どろんします。

 前のマンションに住んでいるとき、どこから入り込んだのか、一匹のちょっと大きめなが天井の照明の上でバタバタしていました。


 なんでなんでどこからどこからどうするどうするどうするよ、あわわわ、わあ~ん!!!


 脳内パニックになりながら、さっと手が届く所ではないし、こちらに下りてきたときが勝負だと、ガン見をしていたのですが…。

 急に蛾の動きがなくなり姿を見せなくなりました。


 ?


 どうするわたし。

 脚立に乗ってもわたしでは照明の上は見えない。いま夫はいない。

 見えないのに手を突っ込む『箱の中身はなんでしょう』みたいなことは絶対、ぜ~っっっったいできないから、やっぱり下りてきたときが勝負。


 ……………………………………………………。


 牛乳を飲みながらアンパンをかじる張り込み中の刑事のようにしばらく見ていたのですが、あまりにも動きがなくて疲れてきてしまい、蛾は、蚊とかコバエとかより大きいからすぐ気づくだろうと、びくびくしながらほかのことをして過ごしました。

 人間は慣れる生き物です。

 五分たっては確認。十分たっては確認。二十分、三十分、そうそう、チラリ確認確認。ごはん食べてお風呂入って、おやすみ~。目を閉じてウトウト、ああそうだと思い出したが眠気には勝てずに、ぐう。

 そして、そうこうしているうちにその存在を忘れてしまい――時がたち、そのマンションから引っ越すことに。

 荷造りをして掃除をして、夫が照明を外すとき、思い出しました。


 そうだ。あの蛾、まだ下りてきてないよね。いつの間にか出ていったのかな。


 …………。


 いやどこから?

 窓は開けるとき、いつも網戸をしていたし。部屋のどこにもいなかった。

 残っているのは――


 照明の上。


 あのときの。そのまま…?


「…ひょっとしたら、そこに蛾がおるかも」


 脚立に乗る夫に声をかける。


 そして夫が慎重に照明を外してみると、そこには、


「おらんよ」


 跡形もなく消えていました。どこ行った……。




 ――と、長々と書いたこの蛾の場合とはちょっと違いますが、虫って急に消えますよね。

 ずっと目で追っていても、ある瞬間フッとどこかへ行くのです(“盲点もうてん”というものらしいです)。まるでテレポートです。辺りをどれだけ探しても見つからない。

 しかし、もういいやと諦めて別のことをしていると、『なんてね~』とか言っているかのように再び現れる。まとわりつく。プイ~ン、プイ~ン、プインプイン(びっくりした? びっくりした? ねーねー)。腹立つ。もしわたしが手に殻付きのクルミを持っていたら、握りつぶして粉々にしていたところです。うそです。


 たまたま首を回したとき上を見たら、天井にクモが。なんかばっちり目が合った気がしました。人間同士だったら恋に落ちそうなボーイミーツガール。探しているときには見つからないのに、という探し物あるあるでしょうか。


 どうしようどうしよう。

 クモは益虫で、虫を食べてくれるからほっといてもいいのかもしれないけれど……けど。ごめん。やっぱ無理。お外に行っていただきましょう。


 ティッシュでつかむのはなんか怖い。ビニール袋、は、近くにない。あ、ガムテープがある。これを輪っかにして、なんか棒ないかな。お、いいところに、伸びるク〇ックルワイパーがあった。これにくっつけて、いざ!


 うまいことガムテにくっついた!! 急いで玄関から外へ。


 あ。


 捕まってたまるかと全力でもがいたのか、クモがポロリと落ちていきました、九階から。


『ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ―― ―― ――』


 スローモーションで落ちてゆく(ように見えた)その姿は、まるでブルー〇・ウィリス主演の某映画の最後のようでした。ごめんね。


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虫の耳に念仏 千千 @rinosensqou

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