【10分小説】この木の実は誰のもの?
北 条猿(Kita Jyouen)
この木の実は誰のもの?
とある小さな森の中。一匹の白うさぎが巣穴の中ですすり泣く声が、小鳥の歌声に隠れてかすかに響いていた。
「ハナいる?そろそろ長老様のところに行く時間だよ。一緒に行こうよ……って、ハナ?泣いてるの……?」
白うさぎのハナの幼馴染で友達思いな黒うさぎのリンは、巣穴の奥で肩を揺らし泣いているハナに近づいて、優しく背中を撫でてあげた。ハナは、リンが来てくれたことでわんわんといっそうひどく泣いてしまった。
リンがずっと優しくハナの背中を撫でていると、ようやくハナは泣き止み、リンに自分が泣いていた理由を時折詰まりながらも必死に説明した。
「1年間必死に集めた木の実がね、さっき巣穴に帰ってきたらほとんど無くなってたの……。残ってるのは、巣穴に入りきらなくて他の穴にしまってたこれだけなんだ……」
ハナは10個にも満たない赤い果実を足元にころころと転がした。
「そんなのひど過ぎるよ……。ハナがあれだけ1年間必死に集めてた木の実なのに……」
「長老様に喜んでもらおうと思って、遠くの森にしかない木の実も頑張って採ってきてたんだ。それなのに……」
ハナは再び泣き出してしまった。
「犯人に心あたりはないの?ほかの森の動物たちの仕業なのか、私たちうさぎの誰かの仕業なのか、それだけでも分かれば探しやすいのだけど……」
ハナは力なく首を振った。しかし、突然思い立って目を見開いてリンに言った。
「私の巣穴の上にある木で暮らしている、キツツキのジジさんに聞いてみようよ!もしかしたら何か見てるかも……」
ハナはそういうと、リンを連れて巣穴の外に出て、木の上にいるはずのジジさんを探した。
「ジジさーん!少しいいですかー!」
ハナの声を聴いたジジさんは、木の枝の陰から真っ赤な頭を現し、ハナたちの前にゆっくりと降り立った。
「こんにちはジジさん、急に呼んじゃってごめんなさい。聞きたいことがるの」
「構わんよハナちゃん。ん?目元が少し腫れてるぞ。大丈夫か?せっかくのかわいいお顔が台無しだ」
「そのこととも関係あるんだけど……えっとね、少し前に、私の巣穴に入ってく誰かを見かけてないかな?木の実がなくなっちゃったの」
ジジさんは目を閉じて首をかしげて思い出していたが。間もなく首を横に振った。
「見てないなぁ。わしもさっきまで今日の飯を探しにいっとったからな……」
「そっかぁ……」
ハナとリンは落胆したが、ジジさんが突然羽をバタバタとさせた。
「そうじゃ!思い出した!飯を探しているときに、この辺りでは見かけないうさぎが2匹おったぞ。灰色と、白黒のやつらだったな」
ハナとリンは目を丸くして向き合った。
「「ラクとダルだ!!」」
――このラクとダルは、ウサギたちの間でもそこそこ有名な腹黒いうさぎのコンビである。さらに、長老様にはいつも媚びへつらっていることが余計にほかのうさぎたちからの反感を買っていた――
ハナとリンは再び巣穴の中に戻った。悲しげな顔で、前足でわずかな木の実を葉っぱに包んでいるハナに、リンは言った。
「とりあえず、長老様がいる広場に行ってみようよ。ハナは毎年誰よりも真面目に木の実を集めているのだから、きっと長老様も何か気づいてくれるよ」
ハナはうなずいて、リンと一緒に木の実を背負って広場へ向かった。
広場にはすでに数十匹のうさぎたちが集まっていた。円形の広場に沿って。いくともの屋台が出ているからか、広場は楽しさの空気に包まれていた。そして東西南北に設置されている大きな門からは、続々とうさぎたちが集まってきている。
そして広場の中央に、長いひげを生やした長老様が大きな椅子に座っていて、その両横には尖った木の枝を持ったうさぎ兵士が立っている。
ハナたちは北側の門から広場にやってきたが、なかなか長老様のところへ進めずにいた。
「ハナ、きっと大丈夫だよ。私も一緒に事情を説明してあげるから」
「うん……ありがとう」
リンに背中を押されて、ハナはようやく長老様のもとに続く長い列のほうへ向かった。
その時、南側の門からたくさんの木の実を抱えたラクとダルがやってきたのである!2匹はどのウサギたちよりも多くの木の実を持ってきていた。まわりのうさぎたちも「あいつら、やればできるんだな」と2匹のことを褒めていた。
「ハナ!やっぱりあいつらだ!めんどくさがり屋なあいつらがあんなにもたくさん集められるわけがないよ!」
リンは自分が持っていた木の実を包んだ葉っぱを地面に放り投げて、ハナの肩をつかんで揺らした。しかし、ハナは浮かない顔をしていた。
