第10話 ご飯で塩の量を間違えるのは割りとあるある

 「はいお帰り。」

  

 「ただいま。」


 「もう色々きつかった。」 


 俺達は三時間というある意味長いアルバイト初日をこなすことが出来た。


 「何かあれだね。途中で終わっちゃったからモヤモヤするね。」


 それは確かに。


 アニメとかで言ったら手の届く範囲に重要イベントがぶら下がっているのにお預けを食らってやきもきするとかそういうやつ。


 「とりあえずあんた達がいない間は他の神々に情報収集やら目についた脅威の排除やらはさせるからこの後の事は明日まで気にしないように。」


 クラウなりに気遣ってるんだろうな。


 このアルバイトは三時間という時間制限の関係上頑張っても中途半端で終わる可能性がある為どうしても不完全燃焼という物は避けられない。


 だから俺達にこう言っておくことで終わらなかった事に対して気負いや心配はするなと言いたいのだろうな。


 「じゃあ今日はもう終わりということでお疲れ様。また明日。」


 俺は二人を自宅に返そうと促す。


 仕事仲間とは言えあまり長時間男の部屋に女の子二人を置くのはよろしくないからな。


 俺は二人が動きやすくなるようにその場を離れようとする。


 「あのさ!」


 クラウが俺の服の裾を引っ張る。


 強く引っ張るのはやめてくれ。


 これそこそこお気に入りの服だからさ?


 「どうした? 何か伝え忘れたとか?」


 「私がそんなおっちょこちょいに見えるわけ!?」


 そうだろ?


 転生直後の説明の件はまだしもそのツンデレな性格のせいで伝えるべきことがちゃんと伝わってないし。


 それにかわいいと思うぞ?


 おっちょこちょいの神様ってやつは。


 そういう訳だから強く引っ張るのはやめろ。


 「じゃあ特に話したいことはないんだな?」


 俺は優しくクラウの手を服から離す。


 伸びてる……

  

 「な、ないわよ? 何を期待しちゃってるわけ!?」


 百%あるだろ。


 顔に出まくっているからな?


 俺の服を崩しといてやっぱりなしは通用しないぞ?


 俺はクラウに直線聞いてもどうせツンケンされると思ったのでその隣にいたリイスにアイコンタクトをしてみた。


 「ゆうとどうしたの? 僕に何かついてる?」


 あーダメだ。


 ツンデレから内情を聞き出してほしいというメッセージが届いてねぇや。


 アニメとかだと相手に伝えたいことを視線で送って困難を乗り切るとかあるけど現実では同じようにはいかないと。


 世の中そんなコミュニケーションは通用しないしっかりと話し合いをしろという事か。




 「そうだ! ゆうと、この後一緒にご飯でもどう?」

  

 「!」


 俺の意図を汲んだのか偶然かわからないが出てきたリイスの言葉にクラウが目を輝かせる。


 「べ、別にあんたとご飯を共にする理由はないんだけど、どうしてもというなら特別に食卓を囲んでもいいわよ?」


 すげえ笑顔と早口で詰め寄ってきたな。


 こんなに下手くそで露骨なツンデレ他にあるかよ?


 こういう時表情に出すのは良くないだろ。


 ったく、もうそれなら素直に本音を言ってくれや。


 そっちがそういうおかしな態度とるならちょっとからかうぞ?


 「俺も別にクラウとご飯食べたいとは思わ……」


 「っ!?」


 なんだおい!?


 めちゃくちゃ悲しそうな表情をしてきたぞ?


 そんなに俺みたいな奴とご飯食べたいと思ってくれているのか?


 嬉しいけど何で?


 「あー! ゆうとがクラウを泣かせた! 女の子には優しくしないといけないんだよ?」


 男の子にも優しくしてくれや。


 クラウの情緒に会わせているのになかなか噛み合わないから優しさを感じられず泣きたいのこっちだよ?


 後この程度でこっちが悪いみたいな感じで泣かれたら今後言いたいことが言えないんだけど?


 「べ、別に泣いてないし!? ちょっとそのゆうとから予想外の反応がきたから気分が落ち込んだだけだし? これは私の問題だから関係ないし!」


 「強がらなくていいよ。辛いならつらいと言った方が楽だからさ?」


 「だから別にそういうのじゃないんですけど!?」


 俺とクラウの口論未満の喧嘩がいつの間にかリイスにすりかわってるし……


 こいつらめんどくさい。


 お互いがお互いの事をちゃんと理解譲歩していないからこうなるんだ。


 いやそれは俺もだけどさ。


 「わかったわかった。この後皆で一緒にご飯な?」


 だからここは男として場を収める為に結論を出した。


 「べ、別に?あ「もういいだろ! それ!」

 

 そういう訳で俺は二人と夕食を共にすることになった。


 







 「お、お邪魔します。」


 俺は自宅の隣、クラウとリイスの家に招待される。


 二人は日本に来て間もないから何処かと思っていたけど女の子の部屋かよ。


 この二人の場合は他に場所が無いから仕方ないけどこういうのって普通外で食べるとかじゃないのか?

