SFショートショート『未知との遭遇』

@Nvda

SFショートショート『未知との遭遇』




「9…8…7…5…3…2…1…Ignition.」


エンジンが点火され、盛大な火柱と煙が周囲に立ち上がり、巨大な円筒状の物体が地上を離れ、空を飛ぶ。総積載量100トンの宇宙船はこれから外惑星系へと向けた航路に入る。人類がいまだかつて到達したことのない未知の領域への終わりのない旅だ。しかし、この偉業を喜ぶ人は地上のどこにもいない。果てしない偉業であっても、それが一日のうちに何度も起これば、その感動も次第に薄れてしまう。


あの宇宙船に乗るのは宇宙飛行士ではない。そもそも人間でもなく、犬や猫、ネズミでもない。宇宙船に乗るのは100トンの生活廃棄物や産業廃棄物、いわゆるゴミと呼ばれるものだった。


21世紀の終わり、それまで結論の見えなかったゴミ問題を大きく変えるゲームチェンジャーが現れた。再利用型の廃棄用宇宙船の登場だ。この画期的な宇宙船は成層圏でエンジン・ユニットとメインユニットを分離し、ゴミの乗ったメインユニットはその後、慣性のみで太陽系外へと飛んでいくというものだ。しかし、毎日1000台の宇宙船を稼働させたとしても、地球上で排出される一日のゴミの総量の0.01%にも届かない。そのため、宇宙船が乗せるのは、深刻な長期地球汚染につながる科学廃棄物や核廃棄物などに厳選された。それまで原子力の運用に懐疑的だった人々もこれによって納得せざるを得なくなり、原子力発電は正式にクリーンエネルギーに仲間入りすることとなった。


誰もが思い描いた理想の未来が現実のものとなってから、早くも一世紀が経った。


その年のヒューストンは例年に比べて異常に寒く、13年素数ゼミと17年素数ゼミの221年ぶりの羽化は起こらず、多くの人が地球温暖化を疑うほどであった。それでも、人生の余暇を過ごす多くのアメリカ国民たちはビーチに椅子を並べ、外用冷蔵庫で過剰に冷やされたビールを片手に、プラスチック製サングラス越しに空を見上げていた。


それは突然現れた。雲一つない晴れた空を覆う巨大な黒い影。世界は一瞬にして暗黒に包まれた。まるでB級SF映画のようなワンシーンに、人々は驚きを通り越して呆然としていた。その後、間隔を空けるようにしてアメリカ大陸を襲った突風は、ヒューストンから2000マイル離れたニューヨークにまで届き、超高層ビルの窓ガラスを一枚も残さず叩き割った。


「……みなさん。大変なことが起こりました。……この光景をどのような言葉で表現すればいいのか、私には分かりません。ただ一つ分かるのは、決してこの宇宙で我々は孤独ではなかったということです。」


テレビに映るレポーターの顔は暗かった。侵略者の到来に悲しんでいるわけではない。単純に、太陽光線を遮る障害物によって、地上に落とされた影のせいで物理的に暗かったのだ。


多くの人々が最初に思ったのは「なぜ」だった。

なぜ地球に? なぜこのタイミングで? 何の目的で?


それまで一つの思想を強く共有することのできなかった人類は、ついに三大Whyという疑問を全ての人が共有することとなった。結論を焦る地球人をあざ笑うかのように、宇宙人の船は世界の主要都市の上空2000mに堂々と鎮座していた。


彼らは一年の間、沈黙していた。


その間も人類はあらゆる手段で空飛ぶ円盤に干渉しようとした。円盤上空の空挺調査、電波による内部構造の確認、そして弾道ミサイルによる攻撃。これらの方法によって地球人は三つのことに気づいた。


一つ、この物体がとんでもなく固い、あるいは表層にバリアのような透明な保護膜があること。


二つ、地球の技術ではこの物体に傷一つつけることができないこと。


三つ、彼らが干渉してこない限り、このままであるということ。


この超常現象的な事態はあらゆる戦争と内紛を一時停戦状態にさせた。国家の最高権力者たちは一堂に集まり緊急国際対策会議を開くことになった。ワシントン・D.C.で開かれた国際会議には、各国の知恵が集まった。


アメリカ大統領「オーー。彼らは新しい技術でメイクアメリカグレートアゲインしてくれるのさ」

日本首相「えーーですから、ですから、彼らは観光、ですからでありましてーー。ですから」

ロシア大統領「奴らはロシアの空から来た。だから国家に高さ制限はない。つまり、奴らの星はロシアの領土である」


どれだけ話し合おうと、この突然のファースト・コンタクトの真の理由への説明はつかなかった。ある神学者は、彼らこそが私たちの神だと主張した。またある著名なSF作家は、人類に新たな技術を託しに来たのだという。


事態の終焉は意外な形で訪れた。円盤状の物体が地球に現れてちょうど一年経った夏。6月5日の午前11時11分を回ったころ、円盤状の物体の下面に巨大な穴が開いた。同時に、穴から大量の物体が投下され始めた。これが世界の終わりなのだろうか。不安を胸にリアルタイム放送に全世界の人間が釘付けになった。


「見てください!空から大量の黄色い物体が投下され始めました。地球外未確認物体の到来から早1年。ついに事態が動き出し始めました!これが私たち人類の終わりを告げる瞬間になるかもしれません。私はこの取材に命を懸けますが、みなさんは最愛の人と時間を共にしてください。」


カメラが落下物の一つに寄る。ピントがぼけていてよく見えない。カメラマンが震える手を全力で静止させ、ピントを合わせる。


「落下物には何かマークのようなものが書いてあります。見たことがあるマークのような気がします。あれは何でしたか……そう、そう!あれはハザードシンボルです!間違いありません、原子力廃棄物などを格納するために使われるものです。なんということでしょうか。我々人類が太陽系外へ向けて捨てた宇宙ゴミを、彼らは地球に返しに来たのです!」


すべてのゴミが地球に返還されると、宇宙船は現れた時と同じように突然、唐突に消え去ってしまった。残されたのは、あの強烈な突風と地球人のポイ捨てしたゴミだけだった。彼らの目的は明らかになった。大人である彼ら宇宙人は、子供である我ら地球人に教訓を与えに来たのだ。何という偶然だろうか、6月5日は地球における環境デーだった。

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