第7話§プロローグ②§



§プロローグ②§






泣き声が聞こえた。



小さな子供の泣き声。




私は居ても立ってもいれずにどこかで泣いている子供を探した。




どうやら神明神社しんめいじんじゃから泣き声は聞こえてくるようだった。




鳥居とりいをくぐると泣き声が近くなっていく。


それと同時に雪がちらついてきた。


私は空を見上げた。


さっきまでは太陽が温かい陽射しを注いでいたのに、今は暗雲あんうんが太陽を包むみたいに太陽をおおい、この神社のどこかにいる泣いている子供と呼応こおうするみたいに空は泣き出していた。



神社の奥へと進み、左右に大木があり、そこの左の大木の奥のかこいのしげみに男児だんじかがみ、泣いていた。





私は男児に近づき、目線を合わせるように屈み、「どうして泣いているの?」と問いかけた。



男児は鼻ちょうちんを作り、ひくひくと涙を流して、茂みの上を指を差して、「僕のママから買って貰った靴が取れないんだ」と喉を鳴らして、また涙をそのあどけない顔で濡らした。




私はそこで男児の左の片方の靴がないことに気づいた。




男児の指を差す方向を見ると小さな水色の靴の片方が茂みに引っかかっている。


その高さは私の身長では取れるけど、まだ男児の身長では無理な高さにある。



私は、「お姉ちゃんが取ってあげる」と男児に対して微笑み、茂みの靴を少し背伸びして取ると、男児に靴をかせてあげた。



すると男児は泣くのをやめて、パッと笑顔を咲かせて、「お姉ちゃん、ありがとう」と言い、私はその愛らしい姿に顔をほころばせた。




私は男児に「なんであんな高さに靴があったの?」と聞くと、男児は「投げられたんだ…」とまた泣きそうな顔を見せて、鼻水をらす。




私はジーンズのポケットからハンカチを取り出して、男児の鼻にハンカチをあてて、男児の鼻水を拭った。



そして、この寒気かんきで寒そうな男児の薄着うすぎに私は薄茶色うすちゃいろのダッフルコートを脱ぎ、それを男児に着せた。



私のダッフルコートは男児にはまだ大きくて、男児の身体を覆うみたいに、そでが男児の小さな手をすっかり隠してしまった。



男児は袖で隠れた手をパタパタとさせて嬉しそうに、それでいて無邪気むじゃきな笑みを浮かべて、「温かい」と言い、私は「それは私の温もりがあるからだよ」と答える。


それから程なくして鳥居の方から男児の姉らしき女児じょじが駆け寄り、「ママとパパが心配してるよ」と男児に伝えると、その男児の姉は私が着せたダッフルコートを見て、私の顔を申し訳ないような困ったみたいな表情を私に向ける。




私は男児の姉の困った表情にひざげて、視線を合わせて「大丈夫だよ」と落ち着かせるために小さく囁く。




今度は男児に視線を向け「そのコートは私からキミにプレゼント!」と言うと、私は姉の女児と男児を交互に見て、その微笑ましい姉弟きょうだいの愛らしさにまた顔が綻ぶ。




クスッと私は微笑み、その男児と女児の小さくてうぶな純粋無垢じゅんすいむくなまるで「何のけがれもない」みたいな姿形にその表情に、とても小さな弟を心配して駆けつけた小さな姉という構図こうずになぜだかとても嬉しい気持ちになり、私は女児の頭を撫でて、「お姉ちゃんはたいへんだね」と小さなお姫様に微笑みかけた。




そして───




次には小さな泣き虫な王子様に視線を向けてその猫っ毛な繊細な髪を、頭を撫でるようにしてその頭に手を置いて、「うん」と頷き、男児の反則はんそくなまでに可愛らしい表情を見つめて私は心に小さな幸せを感じた。




私は男児の微笑みを微笑みで返した。




男児の姉はそれを見てとても綺麗な笑顔を浮かべて私に丁寧に頭を下げて、「弟を守ってくれてありがとうございます」と言い、男児の手を引いてその場を去ろうとした。




男児は去り際、私に手を大きく振り、袖で見えない手をパタパタさせて「お姉ちゃん、また会おうね!」と大きな声を上げて、私はそれに答えるように手を振り返した。



小さなお姫様と小さな泣き虫な王子様を見守るように、私は鳥居を手を繋いで過ぎ去る2人のうぶな背に、それでいて硬く結ばれた2つの繋がれた姉弟の尊いきずなを感じ、「また会えるといいね…」と吐息と共に細やかな願いを口にした。




男児と女児が過ぎ去ると辺りは静寂せいじゃくに包まれ、歩をゆっくりとやしろに向けて一歩一歩と進み、その神社の社の前までで足をとめた。




耳を澄ますと辺りは雪の声と風の囁きが小さく聞こえ、まるでこの神明神社の息遣いが聞こえるみたいだ。




私はその中で瞳の奥底にいる、心を温もりという灯火で輝かせてくれるその愛しいキミの姿を想い描くみたいに瞼を閉じて、その記憶にひたるように数分、キミの存在を感じる。



そして、ゆっくりと瞼を開く。




不意に微かに寒気かんきの風が強まり、雪と共に吹雪ふぶいた。



その風は木々の木の葉を揺らし、風に流された木の葉は無数の言葉のように辺りに舞い散り、私は手のひらをゆっくりと開いた。



私の前でゆらゆらと舞い落ちていく言の葉。




私の手のひらに届けられた言葉みたいに葉は開いた私の手にとまる。




そして──────




ゆっくりと軽く葉を包み、届いた言葉を受け取るみたいに、その言葉を心で感じて噛み締める───




そう、そんなよそおいで静かに、穏やかに瞼を閉じた。



私はその言葉に返事を返すように、静かな吐息と共にキミに伝えたい気持ちと願いを心に浮かべ、今までの記憶を思い浮かべて、その想い全てをこの手に包む言の葉に込めた。



静かに手のひらを広げ、葉を切なく、愛おしく見つめる。


すると、葉は唐突に吹いた風に身をゆだねるのを安心した装いで許すように手のひらからちゅうを舞う。



私は空を見上げて、言の葉の行方を追うように眺めてその葉は風で上空へ、遠くへ、さらに遠くへ、空の彼方に消えていった。




私は今、誰かを待っている。




私は今、誰かを探している。






それはキミ──


だけどキミの姿は鮮明に思い浮かぶのに名前がどうしても思い出せない。




キミは私を探しているのかな。




キミは私を見つけてくれるかな。



私は胸にギュッと結んだ手をあてて、キミへの想いを、記憶を、大切にまるで恋愛小説のページを一枚一枚丁寧にめくるみたいに読み進めるように思い返す。



それとも私がキミを見つけるのかな。




私の気持ちが、私のこの想いが、キミと私との大切な記憶が、この言の葉が、この空の下のどこかにいるキミへ届きますように────










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言の葉は【白】 平谷すらら @05180218

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