 

 ほぼ初対面の男を何の議論も躊躇もなくすんなりと招き入れるとか何を考えてるんだよ。


 最悪俺の部屋で食べるとかそういう案は無いのかよ。

 

 それはそれで今度はこっちが気持ち悪いけどさ……


 とにかく俺だから良いとか気取った事を言うつもりじゃないが男に対してここまで無警戒だと色々大変だろ。


 何かあってからじゃ遅いし。


 二人共可愛いから理性が持つか……ってあほか。


 アニメに傾倒気味の俺がそんなお馬鹿な事をするなんてないわ。


 ……多分。


 「なあ? 二人は俺がこの空間に土足で入り込む事に関して何とも思わねーの?」


 「「?」」

  

 何でこっちがおかしいみたいな顔しているんだよ?


 もしかしてあれか?


 神の世界とか異世界だとこれが普通とかなのか?


 男だろうが女だろうが気にしないとかそういう。


 そういう事なら大人しく従うけどさ?


 「変な事を言うわねゆうとは。たかが家に入れたくらいで。」


 女の子からの自宅招待イベントがこんな形で消化されるとは人生という物がわからなくなって来たわ。


 案外世の中ちょろ……くねーわ。


 異世界転生してお金をもらっているとはいえ戦い身を投じている事とこんなんじゃ釣り合いがとれてないし。


 




 「テーブル席に座っていてもらえる?」


 俺はクラウからの指示に従いそのまま席に座る。


 これ高いやつか?

 

 あんまり傷とかつけないように慎重に行動しなければ。


 「じゃあリイスはお皿に料理を盛り付けるのを手伝ってちょうだい。私はそれを運ぶから。」


 「わかったよ。」


 二人は台所に向かって行った。


 俺はその場で一人ポツンと寂しく座る。


 手持ち無沙汰ってたまに辛い。


 これこのまま女の子に全部任せて座っているとか男としてどうなんだ?


 いやお客様なんだから家主達の方針に余計な横やりを入れるのは失礼だとかはわかるけどさ?


 そういう堅苦しい作法以前に仲間に放り投げるというのはよろしくないよな?


 後皆が何かやっている時に一人だけのほほんとしているのは色々気まずいし。


 俺はそう結論付けると席を立って二人の所に向かう。


 「なあ? 俺に何か出来ることは「ない。」


 冷たいな!?


 てっきりこき使うとかよくわからない言い訳をしてくるとか思っていたけどまさかの一言。


 しかもこっちの顔すら見てくれねえし。


 いつものツンデレパターンならまだ救いがあったけど短い拒否の言葉じゃ気持ちが読めない上に何ともできない。


 「ごめんねゆうと。クラウはゆうとは疲れているだろうからこんな時くらいは休ませて上げようって言ってたんだよ? だからここは大人しく待っていてくれる?」


 ツンデレのあり方を台無しにする発言って新鮮だな。


 こういうのって気持ちの予想はだいたいこっちの裁量が常なのに。


 「ちょっと!? 私そんな事はい、言ってないわよ!?」


 本人の反応から見て本当らしい。


 てっきり今はありがた迷惑だからどっか行けとかそういうやつかと思っていたわ。


 俺はツンデレに対する理解が浅いな。


 もっとしっかり勉強しなければ。


 「ならお言葉に甘えて座って待っているわ。」

 

 「ふ、ふん! 一昨日来なさい!」


 一昨日はそもそもお前この世界にいなかっただろうが、とかは無粋なツッコミなんだろうな。


 というかそれ日常会話じゃ使わないぞ?


 



 「「「いただきます」」」


 料理がテーブルに運ばれ二人が席についたので夕食をいただくことになった。


 ラインナップは簡単な洋食って感じの物ばかりだな。


 どれどれ? 味の方は如何ほどのものかな?


 俺は箸で料理を取ると口を開けてそれを運ぼうとする。


 「「……。」」


 なんかクラウとリイスが箸に手を付けずにめちゃくちゃ見てくるな。


 おそらくだが料理の感想を聞きたいとかそういう事なんだろうな。 


 昔親が似たような事をしてきたから合っていると思う。  


 正直ちょっと食べづらい。

 

 ここは見るなと注意……はする場面じゃないなこれは。


 相手がどう思っているか言葉を介さず知りたいという気持ちはわからんでもないし。


 俺は二人からの視線は見なかった事にして料理を口に入れゆっくりと噛み締める。


 「……。」


 おお。


 口に入れただけでわかるジャリジャリとした固形。


 噛んだ瞬間舌を突き刺すような大雑把な塩。


 喉に入れる前に脳がそれを拒否するかのような衝撃。


 頑張って飲み込んだ瞬間胃が沸騰するように熱くなるこの感覚。


 これは!? この料理は!?


