第9話 内容がなんであれ会話が一時間できたらそれは立派な議論

 『ゆうと! リイスと近いからって変な事を考えてたら許さないから!』

   

 「ゆうとはそんな事考えないよね?」 

 

 もう体中痛いし、走りながらおぶってるリイスは重……あれだし、こいつら煩いしで嫌になるんだけど。


 よくアニメとかで女の子達と旅に出ている主人公を見てこいつ何すました顔をしてるんだよ、もっと素直になれよとか常々思っていたけど考え変えるわ。


 もうね?


 彼らは聖人か何かだと思うわ。


 女の子に何か言われてもハイハイと気持ち一つ変えないで物事を進められるとかはっきり言って凄いの極みでしかない。


 今の俺には同じ事しろよとか言われても無理だわ。


 まだ旅の序盤だけど今こいつらに対して呆れとかそういう感情しか流れてこないもん。


 後一つか二つ状況が変わったら泣いてキレ散らかす自信あるもん。



 「お前らさ? 少し静かにしようとかそういう気持ちはないの?」


 俺達の頭の中でしか聞こえないクラウの声はまだしもそれに対応するリイスの声が思いの外大きいから下手すると周りの魔物やら厄介事やらを刺激しそうな気がする可能性がある。


 まあそれは最悪俺の力でなんとかするから良いけどさ?


 問題はそれをこの状態で嫌々聞いてる俺の気持ちよ。


 『ごめ……何!? 私の言葉が鬱陶しいって言うの!?』


 「そうだな……そうかも?」


 『何よその受け答えは!?』


 だって何言っても噛みついてくるじゃん。


 だから言葉は最小限に抑えたそれだけだよ?


 「とにかく二人とも俺に対するそういうのは抑さえて静かにしてくれ。頼むから。」


 帰った後にぐちぐち言うならいくらでも許すからさ。


 ずっと不満を我慢しろというのはなんかそれはそれで気持ち悪いし。


 『わかっ……もういい!! そういう事を言うなら私は暫く書類仕事してるわ! あ、後はお二人でどうぞ!!』


 素直になってくれよ……


 ツンデレという概念を知らない奴から見たら今のお前情緒不安定な頭のおかしい奴にしか見えないからな?


 






 「そういえばリイスはこの世界出身なんだよな?」


 俺はクラウが静かになったのを見計らってリイスに気になっていた事を聞いてみた。


 「いいの? さっきうるさいだなんだ言ってたのに話しても。それに道案内の邪魔になるんじゃ……」


 普通に話をするのはうるさいには入らないんだよ……


 お前らがさっきしてたのは悪気はないんだろうけど煽りとか罵倒とかそういう人の心を揺さぶるような奴だからな?


 そこを履き違えられては困る。


 「いいんだよ。これに関しては何の問題もない暇潰しだし。それに道案内は大まかにしてくれれば問題ないし。ただなるべくただ声のボリュームを下げて欲しい。」


 背中でテンション上がって大声出されるのは腰にくるんで。


 「わかったよ。」


 「ありがとう。クラウも良かったら」


 『ごめん。今本当に手が話せないから。』

 

 誘ってみたけど本人がそういうならいいか。


 「ならここは二人で話をしようか? それで僕がこの世界の出身かどうかって話だったね?」


 「うん。」


 「そうだね……そうなのかな?」


 なんだよその答え方は?


 さっきのクラウに対する俺の回答をリスペクトでもしたのか?

 

 「答えになってないぞ?」


 「ごめんごめん。ただその僕昔の記憶とかが無くて……」


 それはつまり記憶喪失というやつか?

 

 アニメとかで良くあるミステリアス属性とかそういう。


 「気がついたら最近?この世界にいたって感じなんだよね。だから出身はどこと言われたらとりあえずここかもと曖昧な回答しかできないかな。」


 こいつの言っていることが本当かどうか判断が難しい。


 信用していいのかこれ?


 と言いたい所だけど人には人の事情というものがあって当然だし、それにチートとか神様とかが実在したんだからこれくらいは割りとあることなのかもな。


 そういう事ならここはリイスの事を信じるしかないだろうよ。


 「なるほど。ならとりあえずお前出身地は不明という事で良いんだな?」


 「え? 僕の言っていることを信じてくれるの?」

 

 もしかして信用しないと思っていたのか。


 心外だな。


 とはいえ昨日今日出会った人間に対してそういう感情を抱くのは当然の事か。


 「そりゃな? こういう事を直接言うのはちょっと恥ずかしいけど一緒やって行く上でそういう事は重要だし。」


 「そっか。」


 リイスは少し黙った後俺の肩を強く叩いてきた。


 いきなりそれをされたらバランス崩れるだろ!?


