。


「明日葉麗からお前に渡してくれと言われた。

嫌なら捨ててくれていいという伝言と一緒にな」


「?」


麗から?

麗も華もこんなものをつけていた覚えはない。

かと言って、麗と私の接点といえば、そこだけだ。


どう見ても私のキャラには似合わないハートのネックレス。

どうして、こんなものを…………、


「っ!」


そうか。

これはあの時の…………、



『ねぇ、あさりん、もうすぐ誕生日だよね?』


『えっ、』


私は麗の言葉を受け、教室にあるカレンダーに目を向ける。

今日が6月28日で私の誕生日7月5日。

たしかにあと1週間のところまで来ている。


『う、うん』


言われて初めて気づいた私だったが、あたかも知ってたかにように返事を返した。


『えっ、本当?知らなかった……ってか、なんで麗知ってんの?』


私達のやり取りを経てそれを見た華がそう告げる。

たしかに。私は誰にも誕生日を教えた覚えがない。


『いや、この前、あさりんが生徒手帳落とした時にチラッとね』


『なるほど。そういえば、去年一回も結星の誕生日祝ってなかったような…………、』


『うん。私達とあさりん、その時はまだギリギリ出会ってなかったからね。だから、今年こそは』


そう言うと2人は息ぴったりで私の方を向いてこう聞いてくる。


『『…………何欲しい?』』


『え?』


『誕プレだよ、誕プレ!何欲しい!?』


私が首を傾げていると、麗が何故分からないのかと言わんばかりにそう言ってくる。


誕プレ?

それって友達同士で渡すものなの?


イマイチ女子高生の常識が分かっていない私はそれに戸惑うと共に何が欲しいかを考える。

本当に欲しいものでいえば、お金とかあと家で使える雑貨とかだけど、

それを言えば冷めるってことぐらいは私にも分かる。

となると、今言うべきは本当に欲しいものじゃなく、女子高生らしいもの。


…………だけど、あいにく、私はそんなもの知らない。

でも、ここは学校だ。女子高生らしいものなどそこら中に転がっている。

私はここが学校というアドバンテージを最大限活かし、悩むフリしながら周りを観察する。

女子高生らしいもの、女子高生らしいもの…………、


『え、えーっと、アクセ……とか?』


『ア、アクセ?』


私の答えに反射的にそう聞き返す麗。

それと同時に私は理解する。


あっ、間違った。


『プッ。ア、アクセってそれ、高校生の友達の誕プレで頼むもんじゃないでしょ!!』

『ってか、結星がアクセつけてるとこ、見たことないし!』

『それなー!』


私の答えを受けて、大爆笑する2人。

私は顔を俯かせて急いで自分の世界へ逃げ込む。


だって、しょうがないじゃん。知らないんだから。

私だって本当はアクセなんて欲しくないし。

しれーっと売れそうだからアクセにしただけだし。

第一、私はあなた達なんかとは…………、『あさりん、あさりん』


私が顔を真っ赤にして、自分の世界に逃げ込んでいると、私の肩がとんとんと叩かれる。

それに対して、顔をそっと上げると、そこには優しい笑みを浮かべた2人の顔。


『7月5日、楽しみにしてて』

『あさりんのイメージかき消すくらいのとびきり可愛いやつ選んでくるから』



私は数日前にあった何気ないひと時を思い出し、

今、夜神さんから渡されたハートのネックレスに再び視線を落とす。


今日は7月4日。まだ私の誕生日にはなってない。

1日早い誕生日プレゼント。


…………麗は分かってた。

華と麗で私の誕生日を祝う日が来ることはないと。

それでも、もしかしたら、来るんじゃないかと、来て欲しいと願ってこれを…………。


私はネックレスを握りしめ、それを胸に押し付ける。


なんでもっと早く気づいてあげられなかったんだろう。

なんで自分だけが不幸だなんて思ってしまったんだろう。


どの道を選べば一番、二人への贖罪になるのかは分からない。

それはきっと夜神さんの言う通り、どれだけ考えたところで答えを出せるものでもないのだろう。

それでも少しでも彼女達の意図を汲み取るのなら、



私が私らしく生きれる道へ。



私は手に持ったハートのネックレスを首につける。

当然、ネックレスなんてものはつけたことがなく、少し変な感じがする。

でも、そこには不思議と悪くないと思っている自分がいた。


「…………答えは出たか?」


私の行動を見て夜神さんがそう聞いてくる。

私はそれに対して、顔を上げるとこう答える。


「はい。私をアストラに入れてください」


「…………それでいいんだな?」


「はい。優等生の朝日結星はもういませんから」


「…………分かった。お前のアストラ入隊を許可する」


この道であっているのか答えを出した今でも分からない。

けど、これからは私が犯した消えることのない罪を少しでも償えるように。



「あっ、でも、入隊するなら、その夜神さんって呼び方、禁止な」


「え?」


話にひと段落つくと、夜神さんは立ち上がり、思い出したようにそう告げる。


「お前に夜神さんって呼ばれるのはなんだか気持ちが悪い。

だから、俺を呼ぶならそれ以外の呼び方で呼べ」


「い、いや、そうは言われても…………」


私にとって夜神さんは夜神さんだし。


「じゃあ、夜神さんは他の人からは何て呼ばれてるんですか?」


「ん?まぁ、結構バラバラだけど、やっぱり1番多いのはボスだな」


あっ、そうだった。

ボス。ボスかぁ…………。


口に馴染みがなさすぎて気持ち悪い。

けど、慣れれば短くて言いやすいっていうのはある。

まぁ、いきなり呼び方変えればどれも気持ち悪い感じするし、私もボスでいっか。


「…………そうだ。あと、お前、家はどうする?」


「家……ですか?」


「あぁ。うちに入隊した奴は大体、基地に引っ越してくる。

その方が楽だし、あとシンプルに家がないって奴もいる。

お前ん家も結構アレだし、どうせなら引っ越してくるか?」


「っ!!」


あのボロ家とおさらば。

でも、あの家は苦労して手に入れたものだし、離れたくない気も…………。


「是非、お願いします」


いや、特にしないな。


「それじゃあ、荷物を……って、今日はもう遅いからとりあえず、

夜が明けるまでここに泊まって、朝になったら必要な荷物だけ纏めてここに来い。

布団とか、調理器具はこだわりあるんだったら持ってきてもいいが、

大体、なんでも基地内にあるから必要最低限のものだけでいいぞ」


「りょ、了解です」


なんかどんどん話が進んでいってしまうんだけど、大丈夫なのだろうか。

今、私、ものの数秒でボスが出来て、引っ越すことになったんだけど。


「…………それと、最後にもう一つだけ」


「?」


夜神さんは屋上の扉に向かいつつ、ギリギリで話についていってる私にそう告げる。


「学校が再開しても『鈴木悠太』って奴には話かけるなよ」


「え?…………ど、どうしてですか?」


私はその意味不明な忠告に思わずそう質問する。

すると、返ってきたのは衝撃の答えだった。


「その鈴木悠太って奴は俺だからだ」


「……………………………………………。」


え?


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」



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読んで頂きありがとうございます。

面白くなるまで一気に話を進めましたが、ここから少し更新が落ち着きます。

更新は不定期になるので、フォローして待って頂けるとありがたいです。

よろしくお願いします。

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