11年

 徐々に解凍されていく彼女に、僕は何度も何度も呼びかけたんだ。


 血の気が引いた白い肌は、まるで陶器みたいに冷たくて、このまま彼女が起きなかったらって思うと、相変わらず泣き虫な僕は涙を止めることが出来なかった。


「あっ……マー君だ……」


「紗香……!? 分かるの? ちゃんと見える? 何処か具合の悪いところは!?」


「マー君の白衣姿が尊すぎてヤバいくらいだよ……」


 彼女の軽口は相変わらずでさ、本当にあの日のままの彼女が、生きて、喋ってることが嬉しすぎて、僕は顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして泣いたんだ。


 そんな僕の顔に手を伸ばして彼女が言う。


「あのね、暗くて寒くて、すっごく怖かったの。でも、マー君の声と温もりが、いっつも紗香の傍にいてくれたんだよ……? マー君のお陰で……紗香は、いつも独りぼっちじゃなかったの」


 違う。


 違う違う……!


 僕はポケットから、擦り切れてボロボロになったスマホを取り出して画面をタップした。


 スマホから彼女の声が聞こえてくる。


『こらー!! ねぼすけえー!! 朝だぞー!? 起きろー!! 寝た振りしてもバレてるぞー!? 今日小テストなんだから! 電話出ろー!』



「鬱になって、辛くて、起きられない朝も、いっつも紗香が僕を起こしてくれたから、僕は起きられたんだ……」



『宿題終わらーん! マー君教えれー! 宿題が終るまで夏休みは遊ばないとかさ……いきなり真面目ムーブは無しだと思いまーす! 学校はズル休みするくせに! 抗議しまーす! デモ隊がお前の家を包囲するぞ! ちょっとー!? 聞いてんのかー!? お姫様が助けを求めてるんだぞー!? 可愛い彼女が困ってるんだぞー!? むーしーすーるーなー!』



「何度も壁にぶつかって、立ち止まりそうになる度に、紗香が待ってるって、お姫様が助けを求めてるって、自分を奮い立たせる事ができたんだ……」



『もしもーし! でーんーわーでーろー! マー君のママから電話きたってー! シシシ…! ちゃんと話せて偉いえらーい! それでね! 紗香よおばあちゃんの家なら泊まっていいってさ! 日本海が近くて、すーっごい海が透明なんだよ!? シシシ……マー君が顔真っ赤になるような水着を準備してまーす! 早く旅行に行きたいでーす!』



「辛い時は、紗香と、もう一回に海に行くんだって……見れなかった水着……絶対に見るんだって……それを力にして、僕は……」


 嗚咽で詰まりながら、僕は言ったんだ。


 彼女もポロポロ涙を流して、うん……うん……って頷きながら、僕の袖をギュッと握ってた。


 僕は最後のメッセージを再生する。


『マー君。大好きだよ。大好きなマー君の手で、紗香を治して。紗香のヒーローになって下さい。紗香はそれまで、ずっとずっと待ってるから。だけどもし、この言葉が重荷になるなら、マー君の人生を苦しめる呪いになるなら、どうかこのメッセージを消去して、マー君の人生を歩んで下さい。誰よりもマー君の幸せを、紗香は願ってます。こんな紗香と一緒にいてくれて、ありがと。シシシ……!』


「大好きな紗香を、僕が、絶対に幸せにするんだって……それだけは……何があっても諦めちゃいけないって……この十一年間……僕はずっと……」





    君の声と歩いてきたんだ

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