 「痛いんだけど。」


 「そんなに強く叩いてないよ?」


 割りと音がしたような気がするぞ?


 女の子だからってそういうの誤魔化せると思うなよ?





 「じゃあ次は僕から聞くけどゆうとはなんなの?」


 相手の素性を聞くときにそういう聞き方をされたのは初めてだわ。


 何か新鮮……じゃなくて、その質問がなんなの?


 「そういう聞き方をされると俺自分の存在に自信が無くなるんだけど? 俺は正体不明な魔物か何かで?」


 これでそういう意味合いでしただったら傷つくぞ?


 「言い方がおかしかったね。ごめん。ただ君の事が知りたいというのが変な感じになってしまったんだよ。」


 でしょうね。


 これ以外の意味で聞かれてもそのご期待に添える面白い答えなんか持ち合わせてないし。


 「高校生。」


 「コウコウセー? なにそれ?」


 そうか。


 異世界だとそういう概念が微妙だからこの単語だけ伝えてもわからないか。


 「学生。」


 「?」


 わからないか?


 なら他の関連する単語を羅列してみるか。


 「学舎、学校、教育機関、学習場所。」


 「あー……」


 おんぶしてるからどんな表情してるかわからないがめちゃくちゃ困惑しているような声だな。


 他に何か分かりやすい単語はあったか?


 そうだ!


 「そこまで大袈裟なものではないけどある意味学校という所で仕事をしているといえばわかるか?」

 

 学生は勉強が仕事とかよく聞くし。


 まあ俺は仕事というほど熱心に取り組んでいないからちょっと胸が痛む所はあるが。


 「それはつまり今僕らがやっているアルバイトと同じ事をゆうとは普段しているという事なの?」


 こんなハードなやつを普段からしていたら魔物やら魔術やらを見て肝を冷やしたりしないんだけどな。


 とはいえここでそれは見当違いだというのはあれだし、深い部分はともかく大まかな意味は間違ってないからここは同意するか。


 「そうだな。」


 「ゆうとは凄いんだね。だから魔物を前にしてもあんなに物怖じしないんだね。」


 やっぱり勘違いしてるな。


 まあ俺の伝え方が悪いみたいな所もあるしここはそれでいいや。



  



 「他に聞きたい事はあるか?」


 といったものの俺の個人情報に関して面白い事なんてないけどな。


 これ以上の会話は無駄というやつてある。


 とはいえチート能力で現在時刻を調べると、アルバイト終了まで一時間はあるしこのまま走り続けるのは退屈以外の何者でもないからな。


 だからここは無理矢理にでも会話を続けるしかないのだ。


 この状態で取れる他の手段として記憶喪失のリイスから話を聞くというのは酷だろうし、クラウはさっきからずっと忙しいだろうしならばここは俺が話をするしかない。


 「そうだね……あ! そうだ! あれがあった!」


 もうちょい静かに頼む。


 思い付いて嬉しいのはわかるけど耳がびっくりするからさ。


 「何だ?」


 「ゆうとのお父さんとお母さんってどんな人。」


 ……そういう事質問が来るか。


 「知らない。」


 「え?」


 「たまに帰って来るけど仕事の出張とか行っててるから。」


 アニメとかで良くある両親家を開けている問題に近いやつだ。


 「僕がいえることじゃないけどそれと知らないって解答は繋がらないよね? たまとはいえ帰ってくるならさ?」


 それはこちらの言い方が悪いからそうなるわ。


 「すまん。これも言うべきだったな。顔を合わせられると言っても本当にごく僅かな時間だからどんな人達なのかわからない。」


 多くて一時間とかそういうレベル。

 