 「ごほっ!! ゲホッ!? ゲホゴホッ!? グッ!?」


 しょっぺえええ!!


 なんだよこれ!?


 料理!? 料理なのか!?


 いやこれもう材料全て塩しか使ってないだろって位辛いし痛い!


 俺は二人に対して何て物を作ったんだと睨む。


 「何か咳き込んだけど大丈夫!?」


 大丈夫に見えると思うか?


 「きっとゆうとは焦ってご飯が上手く喉を通らなかったんだよ。僕も昨日ここに来たとき最初緊張して同じ感じだったし。」


 何を言ってやがる!?


 こんな時に冗談はふざけすぎだ!!


 「そう? リイスがそういうなら信じるけど。」


 こいつ本当にチョロいよな。


 「で? ゆうと、味はどうなのよ?」


 クラウは俺に期待の眼差しを向けてくる。


 こんなしょぱいものを食わせてその目を向けるお前の頭がどうなんだ?


 「味? こんなの評価に値しな……」


 「クラウ昨日の夜にレシピの勉強していたとか言っていたもんね。」


 「もう! それは黙ってなさいよ! 恥ずかしい!」


 そういう事このタイミングで言われたら本当の事言えねーじゃん。


 慣れない土地で女の子が努力してるのに俺がそれを否定なんかしたら印象最悪だろ。


 「あー、まあ美味しいよ。」


 こんなバレバレの嘘を付いているようじゃクラウの本音どうこうに文句言えないわ。


 どっかで優しい嘘がどうとか言う言葉を聞いてそんなのあるわけねーだろ夢見すぎたとか思っていたけどあったんだな。


 「何か喉掠れてるけど大丈夫?」


 「そりゃそんな日もあるからな?」


 「何か苦しそうだよね?」


 辛過ぎて呼吸するのがやっとだからな?


 「こ、これがこの世界の嬉しいという表現方法だからな?」


 うわ変な嘘を付いてしまったわ。


 これ聞いて二人がおかしな事を考えないと良いが……


 「そう……よかった……口に合わなかったらどうしようかと……ま、まあ? この私に限ってそんな事はないんだけどね?」


 クラウはほっとしたような顔を見せていた。


 何の疑問も抱かないのは本当にチョロすぎる。


 「じゃあゆうとが味に満足した所で僕らも食べようか?」


 「そうね。」


 二人はそういうと箸を使って料理を掴む。


 箸の使い方上手いな。   


 俺は料理そっちのけで二人の作法に見惚れていた。


 もうこのまま今日はこれで終わりでも……という訳にはいかない。


 今日のこの場における目的は食事なのだから。


 しかしどうしたもんかね……この目の前の塩の塊どもは。


 喉とか目とか色々痛いから本当は残したい。


 が美味しいと言ってしまった手前完食しないのは失礼だよな?


 はあ……二人はこれをどう食すんだよ。



 あれか? 


 こういうのはだいたい俺の料理だけがしょっばいとかそういうオチで二人の物は何事もなく淡々と食事をして……


 「「ゲホゴホッ!?」」


 二人は料理を一口食べて直ぐに咳き込んだ。

 

 「水……ゴホッ!!」


 「なによこれ!? 塩入れす……ゲホッ!!」


 その後料理がおかしいのはクラウが塩の分量を間違えていたからなんだとか原因が判明した。


 よかった。


 これが異世界の塩加減の基準とかじゃなくて。


 もしこれが普通だったら誘われる度に死にかける事になるからな。

 


 


 



 

  次の日


 アルバイト直前


 「えーと。他の神々からの情報によると私達の目指している目的地は凄いことになっている。だから気をつけてほしいそうよ。」


 「その凄い事ってなんなの?」


 「それは秘密だそうよ。……何でそこを曖昧にするのよ……あいつら世界を守る気はあるの……?」


 情報共有においてサプライズ的なそういう遊び心を入れるのは本当に頭がおかしい。

 

 「とにかく役立たずのあいつらの事は放っておいて私たちは目的地を目指す! それだけよ!」


 作戦開始前にこんな端的な事しか言わないのはどうかと思うがそいつらが情報を寄越さないのが悪いから仕方ない。


 てかこんな事してるから敵に負けるんじゃないの?


 考えて行動じゃなくてとりあえず行動(無心にやるだけ)の精神だからさ。

 

 「はいそういう事で本日もよろしく!」


 クラウ凄い顔ひきつってるよ。


 同僚の怠慢に対して感情を押し殺すとかそういうの出来なさそうだよな。


 「よろしく!」


 「おう。」


 俺とリイスは一言言うと異世界へとさっさと転移した。

 

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帰宅あり異世界転生アルバイト チート能力もらって無双出来るが敵が強すぎる @shirokeza

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