「ありがとうリン。でももういいんだ。ここで私があいつらのことを問い詰めたら、楽し気な広場の雰囲気を壊しちゃうし、それに遠くからここまで来てるうさぎたちが帰る時間が遅くなっちゃう。だからもういいんだ」
「でも……」
リンは納得いかなかったが、当の本人であるハナがそういうならと、それ以上は何も言わなかった。
ラクとダルはハナたちよりも10匹ほど前に並んでいたため。彼らが長老様に木の実を献上する様子をまじまじと見ることができた。
ラクたちの順番になり、彼らが大きな葉っぱを広げると、長老様はたれ目を大きく見開いて驚いた。
「これはすごい!お前たちは毎年木の実の量が少ないと思っていたが、今年はやる気になってくれたのだな。ありがたく頂くよ。これで好きな屋台でも行ってきなさい」
「とんでもない!こんなにも長老様に喜んでいただけるだなんて、努力したかいがありました!」
二匹は軽くお辞儀をして、長老様からもらった屋台の商品との引換券をどこで使おうか話しながら広場の端のほうへ消えていった。
そしてついにハナたちの順番が回ってきた。
「おおハナ!久しぶりじゃなぁ。元気にしとったか?」
「お久しぶりです長老様……あの……」
ハナは遠慮がちに木の実を包んだ葉っぱを開いた。長老様はひげをさわりながら目を丸くした。
「ほう、今年は例年より少々少なめじゃな。毎年誰よりも木の実を持ってきてくれていたお前じゃ。何かあったのだろう?」
リンはハナの背中を押したが、ハナは真実を言おうとはしなかった。
「えっと……今年は病気になってしまった時期が長くて、いつものように木の実を集めることができませんでした。すみません……来年は今年の分も一緒に持ってきます」
「いやいや、今年はこれで十分じゃよ。体調は今は良くなっているのだな?それが一番じゃからな。また来年元気に会えることを楽しみにしておるぞ」
ハナはこくりと頷いた。目には涙が溜まっていた。
長老様がラクたちが持ってきた木の実を触りながら言った。
「それにしても、今年は珍しいことが続いたな。ハナが体調を崩して木の実を集めれなかったり、ラクたちがたくさんの木の実を持ってきたり……ん?」
長老様は、ラクとダルの袋にそれぞれ入っていた黄色の木の実をつかんで、大きく鼻を鳴らした。そして、両側の兵士に耳打ちした。ハナは長老様の前を今にも去ろうとしていた。
「待てハナ。少しここに残れ」
ゆっくりと振り返ったハナは涙を流していた。
しばらくして、ラクとダルが兵士に引きずられながら長老様の前に連れてこられた。兵士は二匹が逃げないようにしっかりと二匹を抑えていた。
「ラク。ダル。今年の木の実、本当にたくさんで嬉しかったぞ。ひとつ聞きたいのだが、この木の実は誰かと協力して集めたのか?」
ダルがすぐに口を開いた。
「僕たち2匹で協力して集めました!」
「ほう。それじゃあ誰が何を集めたのか教えてくれるかな?」
次はラクが口を開いた。
「えっと。この赤と。オレンジと、黄色の木の実を集めました!」
「それはどこで?」
「この森の中です」
「この黄色の木の実は遠く離れた森にしか群生していないのだが」
「え……」
長老様が大きくため息をついた。
「お前たちは、普段はともかく、根は真面目な奴だと思っていたのだがな……どうやら私の勘違いだったようだな」
長老様はハナを自分の近くに来るように言った。ハナは目を丸くさせながらもそっと長老様のそばに寄った。
「この木の実はな、昨年の夏に私が毎年頑張ってくれているハナだけに教えた森にしか生えていないのだよ。ハナは彼らに森のことについて話していないのだろう?」
ハナは小さくうなずいた。
長老様は、ごほんと軽く咳をしてから、広場中に聞こえる怒号でこういった。
「人の努力を自分の努力のように振る舞う外道はこの森にはいらん!でていけ!なあに安心しろ。私の知り合いがいる森に連れてってやるさ」
長老様が兵士に目くばせすると、兵士は2匹を抱えたまま西の門のほうへ消えていった……。
長老様はふうと一息ついたあと、笑顔でハナとリンに語りかけた。
「ハナ。本当はこの木の実もすべてお前が集めてくれたのだな。ありがとう。どうだ、今夜はうちでこのおいしい木の実を食べて帰らないか。リンも一緒においで」
ハナとリンは笑顔で大きくうなずいた。
風の噂によると、ラクとサルが送られたのは長老様の知り合いで、悪事をしでかした奴には誰よりも厳しいといわれている2つ向こうの森らしい。2匹は毎日こなせるかこなせないかぎりぎりの仕事を与えられているとかいないとか……
おしまい
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