 この前は五分くらいで家を出ていったし。


 それなら無理しないで来なくてもいいのではと思ってしまう。


 こういう事から親に関してどういう人間かと聞かれてもわからないとしか答えられない。


 「お前にも事情があるようにこっちにも事情があるから特に気にするな。」


 俺の場合は俺も両親もお互いに悪感情無く好き好んでこういう関係になっているからリイスの問題と並べるのは非常におこがましい事だか。







 「……。」


 「……。」


 親の会話の後俺達はお互いに思っている些細な事やらなんやらを話していたがある時を境にお互いぱったりと無言になってしまった。


 ヤバイな。


 もう軽く二時間近く話したせいで話すネタがなくなったぞ。


 いやお互いまだ出会って日が浅いのにそこまで持ったのは称賛に値するだろうよ。


 俺向こうの世界だったら五分……いや反りが合わなかったら一分持つかどうかわからないレベルのコミュニケーション能力だし。


 ここまで話が続いたのはリイスの聞き方が良いとかそういう所が大きいだろうな。


 しかしそれも二時間もやっていれば気持ちの関係上途切れてしまう。


 もう少し俺達の好感度とか趣味とか寄り添い具合とかあるならばまだ間が持っていたのかも知れないが所詮俺達はまだまだ赤の他人。


 顔を会わせれば話題が尽きることがない奴らと比べてまだまだ関係性は未熟ゆえにここから更に話題を引き伸ばすとかそういう芸当は不可能だ。


 「あの……あれだね! うん……」


 リイスはこの重苦しい状況に痺れを切らして何か言おうとしているけど言葉詰まってるな。


 凄いわかる。

 

 お互い無言だと気まずくなってなんとかしようとしたくなる気持ちは。


 でもね? 無駄に一言二言目発言をするとかえって逆効果なんだよ?


 言った方は何を発言したらよいかわからず戸惑い、聞いている方は何を言おうとしているんだこいつと不信感を募らせる。


 それで何回仲が破綻したか。


 まあ俺はこういう空気に慣れてるから良いけどさ。


 





 しかしどうしたもんか。


 バイト終了まで残り僅かだがこういう空気になると一分一秒が長く感じられてしまう為困る。


 これで目的地が見えてきたとかなら達成感とか適当に目に付いたものについて語るとかそういうのができるけど見た所まだ何もないし、道を確認しているリイスの反応からまだ全然距離はあるみたいだから無理と。


 そうなると他に何か手は……そうだ! 


 こういう時にチート能力を使えば……ってそれで盛り上げた雰囲気とか空しくなるだけだろ。   





 『はあ……あんた達。さっきから静かに見ていたけどなんともしんみりした感じになっているわね。』


 俺が悩んでいると急にクラウの声が聞こえてきた。


 おお、ここでクラウの介入は非常に助かるな。


 これで残りの時間を潰すことが用容易になる。


 「そうみたいだね……あはは……」


 リイスは乾いた笑い声は女神の登場に嬉しさを隠しきれていないような感じであった。


 『全く。しょうがないわね。ならここは私がこの場を盛り上げるために最近あった神の世界の日常を語』


 ビピピ!!


 クラウが得意げに何かを語ろうとした瞬間、頭の中にタイマーのような音が鳴り響く。


 これがなったという事はつまり……


 『え!? 今から話そうと思ったのにもう時間になっちゃった訳!? ちょっと待ちなさいよ!? まだこれからという時にそんな殺生な!!』


 動揺しまくってるじゃねーか。


 『せっかくさっき他の奴らから話題をかっさらってきたのに!! これじゃあ取り越し苦労じゃない!』


 そんな事をしていたのかよ……


 書類仕事はどうしたんだよ? 


 「えーと? どうするんだクラウ? 俺は別に延長しても構わないぞ?」


 どうせ聞かなかったら文句言って来るんだろうしここは何とか話を聞くしか道はない。


 「ぼ、僕も大丈夫だよ。」


 短時間くらいなら上司を立てるという事で話しに付き合うのも悪くないだろう。 

 

 『べ、別に気を遣わなくて良いわよ。それにここで私が話をしたら残業になっちゃうでしょ!? 』


 え? お前の事だから私の有難い話なんだから残業は当たり前でしょ?とか言うんじゃないの?


 『こんな下らない事の為に時間を使うなんて勿体ないわよ。だから私の話は無し。帰還しなさい!』


 自分の事を下らないとか言っちゃうとかこいつ案外自己評価低いのか?


 『ほら! だらだらしない! 早くする!』


 急かすなよ。


 今やろうとしてたのに。


 「帰還。」


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