未来に行ってくる

「待ちな」


 玄関を飛び出そうとする僕を、母さんが呼び止めた。今は時間がないって言ったら、母さんは僕の手を強く掴んで言う。


「馬鹿たれ! チャリンコで間に合う訳無いだろ! 慌てて事故ってお前が死んだら話にもならないでしょうが! 車出してやるから、ちょっと待ちな」



 母さんは、彼女のこと、反対してると思ってた。



 車の中で言うと、母さんはため息をついてこう言ったんだ。


「あんたが傷付くのは分かってたからね。それを勧める親なんていない。旅行から帰ってきて、もう会わないってあんたが言って、最初はホッとした。でもそこからのあんたは見てらんないような状態だった。そんなあんたが、火の着いた目して降りてきたんだから、母さんも腹括ったのよ」


 僕は何も言えなくて、ただ静かに頷いた。


 そんな僕の頭を、母さんは乱暴に撫でた。


 母さんを車に残して、僕は国立ハイテク医療専門機関の自動ドアを駆け抜ける。


 そしたらそこには、彼女のおばあちゃんが待ってたんだ。


「間に合ってよかった! こっちだよ……!」


 おばあちゃんに連れられて、僕は地下の施設へ向かった。


 彼女のメッセージ通り、そこは本当に宇宙船にでも繫がってそうな空間で、何だか未来の建物みたいだった。


 「マー君……!!」


 彼女の声がした。


 それを聞いた瞬間、涙が溢れた。


 「紗香……!!」


 僕はおばあちゃんを置いて、ガラスの向こう、無菌室の中にいる紗香のところに駆け寄った。


 ガラス越しに、僕らの手のひらが重なり合う。


 彼女も泣いてたけど、やっぱり顔をクシャクシャにして、シシシ……! って笑ったんだ。


 彼女の後ろには、カプセルみたいなベッドが用意されていて、周りに置かれた色んな計器が、彼女のバイタルを緻密にモニターしてた。


「紗香……僕、非道いこと言ってごめん……大好きだよ。世界で一番大好きなんだ。大好きで大好きで、そのせいで、今までちゃんと伝えられなくて、だから……」



 僕はそこまで一気にまくしたてると、大きく息を吸ってから、紗香の目を真っ直ぐ見つめて言ったんだ。



「紗香の病気は、僕が絶対に治すよ……僕が三十歳になるまでに、絶対に……!」



「うん……! 未来に行ってくるね……!」



 紗香は今までで一番嬉しそうに泣いた。


 スタッフに連れられて、彼女はカプセルの中に横になる。


 ゆっくり蓋が閉まって、彼女は長い眠りコールドスリープについた。

 

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